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領地からの訪問者

レオナルド様が送ると言ってくれたけど、丁寧に辞退させていただき、自分の邸に帰る。


「ユリア嬢!」


帰る、予定だった。


「すみません、ユリア嬢。殿下たちから急ぎ城へ連れて来るように伝令が。」

「何かあったのですか?」


まさか、すでに動き出している?

いや、そうだとしてもお嬢様と殿下が居るのは城の中だ。

不審者の侵入を許すことなんか、あり得ない。


「それが、ただユリア嬢を連れて来るようにと伝令を頼まれたようで……。詳しいことは何一つわからないのです。」

「…………。」


レオナルド様の傍に立つ、近衛騎士団の服に身を包んだ人物を見る。

彼は何度か見た覚えがある。


「わかりました。行きましょう。」

「ありがとうございます。さ、どうぞ。」

「ありがとうございます。」


レオナルド様とともに、馬車に乗り込む。

王家の家紋ではなく、ドナウ侯爵の家紋が入った馬車。


「私がマリア様の傍に居るのにいつか勘づかれそうですね。」

「その時はその時だと思っているのでしょう。コースター辺境伯家の噂は耳にしていても、ユリア嬢の顔は知られてませんから。」

「……ま、良いけど。」


私の仕事は王太子の婚約者を婚姻の儀までお守りすること。

マリアお嬢様とクロード殿下の婚姻の儀は、私の悲願。

あの二人が無事に結ばれればきっと、この国は変わってゆけるだろうから。


「ユリア嬢は何か用事がありましたか?」

「大したことではないので気にしないでください。私の優先すべき仕事は、マリアお嬢様の護衛ですから。」


セバスには悪いけど、もう少しだけ待っていてもらおう。

ガーディナ様にお嬢様の護衛を任せて夜中にでも抜け出せば、朝までには書類に目を通せるだろうし。


「貴方は、時々大人びた顔をしますね。」

「え?」

「私達と同じ年だと言うことを忘れそうになる。それも、辺境伯領と王都の違いなんでしょうね。」


いいえ、私が人生二度目だからです。

前世の記憶があるからです。

なんて、言えないけどね!


「辺境地も王都も、差はあれどこの国の一部ですわ。あまり深く考えないでくださいな。ほら、お城が見えてきましたよ。お嬢様と殿下、少しは素直にお話できたかしら。」

「少なくとも殿下はいつも通り、マリア様に愛を囁いて居ると思いますよ。」

「そうだと良いのだけど。」


ヒロインが登場しても、割り込む隙がないくらいに親密になっててもらわないと私が困るのよ。

殿下がお嬢様を大好きなだけじゃなく、お嬢様が殿下を大好きだと誰が見ても明らかなくらいに。

馬車の中での二人は、良い雰囲気なんだけどなぁ。


「珍しい人物の出迎えだ。」

「え?」


レオナルド様のエスコートで馬車を降りれば、本当に珍しい。

というか、久しぶりに見た気がする。

シノア・ワイナールが不機嫌な顔で、メガネを押し上げながらこちらを見た。


「全く、剣術大会はどうだったのですか、レオナルド。」

「無事に本戦進出だよ、シノア。」

「それはおめでとうございます。明日の本戦もその調子で励んで精々殿下の護衛に恥じない戦いを披露するんだな。」

「あぁ、頑張るよ。」


な、なんだろう。

二人がまともに会話してるのって初めて見たけどなんかちょっとトゲトゲしてない……?

このゲームは三角関係モードなんてものはないから、同じくらいに好感度が高かったら険悪なムードにはなるけど、ヒロインの選んだ相手ならと大人しく退いていたように思う。

険悪なムードになるとは言っても一瞬だし、この二人は同じように側近候補と言う名の確定組みたいなもんだから、仲良しなイメージがある。

確かに、ゲームの中でもあまり接点のない二人ではあるけど、会話がある時はもっと穏やかな空気だった。

もしかして、ヒロイン効果?

