深夜の来訪者
ユミエルとアルベルトの合同料理は、かなり好評で。
お互いに良い刺激になったらしい。
いつもよりか騒がしい夕食を堪能し、全員が寝静まる頃。
「あー、やっと終わった!!」
執務室に溜まっていた領主代理の仕事を終わらせたのは夜中の二時で。
セバスとベロニカはもうすでに休んでいる。
ソフィアとアルベルトはちょっと運動と言って、庭へと出たきりだ。
まぁ、一応通りから見えないところで打ち合いなさいとは言ったので大丈夫だろう。
日付も変わってるから、もう二人共休んでる可能性はあるけど。
「…よし、なんか飲み物取りに行こっと。」
少し身体を伸ばすだけでバキバキと女の子としてあるまじき音が身体中からしている。
令嬢としてどうなんだと言われたとしても、今は私しか居ないので問題ない。
静かな邸の中を進み、食堂に入る。
「…………あ。」
用意されたティーポットと、早く寝ろよという置き手紙。
その字は見慣れたアルベルトの文字で。
蓋を開いて確認すれば甘いフルーツの香り。
どうやらフルーツティーを淹れてくれたらしい。
用意されていた茶器に淹れ、一口。
「…………美味し。」
やっぱりアルベルトにはかなわないなぁ。
今度またお料理教室開いてもらわなきゃダメかしら。
緩む頬をそのままに美味しくフルーツティーを頂いていれば、慣れない気配が外からして。
「……、誰か来たな。」
こんな何もないコースター辺境伯の王都の邸に顔を出す物好きは居ないだろうし、物取りじゃないのは間違いない。
かと言って暗殺者という線も薄い。
たとえ貧乏貴族と言われていても、コースター辺境伯の邸はどこも要塞だと噂になっているらしいから。
領地の方はともかく、王都の方は平和だっつうの。
「姫さん。」
「アルベルト。まだソフィアと打ち合いしてたの?それより、さっき外に知らない気配があったけど。」
「あぁ。騎士団の副団長らしい。」
「副団長……?そういえば、会ったことないわね。」
今日……と言っても昨日だけど。
お嬢様と殿下の傍で護衛についてると聞いていたけど、会わなかったし。
「それで?こんな夜更けに来るってことは、よくない知らせかしら?」
「あぁ、そうだ。さすが姫さんよくわかってる〜。」
「茶化さないで。それで?何があったの?」
「落ち着いて聞けよ。」
アルベルトが真剣な瞳で私を見据える。
「公爵令嬢とニーナがさらわれた。」
カップを意識してゆっくりと置く。
あぁ、本当になんてこと。
「お嬢様だけじゃなくてニーナまでってことは、お嬢様ニーナと一緒に寝てくれてたのね。ごちそうさま、アルベルト。美味しかったわ。」
「それは良かった。……で?随分と落ち着いてるな。」
「焦ったところでどうにもならないでしょ。それで、副団長様は?」
「門の外で待たせてる。今、ソフィアが見張ってくれてる。」
「そう、わかったわ。」
立ち上がり、外へと続く廊下を進んでいく。
すぐ後ろをアルベルトがついてくる。
玄関の扉を開き、外へと出れば正門のところで門扉を開けずに向かい合う二人の姿。
「ソフィア。」
「ユリア…………。」
「開けて。」
「…………はい。」
鍵を開き、門扉が少しだけ開く。
そして、門扉越しではない相手の顔を見る。
「副団長様ですね?」
「はい。ユリア・コースター様ですね。至急王城までご同行いただきたく。」
「えぇ、もちろんよ。ソフィア、邸の方をお願い。アルベルトは一緒に来て。」
「「了解。」」
「ありがとうございます。」
「その前に一つ聞かせて。今夜、お嬢様の傍についていたのは誰?」
「…………自分を含め、三人です。」
「そう。」
副団長様から剣を鞘ごと奪い、ソフィアに投げ渡すとそのまま副団長様を投げる。
背中から地面に落ちたせいか、小さなうめき声をあげる。
「アルベルトをニーナの傍に置いて居なかった私の落ち度もあるので、今回はそれで許します。ソフィア、あとお願い。アルベルト、行くよ。」
「おう。姫さん、馬乗って行くか?」
「そうね。」
「だな。うし、行くか。」
「待って厩舎に寄らない、と?」
「副団長、馬借りるな!」
アルベルトに投げるように馬に乗せられ、当たり前のように二人乗りするアルベルト。
抗議の声を上げる前に走り出す馬に、ため息を一つ。
「私がちゃんと座るの普通は待たない?」
「時間が惜しいだろ?」
「そうだけど……、コレ、結構振動がくるわよ。」
お腹と心臓にダイレクトに響いてくる。
腕も垂れ下がったままだし、足もブラブラと不安定。
はたから見れば、死体を運んでるようにしか見えないだろう。
「まぁまぁ。姫さんなら酔わねぇから大丈夫だ。ソフィアはピンピンしてたぞ。」
「そういう問題じゃないと思うの…………。」
アルベルト、やっぱりモブキャラだわ。
攻略キャラなら絶対にヒロインをこんな扱いしないもの。
ヒロインに限らず女性に対する対応として絶対に有り得ないもの。
「頭冷やせよ、姫さん。」
「…………。」
「俺も一緒なんだから。な?」
「…………そのセリフ、そのまま返すわ。」
「お?バレてる感じ?」
「バレバレだっつうの。アルベルト、貴方のせいじゃないわ。アルベルトのせいだと言うなら私も同罪だもの。あの二人から離れたのは私の落ち度。」
「…………姫さんは、損する性格してんな。」
「そうだもないわ。私、今の人生結構楽しいもの。」
「!!」
お嬢様は殺されないしニーナも殺されないと思う。
犯人の狙いが何であれ、セザンヌ公爵令嬢を殺すメリットがない。
何より、彼女は悪役令嬢だ。
ヒロイン登場前の段階で死ぬハズがない。
「ニーナ、泣いてなきゃ良いけど。」
辺境地という争いの多い場所で生まれ育っては居ても、ニーナはまだ三歳。
ようやく言葉を覚えて、色々と自我が芽生えて、一生懸命に周囲の人たちに伝えることを覚えたところだ。
「…………ニーナ……。」
悪役令嬢であるお嬢様は殺されない。
でも、ニーナに関しては希望でしかない。
あんな幼い子どもを殺すような連中じゃないと思いたい。
そう思いたいだけだ。
「見えたぜ、姫さん。城だ。」
うなだれたまま顔をあげる。
あちこちでランプが揺れるのが見て取れる。
あの中に居るであろう殿下を思い、唇を噛み締めた。
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