手でも繋いで
王城の庭で、書庫での疲れを癒やす。
「んはー!!疲れた!!」
「本当、ココ最近ずっと書庫にこもってたもんねぇ。それで?調べ物は終わったの?」
「うん、バッチリ。他にも面白そうな本がいっぱいあったから借りちゃった。ソフィアも読むでしょ?」
「えー?私、ジッとしてるの昔なら苦手なんだよねぇ。」
「とか言って。いつも私がオススメした本はちゃんと読むじゃん。」
「そりゃあ……ユリアのオススメはいつも面白いから。」
視線をそらして紡がれる言葉は、本心ではないことを物語っている。
いつだって私のために……コースター辺境伯のために頑張ってくれる。
そんな家族のために私たちはやるべきことをやるだけだ。
近づいてくる気配に視線を向ければ。
銀糸の髪を揺らして近づいて来るから。
ソフィアが威嚇するように立ち上がり、私の前に立つ。
「侍女の教育がなってないんじゃないか、お姫様。」
「私自身教育がなってないもので。何か無作法なことでもしましたか?私の大切な侍女は。」
チラリと視線だけを向ければ、楽しそうに笑って。
「いいや?ただ、相手によっては機嫌を損ねるから、気をつけたほうが良い。」
「ご忠告感謝します。それで、皇太子ともあろうお方が私に何の御用でしょうか。」
「外出したい。付き合ってくれ。コースター辺境伯の監視が無いと、自由に動き回れないのは知ってるだろ?」
「特に予定も無いですし、良いですよ。」
何を言ってるんだと言いたげなソフィアの視線を受け止め、笑う。
「ココの片付けをお願いするわね。」
「……はい、お嬢様。」
「ギル、お前も手伝ってやれ。」
「え、ですが……。」
「大丈夫だ、俺一人で問題ない。」
「…………かしこまりました。」
ソフィアがニコリと笑い、お礼の言葉を告げる。
笑顔の裏に隠された本音に、苦笑する。
ごめんね、ソフィア。
あとでちゃんと埋め合わせするから。
「行こうか、ユリア。」
ニコリと笑って差し出される手に、睨みつけながら手をとれば楽しそうに笑う。
「せめて取り繕う努力をしてくれないか?」
「怒られない一線を見極めておりますの。」
「ククク、なるほど。だが、残念。俺は、君のすることに怒ることは無いよ。」
「大切な家族の首を落とされても?」
「仕方がない。それだけのことを、俺達はしたのだから。さ、行こうか。」
爽やか好青年のような笑みを浮かべ、歩き出す。
その背中に引っ張られるようについて行く。
どうして、貴方は……。
「実はギルに贈物をしたくてな。」
いけない、余計なことを考えては。
「暗器とか給金倍にする契約書とかどうですか?喜ぶかと思いますよ。」
「それはそうなんだがな……。こう、もっと実用的な物を贈りたいんだ。」
「暗器以上に実用的な物……?」
ギル様は元守護騎士だと聞いている。
だったら、怪我を差し引いても仕事内容としては護衛が主なハズ。
そんな人に侍従のようなことをさせているだけで。
「では、ギル様の好きな物をあげては?ギル様の好きなこととか、ご存知ないのですか?」
「んー、そうだなぁ……武器の手入れと暗躍?」
「…………。」
「そんな目で見るな。冗談だ。アイツは花の世話や刺繍が好きだな。あとは……あぁ、そうだ。衣装作りも好きだな。」
え、家庭的。
というか、私より乙女してるじゃん。
どこの真相の姫君だよ。
私なんて刺繍より繕い直しのほうが得意だが??
「器用なんですね。」
「アイツは器用だぞ。淑女の嗜みができたほうが、色々と便利だからと言っていた。」
なるほど、情報収集で使うのか。
「打算的で素敵ですね。では、刺繍糸や花の種はいかがですか?」
「なるほど、いいかもしれないな。ユリア、案内してくれ。」
「はい。こちらで……?…………????」
「どうした?」
ニコリと笑って視線が合う。
いつの間に、エスコートするように繋がれていた手が、恋人繋ぎになって……??