うわぁ、ありそう。

好きな女の前では猫かぶってたとか……。


「ユリア嬢、お久しぶりですね。」

「お久しぶりです、シノア様。」

「突然の呼びたて、申し訳ありません。今現在、マリア様と殿下がお相手をしてくれてるのですが、どうしても素性を掴めず。」

「私が呼ばれた理由はそのお客人ですか?」

「えぇ。とにかく、中へ。会えばわかると思います。」


私に会いに来たってこと…だよね。

私が呼ばれたってことは。

でも、私に誰かが訪ねてくるなんて連絡は入ってない。

ソフィアも何も言わなかったし。


「私の知ってる人ですか?」

「それを、私達も知りたいのですよ。」

「え?」

「と、いうと?」

「ユリア嬢の知り合いだと名乗り、貴方宛の手紙も預かってるとのことなのですが、我々に見せることを拒んでおりまして。幼女を連れていたので、無下に扱うのもどうかと殿下やマリア様が言われたので、現在二人が相手をしてくださってます。」

「幼女…………?」


私の知ってる幼女と呼ばれる存在はニーナくらいなんだけどなぁ。

あぁでも、領地で新しい子供が生まれたのかもしれない。

いや、領地とか関係なく私と接触を試みてる誰かが油断を誘う為に幼女を使ってるという線も……。


「クロード殿下、ユリア嬢とレオナルドが参りました。」

「入れ。」


開かれた扉に部屋の中へと入れば。

お嬢様にひっついていた小さな何かが、弾かれたように駆け寄ってきて。


「ねーね!」

「……、ニーナ!?」


小さな腕が回される足に思わず目を瞬く。

なんで、どうして、こんなところにニーナが……!?


「ご苦労だったな、シノア。後はレオナルドに頼むから、仕事に戻ってくれ。」

「はい。では、失礼します。」


シノア様が扉を閉めて立ち去ったのを確認して、もう一度視線を向ける。

私に抱きつく幼女。

そして、お嬢様と殿下の向かい側のソファに座る男。


「ユリア嬢、この者たちが貴方に会いに来たようなのだ。知り合い……だよな、その様子だと。良かった。」

「…………。」


殿下の問いかけには答えずに、向かい合って座るその男に近づこうと、ニーナを抱き上げる。


「ねーね!」

「なぁに、ニーナ。」

「ねーね、ねーね!」


テンション高く私を呼び、グリグリと抱きついてくる天使。

それを抱きしめながらソファに座る男の横に立つ。


「…………ニーナを連れて来た理由は?」

「ユリアが居ないって夜泣きがひどくなってな。アイツらもあの手この手でなんとかしてたんだが、昼間にユリアを探しに行こうと邸を飛び出してな。んで、領主様もユリアお嬢様も王都に居るしってことで、俺が連れて来ることに。」

「お父様はもうすでに領地に帰られてるわ。入れ違いになったのね。」

「やっぱりか……。まぁ、坊っちゃんたちは知ってるから大丈夫だとは思うが……。ニーナだけを連れて来たって文句を言うかもしれねーな。」


それにため息を一つ。


「理由はわかった。でも、どうして城に来たの。」

「邸の位置もわかんねーし。とりあえず、王命で王都に来たのは知ってたから。ココにくれば連絡とれるかと思って。」

「全く…………。」


言いたいことは色々とあるけど、とりあえず。


「わざわざありがとう、アルベルト。」

「どーいたしまして。良かったな、ニーナ。大好きな姫さんに会えて。」

「うん!」


涙でぐしゃぐしゃな顔をして笑うニーナの背中を軽く叩く。

アルベルトの隣に腰を下ろし、改めて殿下とお嬢様を見る。


「お騒がせしました。この者は間違いなくコースター辺境伯領の者です。そして、こちらが妹のニーナ。すみません、お嬢様。そのドレス……妹の仕業ですよね。必ず弁償します。」

