得手不得手
お嬢様が殿下やレオナルド様と馬車に乗ったのを確認して、邸までの道のりを歩く。
こうして、歩いて邸に帰るのは初めての経験だったり。
「ユリア様!一緒に帰りましょ!」
「ソフィア様。はい、ぜひ。」
というかアンタがいないと私は邸に帰れないのよ。
大半の人達が馬車に乗って帰って行く中、歩いているのは私達くらいだ。
「もしかして、歩いて帰るの初めて?」
「えぇ、そうね。というか、邸に行くのが二回目よ。」
「私より少ないね。なんで?」
「なんでかな、私が聞きたいくらいだわ。」
王命で公爵家に住まわせてもらってる私は、もしかしたら羨ましいと思われる環境なのかもしれないけど。
私からすれば、我が家が一番だと思うわけで。
「今日も泊まるんだっけ?」
「そうよ。お父様に言われてるから。」
「お嬢様は?大丈夫なの?」
「お城にお泊りって聞いてるから大丈夫だと思うわ。城で何かあったなら、陛下や殿下の責任だし。」
それに、お嬢様の為にステラさんを城に呼んでいるようだから心配はいらない。
荒削りで安心はできないけど、二人で対応できればなんとかなるハズだ。
「あ、そうだ。邸に帰ったら城下に買い物に行くんだけど、アンタも行く?」
「私とアンタが一緒に歩いて同じ邸に帰るのを見られたらそれこそまずいんじゃないの?」
「大丈夫でしょ。貧乏貴族同士、助け合いしてますって言えば。」
「なるほど。」
私が貧乏辺境伯家の令嬢だというのは周知の事実だし、ステラが男爵令嬢なのは知られている。
ごまかしようはいくらまでもある、か。
「邸から学園までは遠い?」
「んー、どうだろう?領地から鉱石採りに行くほど離れてないから近いと思う。」
「…………そうね。」
比べるところがもう違う。
あの鉱山は、隣の領地の持ち物ということになっている。
なぜかは、知らないけど。
まぁ、権利書はコースター辺境伯家になっているのは確認済みだからこそ、タロッコを整備して色々と手をつけたんだけど。
「そういえば、ご両親から連絡は来てるの?」
「来てるわよ。いつもなら領主様が手紙を全員分送ってくれてたんだけど、今はロイド坊っちゃんが送ってくれてるみたい。」
「ロイドが?」
「うん。お父さんやお母さんからはもちろんのこと、他の皆からもユリアは元気かって来てる。誰も私の心配してくれてないの。おかしいと思わない?」
「私が王都に出稼ぎに出てるのを皆知ってるから、心配してくれてるのね…………。私も皆にお手紙出さなくちゃ。」
「私もユリアの手伝いで王都に来てるんだけど?」
「ソフィアは頑丈だから。」
「ユリアもでしょ、ソレは!」
納得いかないと怒るソフィアに小さく笑う。
きっと、こういうところが可愛がられてるんだろうな。
「アルベルトからは手紙も来ないのよ!アイツ、字の書き方忘れたんじゃないの?」
「アルベルトがそんなマメに手紙を書くような人だと思う?何があっても書かないわよ。」
「わかんないじゃない。幼馴染が二人共王都に居るのよ?アイツ泣いてるかも。」
「まさか。」
確かに昔は泣き虫だったけど。
大きくなってから、アルベルトの泣き顔なんて見たことない。
あの時、泣きそうな顔はしてたけど。
「ただいま帰りました。」
「ただいま。」
「お帰りなさいませ、お嬢様。ソフィアさん。すみません、ろくにお出迎えもできず。」
そういうセバスは玄関先の窓を拭いていて。
「あら、良いのよセバス。他の皆は?」
「旦那様は朝早くに双子を連れて外出され、ベロニカは邸内の掃除をしております。」
「わかったわ。ソフィア、買い出しから戻ったら庭の手入れをお願い。私は厨房に居るから。」
「了解。」
「お、お嬢様がせずとも我々で……!!」
「何を言ってるの。自分の邸の手入れくらい私もするわ。セバスとベロニカは無理とない範囲でお願いね。私もソフィアも手伝うから。」
「お嬢様…………っ。」
うるうると目元を濡らすとハンカチを取り出して抑える。
ソレを見てみぬフリをしつつ、邸の中へと入る。
このあたりの掃除もまだ終わってなさそうね。
まぁ、慌ててしなくても問題はなさそうなレベルだけど。
