最期のテスト勉強
色々あった戦いの間、迷惑をかけたワイナール夫人とマダムシャーリーに会うために、家庭教師の授業を大人しく受ける。
二人とも楽しかったと笑っていて、トラウマになってないことにホッとする。
王都の貴婦人はメンタルが特殊合金か何かでできてるのだろうか。
「それにしても、色々と噂は聞いたけど……。無傷なんて……。」
「ワイナール夫人、近いです。」
「あら、ごめんなさい。」
「……ほら、終わったよ。」
「わ!ありがとう、マダムシャーリー!」
綺麗にほつれが修復された……!!
プロの腕前だわ…!
「あの、お嬢様。」
「ん?どうしたの、ガゼル。」
「マリア妃殿下の使いだという方がお見えになられてますが……。」
まさか。
「名前は聞いた?」
「ステラ、と。」
立ち上がり、扉に近づく。
扉の隙間から廊下を覗けば懐かしい顔。
とは言っても数ヶ月顔を合わせてないだけなんだけど。
「お久しぶりですね、ステラさん。何かありましたか?」
「…………大変不本意ながら、お嬢様の命令でお迎えにあがりました。」
「ん??」
「卒業前の最期の試験、教師役が足りないようで、お力添えを、と。言付かって参りました。」
クロード・カルメとマリア・セザンヌにはテストの心配どころか受ける必要も無い。
あの二人は真面目だから、受けるのだろうけど。
「レオナルド様とシノア様、ですね。お二人でどうにかできるのでは?」
「それが……。」
「?」
ステラさんがため息混じりに耳元に唇を寄せてくる。
「最近二人きりで過ごせてないから、二人で過ごす時間を稼いでほしいと殿下より密命が下りました。」
「……………………ふっ。」
「報酬はユリアさんが好きだった、シフォンケーキです。」
「!」
「なので、お力添えを。」
「……、ふふ。わかった。……ハハッ、本当。あの人は私を動かすのが上手だねぇ。」
まぁ、最後に攻略対象たちを間近に拝むのは良いかもしれない。
この半年が終われば、王都に来ることなんて無いだろうから。
「わかりました。今からですか?」
「はい。」
「では、すぐに準備します。あ、中でお茶して待ってますか?」
「早く用意してきてください。」
「はぁい。」
ステラさんに急かされ、室内に戻る。
「何か用が入ったのかい?」
「えぇ。学園の同級生にテスト勉強を見てくれと頼まれました。」
「行っておいで。一応授業時間は過ぎてるからね。」
「はい。交流は大切ですよ、ユリアさん。私たちはいつも通り、勝手に帰らせてもらいます。」
「わかりました。ありがとうございます。ガゼル、ココはよろしくね。ソフィア、貴方はどうする?」
「絶対行かない。」
「わかった。じゃあ、留守は任せたわよ。アルベルト、ソフィアとこの部屋ちゃんと守っててよ。」
「りょーかい。俺、姫さんについて行かなくて平気か?」
「この城内で襲われることがあるなら、王家の問題よ。」
堅苦しいドレスから着替える。
私が皇太子の婚約者だと大勢に知られるのはリスクが高すぎる。
「ユリア、ココ座って。頭やってあげるから。」
「わざわざ良いのに。」
「ダメ。ぎゃふんって言わせて来なさいよ。」
「誰によ。」
「……アンタたちを悪く言うすべての人に。」
鏡越しにソフィアの顔を見る。
「……はい、できた。」
「ありがと。」
小さく笑って、その身体を抱きしめる。
「怒ってくれてありがと、ソフィア。」
「…………、私はただ悔しかっただけよ。」
「うん。ありがと、ソフィア。ごめんね、傷つけて。」
「アンタが謝ることじゃ……っ。」
「うん。ごめん、ありがと。」
「…………っ。」
ポンポンと背中を叩いて、離れる。
見慣れた泣きそうな顔をするソフィアに笑って頭を撫でる。
「じゃあ行ってくるね。留守番宜しく。」
あくびをして扉の前に座り込むアルベルトを横目に扉を開く。
「アルベルト。」
「?」
「殺気漏れてる。」
「ん、ごめん。」
「ん。」
ポンポンと頭を撫でて、廊下へと出る。
「おまたせしました、ステラさん。」
「いえ。見慣れた格好になりましたね。」
「どうです?懐かしいでしょ、侍女のお仕着せ。便利ですよ〜、コレ。」
「ソレ、宮仕えのお仕着せですよね?またどうやって……。」
「え?お仕着せ一着くださいって言ったらくれました。」
「…………脅したんですか?」
「私の信用そんなにありません??」
まぁ、王城内に働きアリがすごい居るけど放置してますって言っただけ。
別に脅しじゃないよね?