「ふふ、このくらい気にしないわ。それに、可愛らしい妹さんね。私は一人っ子だから羨ましいわ。」


ドレスが涙でぐしょぐしょになってしまってると言うのに、なんて優しいの。

これで悪役令嬢になるなんて、本当にヒロインって罪深いわ。


「それが聞けて安心だよ。自己紹介は済ませたのだが、持っている手紙を含めて持ち物を検分させてもらえなくてね。」

「…………アルベルト。」

「姫さん以外に手紙見せるわけにはいかないからな。」

「その手紙は?」

「今読むのか?ニーナ抱いたままじゃ大変だろ。」

「大丈夫よ。ニーナは大人しくできるもの。ね、ニーナ?」

「う、ん……っ。」


ズビズビと鼻をすする音がして、小さく笑う。

そうすれば、アルベルトが素早く後ろに回ってソファ越しにニーナの鼻を拭ってくれる。


「はい、手紙。」

「ありがと。」


アルベルトに渡された手紙は領地の皆からの手紙。

差出人を確認して、唯一重要そうなロイドからの手紙を読む。


帝国からの侵攻は今のところ全然ないこと。

葬送曲を弾けるようになったこと。

鉱山で隣の領地から嫌がらせを受けていること。

ウイリアムが葬送曲の練習を始めたこと。

エドワードがアルベルトに剣の稽古をつけてもらってること。

リオネルとアインが薬師の仕事と食堂の仕事に興味を持ち始めてること。


日常の話が詰まってる。


「……なるほどね。届けてくれてありがと、アルベルト。」

「どういたしまして。」


鉱山の件はお父様が手を打つだろう。

帝国の件はお父様も気にしてたし、探りはこちらからも入れてみようか。

王都の方が領地に比べれば情報が集まってるしね。

ただ、そのためには一度王都の邸に戻る必要があるわね。


「ユリア?」

「!」

「どうかしたの?何か良くない知らせ?」

「……そう、ですね…。良くないと言うか、気になると言うか……。お父様が領地にそろそろついてる頃だとは思うので大丈夫だとは思うのですが……。」

「……それなら、邸に戻らないといけないわね。」


そうきっぱりと言うお嬢様に思わず視線を投げかける。


「貴方は確かに私の護衛だけど、懸念事項を残したまま私の傍に居ても、集中できないでしょう?私は大丈夫だから、久しぶりにコースター辺境伯の邸に戻ったらいかが?」

「あぁ、それは名案だね。公爵や陛下には私からも説明しておこう。なんならマリアは城に泊まれば良い。」

「な…!クロード様、前回も言いましたが、そこまでしていただかなくとも、公爵家である我が家も鉄壁の要塞。ユリアが来るまでは、(しの)げていたのです。」

「私が心配なんだよ。」

「…………っ。」


殿下の甘い笑顔とイケボにお嬢様が顔をそらす。

レオナルド様は空気に徹してるし、アルベルトは口を開けてポカンとしてる。

その妙な空気を察したのか、ニーナだけはキャッキャッと楽しそうに仲良しね~と声を上げている。


「ねーね、おじょーしゃまとおーじしゃま、なかよし!」

「えぇ、そうね。あの二人はとっても仲良しなのよ。」

「ニーナも、なかよしする!」

「んー、あとでね。」

「ヤダ!ヤダヤダ!ニーナもするの!」


あー、出た。ニーナのイヤイヤ期。

私が王都に来る前にだいぶ収まったかと思ったんだけど……、この様子だと領地の方でロイドたちが手を焼いてるな。


「ニーナお嬢様、あんまり姫さん困らせちゃダメだぞ。ココに来る前に約束しただろ?ニーナお嬢様、姫さん困らせたいわけじゃないだろ?」

「…………。」


不満そうにしながらも口を閉ざす。

私の腕から飛び出して、アルベルトに近づくとペチンと叩くから。


「ニーナ!」

「!!」

「あ、コラッ。」


私の声に反応してお嬢様へと駆け寄るとべったりと引っ付く。


「叩いちゃダメでしょ!アルベルトにごめんなさいしなさい!」

「ヤ!」

「イヤじゃなくて!お嬢様から離れてこっちに来なさい、ニーナ。」

「イヤ!!」



お嬢様にべったりひっついて、顔もあげないニーナにため息一つ。


「全く…………。アルベルト、大丈夫?引っ掻き傷になっちゃったわね……、痛い?」

「そんな顔しなくても、このくらい平気。ニーナお嬢様のやんちゃなんて、姫さんの一発に比べれば痛くねぇよ。」

「一言余計なのよ、アンタは。」


ニカッと笑うアルベルトに肩をすくめる。


「にしても、どうすんだ?あの状態のニーナお嬢様、なかなか引き剥がせないぞ?」

「そうなのよね……。仕方がないから意識奪って運ぶわ。このままだと帰れないし、お嬢様たちに迷惑かけるもの。」

「姫さん、珍しく過激だな。手紙、そんな厄介だったのか?」

「あら、中身知らないの?」

「中身は知らねぇけど、騒ぐほどの事件は領地で起きてねぇと思うぜ?領主様が不在の間はロイドとウイリアムが協力して、仕事回してるみたいだったし。」


ということは、領民にはまだ被害は出てない……?

