選択 Sideマルクル
陛下の秘書官、マルクル視点。
オズワルドくんから手紙をもらい、急いでコースター辺境伯の王都の邸に顔を出したというのに。
眼の前に広がる光景は、肩を抑えて座り込む大切な孫とソレを見下ろすユリア様の姿。
そのすぐ後ろに居るオズワルドくんの冷たい視線で。
あの時、ユリア様から提示された四つの条件は、さすがオズワルドくんの娘だと言わざるおえなかった。
「どうかしたか、マルクル。」
「!」
「浮かない顔をしておるな。オズワルドのところにいる孫が心配か?」
「……さすが陛下、お耳が早い。」
私自身がコースター辺境伯に仕え、ガゼルを陛下の秘書官にするというのは少し……いや、だいぶグラッときた。
だけど、そうしなかったのは自分のためで。
「大切な孫のためだと言いながら、半分以上自分のためです。私はきっとガゼルに恨まれてるでしょう。」
反省し、そのまま働き続けることを強制した。
あの子自身の成長のためだと言い訳し、オズワルドくんに丸投げした。
「恨まれてるかもしれぬな。でも、ガゼルの成長にはつながるであろう?」
陛下が目を通していた書類を端に寄せ、ペンを置く。
「ユリアはいつだって、相手のためになる選択肢を用意してくれておる。王都の邸が人手不足になった理由、覚えているか?」
「確か、横領……でしたね。」
「あぁ、そうだ。あの処罰はユリアが下したものだ。下級騎士団の給仕係にする処分のみを用意し、オズワルドがその為に動いた。その判断を下した翌日に、あの双子は給仕係として派遣されてきたと聞いた。」
「…………行動が早いですね。普通なら入隊手続き含め一週間はかかります。」
「そうだ。なぜ早くソレが可能だったか、理由は単純明快。オズワルドがすでにその答えを導き出し、準備を進めていたからだ。」
「では、そういう処罰になるようにオズワルドくんが誘導したと?」
「違うな。アイツはそんな優しい性格はしていない。ユリアがオズワルドと同じ答えを導き出したんだ。」
陛下が真剣な表情で、淡々と言う。
「オズワルドもユリアもよく似ている。相手の未来を考えて処罰を下すところが。」
陛下に合図され、カップに紅茶を注ぐ。
「下級騎士団は低賃金で肉体労働だ。命の危険も多く、人気はない。それに、警羅部隊は少し特殊だ。その分、人数も少ないからどんな理由があろうとも働き続けることが可能な場所でもある。犯罪者にさえならなければ、な。」
「……はい。」
そう。
犯罪者にさえならなければ。
死ぬまで安定した給金が手に入るとも言い換えることはできる。
だけど、それでも。
「私はガゼルに安定や安寧よりも、大切なことを学んで欲しいと思いました。きっとコレは、私の自己満足なのでしょう。ガゼルは、不満そうでしたが。」
「どの答えでも、ガゼルは不満だったのではないか?」
「おや、お見通しですか。」
「あやつは野心家なところがよく両親に似ている。」
陛下が思い出すように目元を細める。
「アイツはただ、肯定されるのを望んでいる。マルクル、お前がどれだけ手を尽くそうとしても、無駄なことは無駄だ。だが、アイツはまだ若い。学べることは多い。だから、お前の考えがわからぬ訳では無い。特に、オズワルドの……コースター辺境伯家から学べることは多いだろう。この王都であの一家から何を学べるのかは、知らぬがな。」
「…………大人しく下級騎士団に放り込むべきだったと?」
「さぁな。それはまだわからん。ただ、ユリアは…………あの子は、斬ると言えば斬る女だぞ。」
「…………。」
「彼女は、よくオズワルドに似ておる。クロードの婚約者である公爵令嬢を守れと言われ、王都に来た。それが金銭目的だとしても、ソレは変えられない事実だ。そうだろう?」
「えぇ、そうですね。」
「いくら金を積まれようとも断るだろう。失敗すれば自分の首どころか家族の首が飛ぶかもしれんのだ。それでも彼女は来た。彼女ほどの人間が、最悪の場合を考えてないハズがない。」
「それは……。」
どうだろうと思う。
こちらの提示した金額に目の色を変えたのは事実だし、オズワルドくんよりも先に頭の中で計算をしているのはすぐにわかった。
確かに、彼女は普通の貴族令嬢に比べれば変わり者の部類に入るだろうし、聡明な部類に入る。
だけど。
「ユリアをそんな褒めてもらえるなんて嬉しいねぇ。だけど、あの子は優しすぎるから。僕からすれば、もう少し厳しくても良いと思うのだけれどね。」
「オズワルド。」
「やぁ。領地に帰る前の挨拶に来たよ。」
突然執務室に入ってきたオズワルドくん。
扉の外に居たであろう騎士たちの姿が見えない。
「オズワルド。せめて衛兵たちには手加減してやってくれ。」
「充分手加減してるだろう?顔を出したついでに手ほどきをしてやって欲しいという君の頼みを僕は毎回律儀に守ってる。彼らはまだ、疲れが残ってるだけだよ。今襲撃されたら元も子もないだろうけどね。」
「お前が居る。」
「僕は助けないよ。」
「同級生で友である前に、国王なんだが?」
「申し訳ないけど、そんな肩書に興味はないよ。言っただろう?僕は国なんて面倒なものに関わるのはごめんだ。」
オズワルド・コースター辺境伯。
陛下の御学友で、付き合いも長い。
王位争いの時も中立を貫き、どこよりも被害の多かった辺境地で、どの領地よりも少ない死者数だった領地を預かる領主。
十年前の王位争いで傷ついた土地を、迷うこと無く私財をなげうち領民を救い、整えた。
そして、三年前起きた王位争いの続き。
十年前のあの日、敗北し諦めたと思っていた王弟が再び起こしたクーデター。
十年前とは比べ物にならないくらいの被害を出し、コースター辺境伯領からは、すぐにくだらない争いをやめろと嘆願書が届いていた。
大陸一実りの良いあの領地は、あらゆる人達から狙われていたらしく、この前久しぶりに行ったコースター領には、かつての面影はなかった。
それでも、着実に復興しているし、領民も生きている。
たとえソレが、王都に比べて遅い歩みだとしても。
「あぁ、そうそう。マルクル、君のお孫様のガゼルくんだけど。」
「あの子がまた何か粗相を…………?」
今度こそ、首を差し出せとでも言うのだろうか。
「どこかと縁談が出ていたりするかい?」
「お声はかけていただいてますが、ガゼルが乗り気にならず…………お恥ずかしい限りです。」
「あぁ、そういう悪い意味じゃないよ。ただ、このまま行けばガゼルくん、面影なくなっちゃうから。」
「面影がなくなる……?」
それは一体どういうことだろうか。
原型がなくなるということだろうか。
まさか、ガゼルはとうとうオズワルドくんを…………。
「真っ青な顔だね、大丈夫かい?」
「あ、あのオズワルドくん……いや、オズワルド様。命だけは……可愛い孫の命だけは…………。」
老い先短い私よりも孫の命を……!!
