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憧れ Sideユミエル

ユミエル視点です。

レオナルドに使用人の話を聞いて、顔合わせした時のお話。

騎士の家系に生まれながら剣術の才能がなかった僕は、家族からあまり良く思われていない。

唯一の味方は次兄、レオナルドだけ。


「ただいま、ユミエル。」

「お帰りなさい、レオ兄様。」

「また剣の手入れをしてくれてたのか?ありがとう、ユミエル。」

「僕にはこれくらいしか、お役に立てませんから。」

「そんなこと…………。」


そんなのは使用人の仕事だと、父に怒られた。

それでも僕は何か一つでも騎士らしいことをしたかった。

だから、手入れや振る舞いは騎士らしく……ドナウ家の嫡男らしく振る舞ってきた。


「僕はもうすぐ、ココを離れなきゃダメですから。」

「…………。」


役立たずな僕が、役に立てること。

それは、家の為に良家に嫁ぐこと。

騎士として出来損ないの僕は、遠い地に居るよく知らない人と婚姻を結ぶ。

ドナウ侯爵家を援助する代わりに、息子を一人寄越せと言われたらしい。

そこで白羽の矢があたったのが僕だ。

騎士として、ドナウ家の出来損ないである三男の僕は三十近く離れた年上の方と結婚させられる。


お金と引き替えに。


「剣の才能はないですが、少しでもレオ兄様たちのお役に立てて嬉しく思います。」

「ユミエル…………。」


そんな僕に同情的なのも、父上たちに歯向かったのもレオナルド兄様だけ。

他の人たちは、騎士として出来損ないの僕が家の為に良家に嫁ぐのは当たり前だと思っている。


僕の為に、レオ兄様は怒ってくれた。

それだけで、充分嬉しかった。


「ユミエル。」

「はい。」

「俺は、まだ十三のお前に婚約者ができるなら喜んであげられる。だけど、伴侶となれば別だ。」


その真剣な瞳をまっすぐと見つめ返す。

そこに、同情はない。


「まだ兄上や父上には言ってないのだが…………。実は、使用人を探している令嬢が居てな。とある事情で大々的に使用人を募集できないお方なんだ。そこで、俺の信用できる者を紹介して欲しいと声をかけられた。」

「…………。」

「料理や掃除が得意な人が良いそうだ。ユミエル、やってみないか?」

「ぼ、僕ですか?」

「そうだ。」


その提案に思わず目を見開く。


「ユミエルは、剣が苦手だと自分でわかってからは掃除や洗濯、料理などで俺たちを支援してくれてるだろう?それに、俺はユミエルを信頼している。彼女に紹介しても問題ないと思うくらいには。」