「ちょ、この繋ぎ方ヤダ……!!」
「城下に紛れ込むのに、エスコートしていたらバレるだろ?」
「バレ…!百歩譲ってそうだとしても!バレるわよ、何しても!自分の髪色が目立つことをご存知でない!?」
「あぁ、そうだったな。大丈夫だ。皇族が銀糸だと知っている者は少ないからな。」
の、呑気な……。
「さぁ、ユリア。初めてのデート、楽しみだな!」
「で……!?は、初めてじゃないでしょ、城下に行くのは…!」
「ククク、そうだな。どっちもディル様だもんな?」
「…………っ。」
「そうだ。ユリア、城下では俺のこと呼ぶ時はディルって呼ぶんだぞ?敬語も無しだ。お忍びだからな、コレは。」
「わ、わかったわよ。」
完全に彼のペースに呑まれてる……。
ダメよ、ユリア。しっかりしなさい。
平常心よ、かき乱されてはダメ。
「あそこは花屋ですね。寄ってみましょう。」
「そうだな。」
綺麗な花が並ぶ。
私、あんまり花って詳しくないのよね……。
前世色々かじってたから、ある程度はわかるけど。
「ユリアは何の花が好きなんだ?」
「私より送り主の好みを考えては?」
「参考までに。」
私が好きな花……。
この世界には無いのよね、私の好きな花は。
「私、花より野菜の苗が良いです。」
「なるほど。わかった。」
私の質問の答えにもなってない解答に文句一つ言わずに、店内へと消えていく。
店先の花を眺めていれば、小さな小包を懐に直して戻って来る。
「良いのは見つかったの?」
「いや、まだだ。」
「……そう。なら、別のお店見に行きましょ。」
ギル様以外の贈物を見つけたのかもしれないわね。
帝国から王国につれてきているのがギル様一人なだけで、帝国に帰れば皇太子に従事する人は多いだろうから。
「なぁ、ユリア。」
「なに?」
「ユリアは何色が好きなんだ?」
「…………教えない。」
「そうか。じゃあ、教えても良いと思えたら、教えてくれ。」
繋がる手の指先に力が込められる。
「俺は、待てるからな。」
どうして、そんな目で私を見るの。
お願い、そんな目で見ないで。
「お!あそこは……。」
「えぇ、裁縫関連の品が置かれている店よ。入りましょ。」
カランコロンとドアベルが鳴る。
店内に客はおらず、かなり品物が見やすい。
「へぇ……いろんな色があるんだな。」
興味深そうに見入る姿を見つつ、刺繍糸に視線を落とす。
あ、あの刺繍糸……。
「ユリア?」
「!」
「何か見つけたのか?」
「……、いいえ。色々な種類があるなと思っただけよ。」
「そうか。ユリア、俺に似合う色を一つ選んでくれ。」
「え?」
「ギルは時々俺に贈ってくれるからな。一つ、選んでくれ。」
「似合う色……。」
銀糸の髪、鋭い眼光。
もはや目つきが悪いとも言える目元は印象深いが……。
「…………。」
あぁ、そうだ。暗闇でも月明かりに反射して浮いたように見える牡丹色。
この世界で私の好きな色に一番近しい色。
「貴方、色素薄いのかと思ったけど、瞳の色を見る限り、そうでもないのね。あぁでも、ご家族が全員赤みの強い瞳をしているのであれば、色素は薄いことになるのかしら。夜に見た時は赤銅色に見えたのに……やっぱり明るいところで見るのとでは印象変わるわね。月明かりに反射した時は明るい色に見えたのにって不思議に思ってたのよ。へぇ、なるほど。光の加減って大切ねぇ。」
「…………っ。」
「あ、ちょっと。」
「お前ほんと……。」
「何よ。似合う色探してほしいんでしょ。」
「そう、なんだが…。」
んー、あ、グラデーションになってて綺麗。
「この糸にしたら?」
「白……いや、銀と青…?いや、緑か……?」
「浅葱色だと思う。珍しい糸だし、貴方に似合うわ。貴方、見た目派手だし。」
「褒め言葉か?」
「褒め言葉よ。」
髪の色と瞳の色が違うのはメインキャラの特権かと思ってたわ。
モブキャラは皆、髪の色と瞳の色が一緒だから。
刺繍糸を手に取り、掲げてみる。
うん、似合う。
「かっこいい人って何色でも似合うよねぇ……。」
「……っ!?」
「…………忘れて。」
刺繍糸を押し付け、離れる。
今、完全に心の声が漏れたわ。
モブキャラなのに、イケメンイケボなのが悪い。
「…………。」
ココに領民が居なくて良かった。
今の聞かれていたら大変なことになる。
私は、コースター辺境伯の娘として振る舞わなきゃならない。
「おまたせ。」
「良い色あった?」
「あぁ。」
「それなら良かった。じゃあ、目的の物も買えたし。どっか見たいとこある?」
「良いのか?」
「お仕事前の激励ってヤツよ。」
「この付き添いが?ハハッ、なら頑張らないとな。」
自然と繋がれる手に引っ張られるように店を出て、城下を歩く。
初めての王都は、マリア・セザンヌの心遣いだった。
店のロゴとかでテンション上がってたっけ。
遠い昔のようだ。
「髪飾りか。」
「そうみたい。」
露店のような場所で売られている装飾品。
貴族向けでは無いからか、そこまで高価な値段設定じゃない。
あ、可愛い。
「気に入ったのか?」
「!」
顔を覗き込まれ、離れようとするも手が繋がっているせいで、上体を仰け反らせるだけになって。
「コレくれ。」
「はいよ。」
「ありがとな。ほら。」
差し出された髪飾りを恐る恐る受け取る。
「今日のお礼。」
「あ、りがと……。」
こんな可愛いもの、似合わないのに。
「他見て周るぞ。」
今日のお礼だと贈られた髪飾りは決して高価なものではなくて。
でも、可愛すぎて私には使えそうになくて。
それでも、コレは捨てることはできない。
「 」
紡いだ誰にも聞かせられない本音は、
風にさらわれて、
消えた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