「あぁ、それは心配いらないよ。」
オズワルドくんがいつも通りの、優しい笑顔を浮かべる。
見る人を安心させる、そんな笑顔。
「何があっても主の許可なしに殺すなと命じてあるから。」
「…………。」
言葉を失う。
それは、オズワルドくんが許可を出せば可愛い孫は殺されるということでは…………?
「おや、青い顔をしてどうしたんだい二人共。」
「いえ、あの…………。」
「オズワルド、ガゼルはどうしてるのだ?」
「元気に働いてるよ。今は同じ使用人仲間に上下関係を教え込まれてるところなんだ。ガゼルくん、使用人としての仕事の手際は良いんだけど、色々と問題行動の多い子だからね。抑止力になれば良いんだけど。」
こんな穏やかなのに。
こんなに、穏やかな人なのに。
「オズワルド。ワシはお前が謀反を起こしたと言われてもきっと驚きはせん。」
「おや。ご自身の弟の時はたいそう驚いたと聞いたのに。」
「おまえは有能だ。中枢に欲しい人材だ。宰相たちにも打診されただろう。それでも断り続け、領地にこもっている。宝の持ち腐れだ。」
「僕みたいなのが居るから、バランスが取れてるんだよ。それに、ちゃんとユリアを王命に従い王都の邸に住まわせている。譲歩はしただろう?国王陛下。約束通り、学園卒業と同時に婚姻の儀を整え、あの子達を解放してもらう。」
「もし、ワシが倒れたら婚姻の儀は延期なる。それは考慮に入れて…………いるんだろうな、おまえのことだから。」
陛下がため息交じりに言葉をこぼす。
だけど、オズワルドくんは何も言わずその姿を見るだけ。
「まぁ、ユリアのお陰でこうして顔を見ることができるんだ。頑張らせもらうさ。」
「えぇ、ぜひ。あぁそれから念を押すけど、王都での催し物はユリアに一任してある。僕はしばらく領地で忙しいからくだらない連絡はよこさないでくれると嬉しいよ。」
「おまえの言うくだらない連絡の基準はよくわからん。」
「前々から言ってるじゃないか。」
僕たちに被害があるかどうかだ。
王都や王家がどうなろうと関係ないと学生の頃から口癖のように言っていた。
それを私達は知っている。
「では、僕は帰るよ。僕の大切な家族をあまり危険なことに巻き込まないでくれると嬉しいよ。」
だからこそ、陛下はオズワルドくんを心から信用している。
「…………なぁ、マルクル。」
「はい、陛下。」
「アイツの子供を抱え込めばうまく行くと正直、少しだけ期待していたんだ。」
「えぇ、そうでしょうね。」
「セザンヌ公爵があのような条件を出さずとも、コースター辺境伯に声をかけるつもりだった。」
「適任ですからね。」
「あぁ、そうだ。アイツは……コースター辺境伯はずっと中立だったから。」
誰に対しても平等。
王侯貴族も派閥も何も関係ないと言いたげな接し方。
「十年前のあの日、オズワルドが居ればと何度思ったか。だが、アイツは言った。戦場が王都でも、被害は国中に広がっていると。だからアイツは領地から出て来なかった。」
「えぇ、そうですね。」
我が国で王位争いが起きていると小耳に挟んだ近隣諸国は、ずっと機会を伺っていた。
そして、真っ先に動いたのがコースター辺境伯領と隣り合う帝国。
「間違いなく、彼が王都に来ていれば我が国は終わっていましたよ。」
「…………あぁ、そうだな。」
たとえ兄弟喧嘩を止められたとしても。
帝国からの侵入は防げなかっただろうから。
「それがわかっているからこその振る舞いだろう、アイツも。腹立たしいのぉ、本当。マルクル、ガゼルに絶対にバカな真似はするなと伝えろ。」
「えぇ、もちろんです。」
「特に色恋沙汰には気をつけろとな。」
「…………かしこまりました。」
ユリア様のような方が嫁に来てくれたら私とすれば飛び跳ねて喜ぶのですがね。
まぁ、色恋に関しては当人に任せましょう。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