「で、でもレオ兄様にお声をかけるくらいなのだから剣の腕が必要なんじゃ…………。」

「必要ないと言われた。自分で対処できるからと。」

「自分でって……一体どこのご令嬢ですか……。」

「コースター辺境伯のご令嬢だ。」

「え…………?」


聞き間違えかと思った。

だって、あの辺境伯の名前が聞こえたから。


「同級生なんだよ。どうだ?興味はあるか?」

「こ、コースター辺境伯って……コースター辺境伯ですか?帝国の精鋭を自領で作った自警団だけで退けるというあのコースター辺境伯ですか?」

「そうだ。その辺境伯家のご令嬢が王都の邸で使用人を探しているらしい。」


レオ兄様が何かを思い出したのか、楽しそうに笑う。


「信用ができて、料理や掃除もできる人と言われて俺はユミエルが浮かんだ。」

「……、でも僕は…………。」

「その問題は任せて欲しい。ユミエルがコースター辺境伯の王都の邸で働く気があるなら、どうにでもなる。ただ、邸の主ではないから、大変かもしれない。」


ドキドキと鼓動が鳴る。


ずっとずっと、憧れた。

剣を握れない僕だけど、皆が貧乏貴族だとバカにするけれど。

それでも長きにわたり、コースター辺境伯が帝国からの猛攻を王家の支援なしに防いでるのは歴史書にも載っている。


何よりも、領民の為にと私財をなげうって、費やして、彼らは領民を生かした。

同じ貴族でも、こんなにも違うのかと思ったんだ。

王都で被害を受けた貴族は皆門扉を閉ざし、沈黙したと言うのに。

コースター家だけは、領民の為に門扉を開いたと。


「やってみないか、ユミエル。」


会ったことはないコースター辺境伯に憧れた。

そんな人達の傍はきっと学べることが多いと思った。

僕は、騎士として出来損ないだったから貴族の教育も、だんだんと減っていった。


ドナウ(この)家では、僕は必要のない息子だ。


「…………やって、みたい……です。」

「じゃあ……。」

「でも、父上が許してくださるとは思えません。」

「言っただろう?ソレは心配しなくて良い。じゃあ、早速だが三日後、コースター辺境伯の王都の邸に来るように言われている。一緒に行こう。」

「ほ、本当ですか…!?レオ兄様、一緒に行ってくださるのですか…!?」

「もちろん。こちらの都合の良い時間帯で良いそうだから、父上が稽古に出てからにしようか。それで良いか?」

「もちろんです!ありがとうございます、レオ兄様!」


この家での唯一の味方であるレオ兄様は、優しく笑って頭を撫でてくれた。





三日後の約束の日。

レオ兄様とともに馬車に乗り込み、コースター家の邸に行く。


「そんな緊張しなくても大丈夫だ。何度かお見かけしたことはあるけれど、とても優しいお方だから。」

「で、でも僕たちなんて一捻り…………。」

「そんな心配いらないよ。大丈夫。」


騎士団に所属している父上はとても怖いお方だ。

そんな父上たちが関わりたくないと思っている数少ない相手であるコースター辺境伯が、優しい人と言われても緊張するに決まってる。


「見えてきたね。あそこだ。」

「わぁ……!!立派なお屋敷です…!」

「そうだな。」


ドナウ侯爵家なんて霞むんじゃないかと思ってしまうような立派なお屋敷。

門番なのか、家令なのか老紳士と父上より少し若く見える男の人がこちらを見上げてくる。

門扉がゆっくりと開かれ、中へと促される。

そのまま馬車で門扉をくぐればゆっくりと停車した。


「さ、ついたよ。」

「も、門扉の内側に入れてくれました……!!」

「あぁ、そうだね。さ、降りよう。」


レオ兄様に続いて馬車を降りれば、先程の老紳士と男性が近づいてきて。


「よく来てくれたね。さぁ、中へどうぞ。」

「ありがとうございます。」


レオ兄様と二人、邸へと踏み入れば手入れの行き届いた空間が広がっていて。

我が家とは違う、落ち着いた室内に少しだけ緊張がほぐれた。


「急な申し出にもかかわらず、返事をいただけて嬉しいよ。」

「こちらこそ、声をかけていただきありがとうございます。」


兄上と会話をするこの男性は、知り合いだろうか。

通された応接室に入れば、ココも落ち着いた空間で。


「大したおもてなしもできないけど、ゆっくりしていってね。今日のお茶請けはね、りんごのタルトだよ。気に入ってくれると嬉しいんだけど。」

「いただきます。」

「い、いただきます。」


お茶とともに置かれたソレは、とても甘くて美味しくて。


「とても優しい味がします。」

「気に入った?」

「はい!」

「それは良かった。あの子も喜ぶよ。」


優しく微笑む男性に、肩の力が抜ける。


「じゃあ、緊張もほぐれたようだし本題に入ろうか。」


そういう男性に首を傾げる。

やはり、辺境伯当主は忙しくて領地から出て来れなかったのかな。

レオ兄様に声をかけたのもご令嬢だと言っていたから、もしかしたらこの人は専属の従僕なのかもしれない。


「その子が、レオナルドくんが紹介してくれた弟くんかな?」

「はい。ユミエル。」

「ゆ、ユミエル・ドナウです。あ、あの、剣は苦手ですが掃除や料理は……その、上手ではないですが、好きです。」