「まぁ、お帰りなさいませ、お嬢様!お帰りになって居たのですね!」
「ただいま、ベロニカ。あと掃除が終わってないのはどこ?」
「厨房と玄関先、応接室など…………あ、でもご安心ください。旦那様とお嬢様のお部屋はキレイにしてありますので。」
「ありがとう、ベロニカ。でも、今度からは私達の部屋は後回しで良いわ。急な来客対応もできるように玄関先と応接室を優先して。お客様の目につくところを優先的に。」
「わ、わかりました。」
「?どうかした?」
「いえ。旦那様と同じことを言われますね。」
ベロニカが嬉しそうに笑う。
「旦那様や奥様は、私達は見栄っ張りだから目に見えるところを優先してキレイにして頂戴ってよくおっしゃられて…………。あの頃はまだ人数も居たので、言われた通りに動いても間に合って居たのです。とは言っても、ココは五人以上人を雇ったことはないのですが。」
ベロニカさんが懐かしむように微笑む。
王都の別邸は五人…………、だったら領地に居た人たちと同じ人数ね。
領地は私達も手伝ってたから不便を感じたことはないけれど。
「凄いわね。こんな広い邸を五人で回してたなんて。」
「あの頃は私も若かったですから。」
「あら、今でもとっても素敵だわ。」
「ありがとうございます、お嬢様。」
「じゃあ、着替えたら厨房は私が占領するから。気にしないでね。」
「わかりました。では、お願いします。」
「えぇ、任せて!」
領地では毎日自炊してたから、料理スキルは貴族の令嬢にしては高いと自負している。
もちろん、料理の先生がすぐ近くに居てくれたからなんだけど。
さすが食堂の息子だわと何度思ったことか。
「…………っし。」
気合を入れ、厨房に向かう。
昨日寝る前にソフィアに教えてもらったから、邸の中はちゃんと把握した。
「ソフィアが食材を買いに行ってるのよね…………。さて、冷蔵庫の中身はっと…………。」
卵が数個とチーズが一切れ、トマトが二つにベーコンが一塊、小麦粉が一袋。
「何があったの…………?」
ガランとしている冷蔵庫に唖然としつつ、閉める。
問題はソフィアが何を買ってくるか。
あー、携帯がないのが憎い。
なんでこの世界魔法もなければ携帯もないのよ!
文明遅れてんじゃないの!?
乙女ゲームなのにアナログ過ぎじゃない!?
今更かもしれないけど!!
「……で、こっちが調味料の棚ね。わ、見たことない調味料もある!アルベルトが見たら喜びそう…………。」
こっちは行商が持って来たことがあるわね。
あ、コレは見たことがないから王都か交易で手に入れたものね、きっと。
というか、調味料をこれだけ揃えるの絶対に大変だったでしょうに…………。
無駄遣いだわ。
これだけ揃えるお金があるなら、冷蔵庫に食材のストックくらいできるハズだもの。
「調理器具は領地のものと同じなのね。」
安心したわ。
使い道のわからない謎の器具がなくて良かった、本当に。
「ただいま、ユリア!」
「お帰りなさい、ソフィア。たくさん買ってきてくれたのね。重たかったでしょう、助かったわ。ありがとう。冷蔵庫の中何もなくてビックリしたの。」
「料理人が居ないからって、今まで双子やベロニカさんがしてくれてたみたい。双子が厨房を仕切るようになってからはベロニカさんも立ち入らなくなったって言ってたから…………。」
「なるほどね。まぁ、お父様がすでに動いてるようだから心配はいらないでしょ。」
「何作るの?」
「とりあえず、冷蔵庫に入ってる物を使ってしまおうかと思って。ソフィア、パン作りしたことあったっけ?」
「ふふん、任せなさい、アルベルトの料理教室に参加したことはあるもの。」
「…………アルベルトはなんて?」
「食べられる物を作れるようになったから合格って。」
蘇るのはソフィアの作った手料理を食べて意識を飛ばした領民の皆の表情。
「ソフィア、分担しましょう。貴方は食材を洗って切る係、私が作る係。わかった?」
「わかったわ、任せて頂戴!」
この王都では絶対にソフィアに料理は頼まないと固く誓った。
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