「あの庭園は……。」
「はい。お嬢様が与えられた庭園です。」
楽しげな声が聞こえてくる。
声の聞こえる方に視線を向ければ、レオナルド様がシノア様に怒られているところで。
「私はココで。」
「一緒に行かないのですか?」
「密命がありますので。」
「なるほど。手伝わなくて平気ですか?」
「お嬢様に関わる仕事は私の仕事です。」
相変わらずな返答に笑って一歩踏み出す。
「ユリアさん。」
「?」
「私は貴方が嫌いです。」
「え、今?」
「でも、傷ついてほしいとは思ってません。」
「!」
「それでは、仕事がありますので。」
一礼して去っていく後ろ姿を見送る。
私の噂、ステラさんに気を使われるくらい流れてるのか……。
苦笑しながら、勉強をしている四人に近づく。
「マリア様〜。」
「!」
「お呼ばれされてきましたよ。」
「ユリア!貴方、その格好……。」
「どうですか?一度着てみたかったんですよ〜。」
「…………よく似合ってるわ。それより、ユリア。」
「あ。」
「ユリア嬢、ココは任せて良いのだろうか?」
「えぇ、殿下。そのためのお仕着せです。」
「感謝する。」
殿下がマリア様を半ば強引に連れ立つ。
あんなにも堪え性のない性格だったかしら。
もしかしたら、原作より早く婚姻の儀を上げたから……?
いや、まさか、ね。
「と。お久しぶりですね、レオナルド様、シノア様!とは言っても、この城内で度々お見かけしてましたが。」
「えぇ、そうですね。」
「私一人でレオナルドの相手は骨が折れるので、大変助かります。ですが、ユリア嬢。貴方学園に来てないのに、教えられるのですか?」
「学園に通わなくても優秀だから卒業させてもらえたんですよ、シノア様。」
「……失言でした。申し訳ない。」
「いえいえ。それで、わからないところはどこですか?」
「あぁ、それなんですが……。」
目で合図を出し合ったかと思えば、広げられていた教科書のページが変わって。
「ココなんです。」
トントンと指先で示されるのは、教科書に挟まった一枚の紙切れ。
「教科書、失礼しますね。」
「どうぞ。」
向きを変えて、文章を確認する。
この筆跡は……。
「タールグナー先生の課題ですか?」
「はい。わかりますか。」
「わかりますよ。あの先生は、癖のある問題を出してきますから。」
教科書をレオナルド様に返す。
「その問題については、ココをご覧ください。」
指先で教科書の文字を示していく。
二人揃って、目を見開かれた。
「ね?難しくない問題でしょ?」
「……、そう、ですね……。どうやら難しく考えすぎていたようです。」
「真面目な証拠です。良いことだと思いますよ。」
「では、次の問題は、コレを使えば良いのですか……?」
シノア様の指先が教科書を滑る。
それにニコリと笑ってみせる。
「えぇ。その問題を使えば解けます。」
「ユリア嬢、貴方は本当に……。」
呆れた様子のシノア様を横目にレオナルド様に視線を向ける。
「一つ、質問してもよろしいですか、ユリア嬢。」
「答えられることなら。」
「ココに貴方を呼んだのはマリア嬢……ではないですよね?」
「さぁ、どうなんでしょうね?」
ステラさんは殿下からの密命と言っていたから、ひょっとしたら私を呼びに行くように指示したお嬢様の後に、お願いをした可能性はある。
殿下の愛情は悪役令嬢にだけ向けられているから、何も心配はいらないだろう。
「それにしても、学園に通っていない貴方が知っているのは驚きでした。なぜ、知っているのですか?」
「教えてもらったからです。」
「教えて……?」
「はい。テスト範囲で躓いている問題は他にありませんか?」
「あります。ココからココの問題がさっぱりわかりません。」
「レオナルド、そこは前に教えなかったか?」
「忘れてしまった。」
「この脳筋バカが…っ!!」
「口が悪いぞ、シノア。」
メガネをクイッとあげてレオナルド様を絶対零度の視線で見るシノア様。
そんなシノア様をなだめるように苦笑するレオナルド様は、一緒にテスト勉強をしている時から変わらなくて。
見納めだなぁと思いながら、二人を眺めた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




