折るなら根本から
ちょっと長いかもです。
約束の週末になり、お嬢様がとびきりのおしゃれをして迎えの馬車に乗り込む。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
「えぇ。何かあったら連絡入れるのよ?」
「それは私のセリフですよ。レオナルド様、くれぐれも二人をよろしくお願いします。」
「はい。」
馬車が無事に動き出したのを見送り、後ろを振り返る。
「それでは、私もココを離れますので。くれぐれも不審者を通さないようにお願いしますね、ガーディナ様。」
「お任せください。」
邸の中へと戻り、与えられた部屋に入る。
ココにあるのはお仕着せの着替えと持参していた服一着、この間町でお嬢様が買ってくれた服が一着のみ。
「…………ふむ。」
着慣れた服を取り出し、最低限の身支度を整えて邸を出る。
門番の人たちに行ってらっしゃいと明るく見送られる。
ココにそれだけ慣れたってことよね、私も。
「お、来た来た。ユリア!」
「ソフィア!」
「待ってたよ。」
ニッと口角をあげる彼女は侍女のお仕着せを来ていて。
学園に居る時と雰囲気も変えてるから、コレがソフィア・ローゼンだとは誰も気づかないだろう。
「迎えに来てくれて助かったわ。」
「だと思った。感謝しなさい。」
「はいはい。そういや、新しい人たちどう?」
「二人共ものすっごくイケメン。」
「…………。」
「ごめんって、冗談だから。そんな顔しないでよ。」
ケラケラと楽しそうに笑うソフィアにため息を一つ。
「二人共真面目だよ、すごく。ドナウ侯爵のところの三男坊は多少は武術の心得があるみたいだけど、苦手みたい。まぁ、隙を作ることくらいならできるとは思う。」
「武術は苦手って言うのは知ってるわ。他のことは?」
「コレがビックリ。料理も掃除も得意なのよ。なんか、騎士である家族のサポートの為にって料理覚えたらしくって。掃除を覚えたのも騎士の命である剣の手入れとかの延長線だったみたい。まぁ、侯爵はあまりソレを良く思ってないみたいなんだけど。」
やっぱり、攻略キャラの身内でもモブには厳しいのね……。
私なら喜んで褒めて伸ばすけど。
「騎士の子が使用人みたいなことするなって怒られたことがあるって言ってたわよ。」
「は?きっとドナウ侯爵は我が家とは相性がすこぶる悪いでしょうね。」
「あ、ソレ思った!領地には連れて行けないね。」
「連れて行く予定もないわ。」
「来たらどうするの。」
「忘れたの?領地での約束。」
事前連絡なしで訪れる王家以外の来客は追い返せ。
「領主様たちから通達のないお客様にはお帰りいただく。大丈夫、ちゃんと覚えてるわ。」
「それなら良いわ。」
ちなみに、我が領地への先触れはちゃんと輸送業者を通してもらう必要がある。
マルクル様みたいに王家の紋章が入った物を身に着けている人は除外されるけど。
領地の皆も、貴族の紋章全部は覚えなくて良いから王家の紋章とコースター家の紋章だけは覚えるようにと言ってある。
だから、子供たちでもコースター家の紋章と王家の……カルメ家の紋章はちゃと覚えてる。
まぁ、偶然の副産物で、隣国王家の家紋も覚えてしまってるのだけど。
「レオナルド様のところはわかったわ。マルクル様のとのころはどうなの?」
「あぁ、アレは…………。」
「…………?」
「見たほうがわかると思う。」
ソフィアが苦笑する。
「とにかく、見たらわかる!ほら、ついたよ!入って!」
門扉を開いてくれるソフィアに促され中へと入れば、セバスがニコニコと窓を拭きながらソレを見ていて。
ソレは笑顔で複数の道具を持ちながら働いていて。
「あ、お帰りなさいお嬢様。」
「え、お嬢様!?」
パァッと笑顔でこちらを振り返るソレ。
「…………曲芸師?」
「アレが、マルクル様のお孫様。アンタが殿下の秘書官になるべく育てられた凄い人って言ってた人物よ。」
「…………。」
なんか、思ってたのと違う…………!!