「あぁ。王都の邸で腕っぷしは気にしてないから問題ないよ。それに、自衛できるからどうにでもなる。」

「言っただろう?」


それにニコリと笑って頷く。


「ただね、払える賃金は他の貴族の邸に比べれば少ないと思うんだよ。それでも大丈夫かい?」

「は、はい、大丈夫です!」

「うんうん。あとは……そうだね。王都の邸を任せたいからよっぽどの理由がない限り領地には行かないから安心して良いよ。」

「え、行けないんですか?」

「あれ、行きたかった?」

「あ、いえ、そういうわけでは……!!」

「…………。」


ど、どうしようと思って慌てていれば、レオ兄様が優しく笑って。


「実は弟はコースター辺境伯が大好きでして。」

「おや。それはそれは。」

「いつか領地に行ってみたいと口癖のように言っていたのですよ。」

「そうだったのか。何もないけど良いところだよ。でも、ごめんね。まだ他の人達を迎え入れる準備ができてないんだよ。」

「い、いえ……!!」

「領地がもう少し整ったら行けるようになると思うから、それまで気長に待っていてくれると嬉しいよ。」

「はい……!!」


ニコニコと優しいこの人に、コクコクと頷く。


「レオナルドくん、ユミエルくんは良い子だね。礼儀正しいし、素直で。」

「自慢の弟です。」

「うんうん。こんな良い子を剣の才能がないだけで冷たく当たるドナウ侯爵の器が知れるねぇ。あはは、僕がユミエルくんもらうって言ったら怒るかな?」

「どうでしょう?ただ、正式に雇っていただけるのであれば、コースター辺境伯に…………。」

「ん?あぁ、大丈夫だよ。僕はあくまで当主として顔合わせをお願いされただけだから。細かいことはユリアに一任してある。レオナルドくんも知っての通り、ユリアはあぁいう子だから。うっかり口を滑らすような子じゃなかったら大丈夫だよ。」

「口は堅い方ですよ、私も弟も。な?」

「守秘義務はちゃんと守ります…………!!」

「君が真面目な子なのは知ってるから、大丈夫だよ。何より、ユリアが……娘が声をかけたのが君なら納得だ。こちらは訳ありだからね。その中で、殿下ではなく君に声をかけたのだから。私はソレを信じるだけだよ。」

「コースター卿…………。」


カップに口をつける姿を見て、隣に座る兄上を見上げる。


「……………………レオ兄様。」

「ん?」

「…………ご当主様?」

「そうだよ。」

「あぁ、そういえば自己紹介をしてなかったね。ごめんよ。僕がコースター家当主のオズワルド・コースターです。君の雇用主になるから、よろしくね。」


パクパクと口を開閉する。

言葉が、出ない。


「がっかりさせちゃったかな?」


目尻を下げて、困ったように笑う。


「そ、そんなことありません!!全然想像と違ったと言うか、父上みたいな怖い人を想像してたので……!!」

「ドナウ侯爵は強面だものねぇ。レオナルドくんとユミエルくんはドナウ夫人に似て、優しい顔立ちをしてるから。良かったね、あんな強面にならなくて。」

「私は父くらい威厳のある顔立ちが良かったです。」

「おや。レオナルドくんはそのままで良いよ。」


レオ兄様と朗らかに話をするこの人が、コースター辺境伯の当主だってことに未だに驚いてる。

だって、全然剣を握って振り回してるイメージが全然湧いてこない。


「言っただろう?優しい人だって。」

「優しい人で嬉しいけど……!あの、僕、本当に掃除も料理もできるだけでお役に立てるかどうか……!!」

「生きていくのに必要な術を身に着けてるというのは、とても大切なことだよ。生まれを理由に学ばずにいる人達よりも、身に着けている君はカッコいいよ。」

「────」


初めて、褒められた。

レオ兄様以外に…………、あの、コースター辺境伯に、褒められた…………。


「できないことは学べば良い。得意なことを伸ばせば良い。剣が苦手なら無理して握る必要はない。それは、僕たち出来る側の人間がすることだから。」


優しく微笑み、伸ばされる手が頭に優しくなる。


「ココで働くかどうかは、ユミエルくんに任せるよ。働く気があるなら、今日中に返事をくれると嬉しいよ。あぁ、ドナウ侯爵のことなら気にしなくて良いよ。こう見えて僕も当主だからね。顔見知りなんだ。」

「…………はい。」


小さく返事をすれば、頭に乗せられた手が離れる。


「良かったな、ユミエル。」

「はい……!!」

「レオナルドくん。」

「はい。」

「そんな心配そうな顔しなくて大丈夫だよ。大人に任せなさい。」

「……はい。ありがとうございます。」


レオ兄様が深く頭を下げる。

それを穏やかな表情で見るコースター卿。


「いつでも遊びにおいで。君は、ユリアの大切なお友達だから。」

「はい。」

「あ、でもユリアはあげないからね。」


そう言うコースター辺境伯は、さっきまでの笑顔が嘘のように真剣な顔をしていて。


少しだけ、怖かった。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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