転生者だけど実感はないまま
自分が転生者であると理解したのは、お母様が病床に倒れた時だ。
今からだいたい二年前。
二年半かな?
回復の見込みもないと言われた母を見ている時、私は泣きながら気を失ったらしい。
何の前触れもなくバタンッて倒れたと聞いた。
病床に伏していたお母様ですら驚きすぎて身体を起こしたと聞いた。
ただ、あの時のことは弟たちには衝撃的だったみたいで軽いトラウマになっている。
転生については色々と思うところがあるが、深くは考えなかった。
記憶が戻る前も今も、やるべきことに変わりはないから。
「姉さん。」
「どうしたの、ロイド。」
今までユリアと名前で呼んでいたのになと少し感慨深くなった今日この頃。
「今日みんなで帰ってくるってさ。」
「わかった!連絡ありがと。」
領主である父は最前線で戦っている。
いい加減引退して欲しいとは思うが、私達がまだ幼いからと言うことで、前線に居続けている。
そんな父を慕っている領民のおかげで、私達は今日も生きている。
「姉ちゃん、皆がご飯手伝ってくれるって。」
「え、ホント!?助かる!じゃあ、いつもどおり村の食堂に────」
「準備終わってて、姉ちゃん待ち。」
「わかった!リオネルとアインが悪さしないように見てて。ニーナが今お昼寝中だから、気にしてあげて。それから────」
「もー、わかったからユリア姉はさっさと行けば?」
「そ、そう?ごめんね、エド。じゃあ、後はよろしく。」
この世界が大好きな乙女ゲームの世界だと気づくのにそう時間はかからなかった。
領主の娘というポジションのせいか、歴史の勉強などの教育面はバッチリだったせいだろう。
お金はないと言いつつ貴族としての最低限度の基準値は達成している。
唯一、メインヒーローである王太子のルートに入った時に
“コースター領という国一番実りの良い領地からいつも仕入れている”
という、王太子のちょっとした一言があるだけのモブ。
私達名前すら出てこないモブです。
「おまたせしました!」
「来たね、お嬢様。」
「先に仕込み始めてるよ。」
「ありがとうございます!」
「お嬢様、これであってる?」
「うん、あってる。上手になったわね。」
「えへへ、お嬢様に褒められた。」
「お嬢様、今日は何を持ってきてくれたんだい?」
「今朝、畑で採れた大根とキャベツ、茄子とさつまいもです!」
この世界では食べ物は前の時とほぼ同じで、季節の野菜というものは存在しない。
その領地の気候と土によって、実る物が違うからだ。
幸い、ココの領地は食物の実りに関して言えば国一番だ。
まぁ、そのせいで争いが絶えない領地ではあるんだけど。
「豪華だねぇ。」
「わぁ、美味しそうです!」
「ほら、お嬢様の持ってきてくれた食材を無駄にするんじゃないよ!」
「「はい!!」」
ココの食堂を切り盛りしているテレサには感謝してしきれない。
この場所を提供してくれてることに関してもそうだし、時々料理を教えてくれることも含めて、私達は彼女に頭が上がらない。
「よし、やるか!」
手分けして食材を調理していく。
村の女子供総出で作るご飯は、いつも豪華だ。
それも、無事に帰ってきてくれた男たちを迎えるための最大の歓迎。
「お嬢様、私も手伝う!」
「僕も!」
「じゃあ、コレをお皿に盛り付けてくれる?」
「「はーい!」」
できたものから手早くお皿に盛り付け、テーブルに運んでいく。
負傷者用に作っていた別メニューも盛り付けが終わったから、後は……。
「「ユリア姉様、来たよ〜!」」
「タイミングバッチリね!運べる?」
「「任せて!」」
「ユリア姉、訓練所に持っていく分はコレだけ?」
「えぇ、お願いねエド、リオネル、アイン。」
三人を見送っていると、食堂の扉が大きく開いて。
「「帰ったぞ〜!!」」
「お、早いね。」
「「おかえりなさい!!」」
「さぁ、たくさん食べてね!」
「「おぉ〜!」」
「コレがあると帰って来たって感じがするな。」
「パパ〜!おかえり〜!」
「アデル〜!はぁぁあ!俺の天使!!」
「キャー!」
一気に騒がしくなる食堂。
それを見てると、前も今も変わらないなって思う。
環境が違っても、やっぱり同じ人なんだって安心する。
その時、外からきれいな楽の音が聞こえてきて。
「ん?」
「ユリアお嬢様はココにいるだろ?」
「じゃあもしかして……!」
期待のこもった眼差しを向けられ、ニコリと微笑む。
「この音はロイドとウイリアムですね。」
「ロイド坊っちゃんとウイリアム坊っちゃんだって!?」
「アンタたち、勝手に食べてな!!」
「旦那より坊っちゃんたちの演奏だよ!!」
「……俺の女房は時々冷たいと思う……。」
「けど、あの二人が一緒に演奏なんて珍しいな!ユリアお嬢様は今日は演奏しないのかい?」
「しますよ。みんなのお披露目が終わった後に。」
「「お披露目?」」
「フフ、かわいい弟たちのお披露目です。」
「「おぉ!」」
慌てたようにお皿を抱えながら窓から顔を出す人と、食堂を飛び出す人に別れて。
私も裏口から外に出て、弟たちを観察する。
ロイドとウイリアムが楽を奏で、エドワード、リオネル、アイン、ニーナが舞う。
ニーナはまだ小さいからヨタヨタとしてるけど、それもかわいい。
昔からの伝統行事とも言えるこの状況。
我が家では十歳未満の子供は舞いを踊り、十歳以上は楽を奏でる。
本来なら私もあそこに入るべきなんだが……。
毎年私は夜中に寝ずの番をする。
葬送の音を響かせながら。
朝になってから寝るのが、争い終了後の習慣だ。
「ユリア。」
「お父様、おかえりなさい。」
「あぁ、ただいま。寝てなくて良いのか。」
「うん、大丈夫。」
「そうか。あまり、無理はするなよ。」
「わかってる。お父様も休んだら?明日もゆっくりする余裕なんてないでしょ?」
「そうだな。ニーナの出番が終わったら帰って寝るとしよう。今晩は、任せて良いか、ユリア。」
「えぇ、任せてお父様。」
葬送の音を弾けるのはお父様と私、亡きお母様だけだ。
まだ、ロイドも習得していない。
「ちゃんと、送ってやってくれ。」
「はい。」
もう、自分のために泣かないって決めたから。
お母様の葬儀の時に、誓ったから。
私が私を思い出した時に誓ったから。
「任せて、お父様。私がちゃんと、送るわ。」
お父様が泣きそうな顔をして、頭をなでてくる。
お父様の手は少し、
震えていた。
ありがとうございました
感(ー人ー)謝