え、秘書官って何だっけ。
前世の知識で知ってる秘書とは違うのかしら。
「セバス、悪いがこの手紙を出して来てもら……あぁ、ユリア、ソフィア。帰ってたんだね。お帰り。」
「ただいま、お父様。」
「ただいま帰りました。」
「疲れただろう、少しお茶にしようか。」
お父様がいつも通りニコニコと誘ってくれる。
いつもなら私がココで動くんだけど…………。
「ソフィア、お茶の用意してくれる?そうね。ちょっと遅めに持って来てくれると嬉しいわ。」
「かしこまりました、お嬢様。」
コレで、ソフィアは十分くらいは戻って来ないだろう。
お父様と一緒に応接室へと入れば、数日前よりも格段とグレードアップした部屋が広がっていて。
「コレは……。」
「この部屋をキレイにしてくれとお願いしたらね、こうなったんだよ。」
「予算は一体どこから。」
「…………。とりあえず、立ち話もなんだし座ろうか。」
お父様に促されるままソファに座る。
それでも目につくのは入れ替えられた調度品の数々。
「コレが、雇った二人の書類。」
「…………。」
渡された書類の束に視線を落とす。
ユミエル・ドナウ(13)
レオナルド・ドナウの弟でドナウ侯爵の三男。
幼い頃より剣を握るが、才能は無くさじを投げられる。
幼い頃からの経歴が事細かに書かれている調書をパラパラと流し読みしていく。
速読を身に着けているので、コレでもちゃんと目を通してる。
「…………前半部分、とてもじゃないけどドナウ侯爵家が嫌いになりそうだわ。」
モブキャラのせいか、ゲーム本編でも出番がない上に話題にも上がらなかった三男坊のせいか。
レオナルド様に比べると天と地ほどの差がある評判だ。
「君がレオナルドくんに声をかけなかったら、彼は遠いどこかの商家に婿入りする予定だったらしい。」
「婿入り?婚約者の間違いでしょ?彼は、まだ十三歳よ?」
「いいや、婿入りだよ。相手は三十くらい年上の女性だと聞いた。」
「…………お父様がウイリアムやエドワードにそんなことをしたら私、お父様を絶対に許さないわ。」
「そうだね。ユリアやロイドに斬り殺されそうになるんだろうね。」
「でも、納得だわ。通りでレオナルド様が協力的だったわけよ。辺境伯家の邸だと知れば喜ぶとか言ってたけど、そんなところに婿入りするくらいなら貧乏貴族の方がよっぽどマシだもの。」
「ユミエルくん、騎士の家系だからか憧れてるらしいよ僕たちに。」
「憧れ?」
「そう。幼い頃からの憧れらしい、コースター辺境伯が。」
「変わってるわね……。もっと他に身近で憧れられる人が居るでしょうに。」
まぁ、憧れですと言われて悪い気はしないけど。
それでも、近衛騎士団と私達じゃ天と地ほどの差がある。
「で、こっちがマルクル様のお孫様の調書?なんだか思ってたよりも薄いわね…………。」
ユミエル様の分と比べると、半分あるかないかだ。
ガゼル・ラート(25)
マルクル様のお孫様にあたり、両親は王位争いで他界。
「…………王位争いで他界と書いてるから何かと思えば…………、王弟側の人物だったの。」
「調べではそうだね。もしかしたら、彼が勝手に色々と手を付けるのもソレが原因かもしれない。」
「落ちぶれて苦労した腹いせにってこと?ろくでもないお孫様ね。」
調書を投げたい気持ちをこらえて、扉の外にある気配に意識を向ければ。
ソフィアが使用人らしく静かに入ってくる。
「私達が貧乏貴族と呼ばれてるのを知ってるでしょう?」
「あぁ、知っているよ、確実にね。それでも王都の邸はそれなりに手をかけてるから、わからないのかもしれないね。」
淹れてもらった紅茶にゆっくりと口をつけるお父様。
いつも通りの、のほほんとした表情で。
いつも通りの、優しい笑顔で。
「任せて良いかい、ユリア。」
「もとよりそのつもりで私を呼んだのでしょう?」
そう言えば、ニコリと笑う。
「ソフィア、彼らを呼んで来てくれるかい?」
「はい、領主様。」
「あら、旦那様って呼ぶの辞めたの?ソフィア。」
「あ。」
咳払いをしてごまかすように退室するソフィア。
その後姿に笑いつつ見送る。
「ソフィアにしては珍しいミスね?」
「そうだね。」
「お父様はどっちで呼ばれた方が良いの?この、王都では。」
「どちらでも構わないよ。ソフィアに関してはね。」
私の侍女ということでココに住まわせているお父様。
そして、ソフィア自身もソレを受け入れている。
「ね、お父様。」
「ん?」
近づいてくる人の気配と足音に口をつぐむ。
「お二人を連れて参りました。」
「入っておいで。」
お父様の言葉にソフィアが扉を開く。
そうすれば、ユミエルとガゼルが入ってきて。
あ、コレ自己紹介なしでもわかるわ。
さすが、攻略キャラの弟。
よく似ている。
レオナルド様を少し幼くすれば、見分けがつかないかもしれない。
「ユリア。彼らがユミエル・ドナウくんとガゼル・ラートくんだよ。」
「お初にお目見えします、お嬢様。ユミエル・ドナウと申します。」
「ガゼル・ラートと申します。何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様。」
おぉ…!