嫌がらせも領主であるコースター辺境伯相手だけ……?

いや、もしかしたら鉱山に行ってる誰かは嫌がらせを受けてる可能性がある、


「ねぇ、ユリア。」

「はい、お嬢様。」

「今日、私がこの子を見ましょうか?」

「えっ、本気で言ってます?」


公爵家のお嬢様が、三歳児(モンスター)の面倒を見るなんて話、聞いたこともない。

ましてや、マリア・セザンヌは悪役令嬢だ。

確かに、公爵家として……いや、王太子の婚約者として慈善活動はしてるし、命わ狙われるようになる前までは教会にも足を運んで子どもたちとも接していたとステラさんにも聞いている。

聞いてはいるけれども。


「お嬢様、ニーナは確かに見た目こそ天使ですが、ご覧の通りまだまだ子供です。あの、ホント。貴族の割には自由な家で育ってるので、王都の三歳児とは違うと思います。」

「あら、大丈夫よ。私、慈善活動で孤児院にも顔を出したことあるから。こう見えて子供の相手は得意なのよ?」

「ステラさんに教会によく顔を出していたとは聞いてますが……。」


確実に教会のシスターが運営している孤児院よりも、野生児だと断言できる。

名も無いモブキャラ一家だが、争いの多い辺境地で育っている元気な子供だからだ。

遊び場なんて領地を囲む自然の中だけ。


「心配はいらないわ。貴方が自分の邸で過ごしてる間だけですもの。それに、ステラも居るから心配はいらないわ。」

「そうだな。城に仕える者の中には子育てを経験した者も多く居る。そんなに心配することもないだろう。」

「クロード様。」

「ニーナ嬢は、一人で眠れるのか?」

「ニーナは一人で寝たことがありません。いつも兄弟の誰かは一緒に寝ています。」

「乳母は居ないのか?使用人は?」

「居ません。もう、随分と前から我が家には居ませんよ。」


王位争いが起きたあの日から。

十年前のあの日、使用人が居なくなった。

三年前のあの日、唯一の支えだったお母様が亡くなった。


「……そうだったな。すまない、失言だった。」

「気にしないでください、些細なことです。」


隣で殺気立つアルベルトを手で制し、殿下に笑いかける。

そう、些細なことだ。

貴族で当たり前のことを、聞かれただけなのだから。


「では、お嬢様。今日だけ、お願いしても良いですか?」

「えぇ、もちろんよ。」

「明日朝イチで迎えに来ます。多分、ニーナもソレが限界だろうから。」

「わかったわ。」

「殿下、二人をお願いします。」

「あぁ、わかった。」

「行くわよ、アルベルト。」

「俺、ニーナお嬢様についてなくて良いのか?」

「…………ニーナ、アルベルトも私も帰るけど、一緒に帰る?」

「ヤ!アルもねーねもイヤ!」

「だってさ。」

「わかった。んじゃあな、ニーナ。俺、姫さんと帰るから。なんかあったら領地で練習してるみたいに大きな声で叫べよ。絶対、助けに行くから。わかったな?」

「…………はい。」

「よし。」


全く、そういう返事だけはちゃんとするんだから。


「じゃあね、ニーナ。ちゃんと食べて寝るのよ。」

「コレ、ニーナお嬢様の宝物。一応渡しておくな。」

「うさぎのぬいぐるみ……?」

「じゃあな、ニーナ。あんま、意地はんなよ。」


ポンポンとアルベルトがニーナの頭を撫でて部屋を出る。

私も部屋を出る前に一度ニーナを見る。

だけど、目があってもすぐにそらされて思わず苦笑。


「あらあら。久しぶりの再会で怒ったせいかしら。」

「だろうな。」

「……レオナルド様、何かあればすぐに連絡ください。」

「わかりました。王都の邸に直接お伺いします。」

「お願いします。」


扉が閉まる前に見えたニーナの顔は、涙でぐしょぐしょに濡れていた。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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