二人共モブキャラなのに……!顔が良い……じゃなくて声が良い……でもなくて!!
モブキャラにしておくのもったいないの来た!!
「ユリア・コースターよ。よろしくね、二人共。」
「王都からの要請やこの邸で何かあった時の対応は全部、当主代理のユリアに任せる。これは、陛下や宰相たちの認可が降りた正式な決定だ。異論は認めない。」
お父様、初耳なんですけど。
お父様、無視しないでください。
気づいてますよね、視線に。
「僕が居ない間はユリアの命令が絶対だ。良いね?」
「はい。」
「ソレ、セバスさんやベロニカさんは知ってるのですか?」
騎士らしく返事をするユミエルとは違って、反抗的な対応をしてくるガゼル。
まぁ、そう言うだろうとは思ってたけど。
「もちろん。新しく入った君たちだけだよ、知らなかったのは。でも、今知ったから。わかるよね?」
ニコニコとしてるのに、圧がある。
珍しいくらい、お父様が怒ってる。
「さてユリア。」
「!」
「僕の代わりに、一つ問題を解決してもらえるかい?君も、気になってたんだろう?」
ココで回してくる辺り、さすが貴族の当主だと言わざるおえない。
我が父親ながら、容赦がないな。
「この部屋をキレイにしてくれたのはガゼルだと聞きました。ありがとう。」
「いいえ。気に入っていただけて何よりです。」
鼻高々と胸を張るガゼルと笑顔の私にユミエルが眉根を寄せる。
そういう顔、レオナルド様にちょっと似てるかも。
「聞きたいのだけれど、この調度品はどうしたの?」
「あぁ、安く譲ってもらいました。」
「そう。予算はどこから?」
「それはもちろん、コースター家で管理されてる資金からです。」
「お父様に指示されたのかしら?」
「いいえ。自分で判断しました。元々ココにあった嗜好品は古く色褪せており、華々しい功績を残されるコースター家には似合わないですから。」
「元々ココに飾ってあった嗜好品はどうしたの?納屋にでもなおしたのかしら。」
「まさか!ちゃんと買い取ってもらいましたよ!思ったよりも良い値で買い取ってもらえたので驚きました。」
ニコニコと褒めてもらえると信じて疑わない表情で。
どうして私がこんな質問をしてるのかと、一切疑わないで。
「ね、ガゼル。どうして私がこんな質問をしてると思う?」
「素晴らしい働きだからでしょう?秘書官になるべく祖父に色々と叩き込まれましたから。」
「それを本気で言ってるのなら、貴方はとんだ勘違い野郎ね。」
「…………なんですって?」
「聞こえなかった?とんでもなく役立たずで使用人失格だと言ったのよ。」
ガゼルの表情が険しくなる。
だけど、謝る気は毛頭ない。
「まず第一に、当主の許可なく資金を出すことからして使用人失格だわ。貴方、その嗜好品を買う許可を誰にもらったの?お父様でも私でもないわ。コースター家の人間は今ココに、私達しか居ないの。ましてやセバスにも言ってないわね、その様子だと。彼は家令としてこの邸を管理する役目を担っているけれど、全て当主であるお父様に報告してるわ。でも、貴方が嗜好品を買ったという報告はされてない。コレを貴方の私財で買ったというのなら何も言わないけど、主人のお金に勝手に手をつけるだなんて、マルクル様もとんだ教育をしたものだわ。」
「言われた通りキレイにしただけです!!」
「言われた通り?貴方、ココの掃除を頼まれただけよね?それなのに勝手に物を売りさばいたの。ソレがキレイにするということなの?バカじゃないの。」
「な…………!!」
「ココに元々あった置物が色褪せていて私達に似合わない?余計なお世話よ。アレは、代々王家から我が家に信頼の証として送られている由緒正しい贈り物よ。あの中にはお母様の形見だってあったわ。思ったよりイイ値で売れた?当然でしょ。全部、世界各地で有名な職人が作った一点物、国宝級の品々よ。貴族の教育をちゃんと受けていれば、わかったハズよ。貴方が仕入れたこんな安っぽい調度品なんかとは比べ物にならないものだと。」
「やす…!?アンタたち上位貴族にとっては安っぽい品かもしれないけど、コレも立派な……!!!!」
「立派な、何?貴方、主人の財産に許可なく手を付けた上、謝罪もしないで言い訳をするの?」
「…………っ。」
「呆れたものだわ。報告もしない、謝罪もしない、主人に反抗する。私はマルクル様に、仕事ができて信用できる人が欲しいと声をかけたのよ。それで貴方はココに来たの。この意味がわかる?貴方は私達の信用もマルクル様の信用もこのたった一回のあやまちで失ったのよ。」
「…………わ、私は元々こういう作業より荒事の方が得意で…………!」
「そう。荒事ね。じゃあ貴方、ソレですらココで役立たずだと分かればどうするの?」
「どうするって…………。」
「我が家には仕事もできない使用人を雇う暇はないの。荒事でも役に立たなかったらココに居る意味、ないわよ貴方。」
「…………っ。」
お父様に視線を送れば小さく頷くから、そっと息を吐き出して。
「お父様、ユミエル、このテーブルを少し端によけてくださる?」
「うん。」
「かしこまりました。」
「ガゼル、貴方には今からそこにいる私の侍女であるソフィアと一対一の勝負をしてもらう。」
「あの女と…………?」
「荒事、得意なんでしょ?」
「…………女相手でも手加減しないですよ、私は。」
「手加減できるほど武術が得意じゃないだけでしょ。そんな言い訳いらないわよ。」
「…………!!」
「ソフィア。」
「はい。」
「手加減はいらないわ。ただし、殺しちゃダメよ。」
「承知しました。」
「ユミエル、合図出してあげて。」
「は、はい……!」
二人の為に大きくスペースを開く。
お互いが静かに睨み合っている。
「……、はじめ!」
ユミエルの合図で先に動き出したのはソフィアで。
第一撃を間一髪で受け止めたガゼルがニヤリと口角をあげる。
だけど、次の瞬間には彼の身体は宙を舞い、床に叩きつけられておりソフィアに腕を捻り上げられて居た。
「しょ、勝者ソフィアさん!!」
「……ふぅ。なんとか勝ちました。」
「さすがね、ソフィア。言うほどきつそうには見えなかったわよ?」
「ヤダなぁ。殺さない程度に手加減するのが難しかったんですよ。」
いまだに何が起きてるのかわからない様子のガゼルを見ていれば、扉が少しだけ乱暴に開いて。
視線を向ければ、慌てて来たのであろうマルクル様。
「オズワルドくん…!ガゼル…………!!」
「マルクル様?どうしてこちらに…………。」
「おや、思ったより早かったねマルクル。」
「お父様が呼んでたの!?」
「あぁ、うん。さっきね。セバスに手紙を届けてもらったから。見ての通りだし、手紙に書いた通りだよマルクル秘書官殿。」
「…………そのようですね。どうやら私は教育を間違えたようだ。」
「ま……!なんでだよ!ちゃんと秘書官になるべく頑張って…………っ。」
「ガゼル。言っただろう?お前には大切なものが見えちゃいない。主人の持ち物に許可なく指一本触れてはいけないし、許可なく売買してはいけない。コースター卿が優しい人だから、その程度の怪我や痛みで済んだだけだ。死罪や修道院送りになるのが普通の罰だと教えただろう?」
「でも!コイツらは金持ち貴族だ!!邸だって立派だ!貴族同士の駆け引きに勝てるように俺が手を施しただけだろ!?」
そのセリフに思わず一歩踏み出すと、お父様に手を取られて。
振り返れば真剣な顔をして首を振り、二人を見た。
「…………ガゼル。お前には学びが必要だと思ってココに預けたがまだ早かったようだ。」
マルクル様が首を横に振って、こちらに向き直る。
「オズワルド様、ユリア様。我が孫の失態謹んでお詫び申します。どのようなバツでも受けさせると約束いたしましょう。なんならこの老いぼれの首も一緒に差し上げます。」
「!おい、じいちゃん!!」
「…………さすが、陛下の秘書官。よくわかっているね。ユリア、君はどうしたい?」
「あら、私が決めて良いの?」
「任せると言ったからね。」
お父様がポンポンとつかんでいた私の手を叩く。
それに小さく笑いつつ、二人を見る。
「顔をあげてください、マルクル様。そのままでは大切な話ができません。」
「…………。」
「我が家にあった調度品を取り戻すことはできるのかしら、マルクル様。」
「その件に関しましては、陛下が片っ端から買い戻してくださっております。まだ全てとは言いませんが、大半を戻すことは可能です。」
「まぁ。」
お父様、勝手に調度品を売られた旨を何気なく陛下たちに流してたのか。
じゃなければさすがにこの短時間で買い戻しなんて不可能だ。
「お母様の遺品がその中にあるかどうか、わかる?」
「優先して取り戻しております。」
それに肩の力が抜けた。
「そう、それなら良いの。良かったわねガゼル。私、それが帰って来なかったら司法官のところへ言って法的裁きを大々的に下してもらおうと思ってたもの。」
「司法官って…………!そんな大げさな……っ!」
「大げさ?違うわ。この国の法律を守れば貴方は正当な理由で裁かれるのよ。」
ソフィアに抑えられていた肩が痛いのか、ずっと抑えている。
これでよく荒事が得意だと言ったものだ。
「マルクル様。ガゼルには私のこと、話をしましたか?」
「いいえ。全ては採用してからコースター卿よりご説明を賜る予定でした。」
「…………お父様も人が悪いわ。」
「情報漏洩を防ぐための布石だと言ってほしいな。」
ニコニコと笑うお父様にため息を一つ。
「マルクル様、ガゼル。貴方たちに与えられる選択肢は三つよ。」
指を三本立て、二人の顔をまっすぐと見返す。
「法的裁きを受けるか、下級騎士団の給仕係に降格するか。」
「なんでそんなこと……!」
「黙るんだ、ガゼル。」
「心を入れ替え、誠心誠意コースター家に仕えるか。」
マルクル様が目を瞬き、私を見る。
「あぁ。ガゼルではなくマルクル様が我が家に仕えるという手段もあるから四つね。ガゼルはマルクル様の代わりに陛下にでも仕えれば良いし。仕事、できるんでしょう?」
ひらひらと指を立てた手を振り、ニヤリと口角をあげる。
「良いよね、お父様。」
「あぁ、そうだね。マルクル秘書官と働くのは思うところがあるけれど、陛下にガゼルくんを付ければ殿下が王位を継いだ時に秘書官としてガゼルくんを動かすことも容易だ。四つ目の選択肢も、この場では良い選択肢だと思うよ。」
「ふふ、それならこの二人の答えはお父様が聞いてあげて。私は代理だけど、お父様は当主だから。」
「おや、どこかへ行くのかい?」
「そろそろ昼食の仕込みをしなくちゃ。ソフィア、手伝って。」
「はい、お嬢様。」
「ユミエルはセバスとベロニカにお茶を持って言って欲しいの。あの二人、止めるまで働き続けるから。倒れたら大変だわ。」
「わ、わかりました。でも、あの……。」
「あぁ、大丈夫よ。ソフィアに負けるような相手がお父様をどうにかするなんてあり得ないもの。それに、ココでお父様に手を出すなんてバカなことしたって罪状が増えるだけよ。」
ニコリと笑い、部屋を出る。
ユミエルが頭を下げて給仕室へと去って行く。
「ふふ、ソフィア。随分と機嫌が悪いわね?戦わせたこと怒ってるの?」
「いいえ?あの男をもう一度雇うって選択肢が気に食わないだけ。」
「切り捨てるにはねぇ。我が家には雇える人間も限られてるし…………。」
「甘いのよ!ユリアも領主様も!そんなんだから貧乏貴族とかいっぱい、いっぱい、悪口を…………っ。」
「ありがとう、ソフィア。大丈夫よ。何を言われても、私達の守りたい者は何も変わらないから。」
「…………っ。」
私達の宝物は変わらない。
私達の大切なものは変わらない。
私達の守るべきものは変わらない。
「さ、昼食の準備をしましょ!おやつも用意しないとね!」
「…………パイ。」
「ん?」
「ユリアお嬢様の、アップルパイが食べたい。」
すねたように注文を入れてくるソフィアに思わず笑って。
「そうね。頑張って作るわ。」
その頭をそっと撫でた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




