入学式
クラスで簡単な顔合わせをした後に入学式の会場である大講堂へと入る。
その前世とは違う仕組みに新鮮味を覚えながら会場に入れば、殿下は先輩と思われる人に連れて行かれた。
座席はクラス単位で固まっていれば適当に座って良いらしく、それならばと動きやすいように端っこの席を確保する。
そうすればどうだろう。
片側は通路になってるとしても、私の隣には誰も座らない。
なんなら後ろと前にも座らない。
完全に、避けられてる。
「…………はぁ。」
せめて一人くらい話しかけて来いよ!
モブだよ、私!!モブ!!
モブキャラ同士で仲良くできたりしないわけ!?
内心で絶叫してると、不意に周囲がざわめいて。
「こんにちは、お隣良いですか?」
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ニコリと微笑み隣に座る男子生徒を見る。
桔梗色の髪を持ち、マルベリー色の瞳を持つ彼は攻略対象の一人。
殿下の側近候補の一人で、次期宰相とも噂されるくらいにできる青年。無表情か人を食ったような笑みしか浮かべない訳あり三男。
そんな彼に心からの笑顔を取り戻させるのが、ヒロインだ。
しかも攻略対象の中での唯一のメガネキャラ。
「申し遅れました。私はシノア・ワイナール。以後、お見知りおきを。」
攻略キャラとはなるべく直接関わりたくないのだが。
全部お嬢様か殿下を介してしか関わりたくないのだが。
まさかそんなことを直接言うわけにもいかず。
「ユリア・コースターです。ワイナールと言えば、文官を数多く排出していることで有名な王都にある侯爵家の一つですね。」
「ご存知でしたか。」
「えぇ。いくら貧乏貴族だなんだと言われていても貴族として必要最低限の教育は受けておりますので。」
うふふと笑えば、ニコリと貼り付けた笑みを浮かべる。
作り物過ぎて気持ち悪いから辞めてほしいのだが、ソレを指摘するとヒロインとのフラグに支障が出る可能性がある。
私はお嬢様と殿下を問題なく婚姻の儀まで守る義務があるからね。
その二人に迷惑をかけなければ、どこでどんなフラグが乱立しようが構わない。
ヒロインと殿下のフラグは片っ端からへし折る。
ただ、それだけだ。
「そうでしたか。では、僕のことも知っていましたか?」
「申し訳ありません。王都の催し物には出た覚えがありませんので、顔と名前が一致しないのです。なので、自己紹介していただき、助かりました。」
「それは良かった。」
彼がニコリと口角を上げるたびに、周囲がざわざわする。
わかるよ?わかる。
攻略対象だし、将来有望株だからね、皆がキャーキャー言うのもわかる。
だけどね?
「ところで、ワイナール様。」
「シノアとお呼びください、ユリア嬢。この学園には兄も通っていますので。」
へぇ、じゃあ兄と年齢はそう離れてないのか。
でも、ヒロインが入学した時には居なかったよね?
彼のルートに入っても兄と学園で出くわすイベントってなかったし。
ということは、今年卒業するのかな。
「わかりました、シノア様。」
うなずけば、まるでよくできましたとでも言いたげな表情で頷く。
「シノア様は、同じクラスでしたでしょうか?掲示板にお名前がなかったように思うのですが。」
「あぁ、そのことですか。私は隣のCクラスです。新入生代表挨拶に行かれる殿下が、ユリア嬢の傍に居るようにと言付けて来ましたので。隣のクラスですし、支障もないでしょう。」
いいえ、私の寿命が確実に縮んでます。
攻略キャラなだけあってイケメンな上にイケボ。
来年からはゲーム本編もあるし、私にはお嬢様を婚姻の儀まで守るという役目があるから、殿下のラブフラグはヒロインやモブから徹底排除するつもりでいる。
それなのに、こんなところで攻略対象がモブの私に絡まないで欲しい。
殿下の心遣いは嬉しいけど、それならせめてお嬢様につけてほしい。
「私よりもマリア様のお傍に居た方が良いのでは?殿下の最愛の婚約者だとお聞きしましたが。」
「ご安心ください。マリア嬢の傍にはレオナルドがついております。あれは、Bクラスですので。」
おま、陛下!!
なんで殿下の側近含めて全員がクラス離れてんだよ!!
お嬢様だけじゃなく、殿下まで危険じゃねーか!!
「まぁ……。殿下の護衛の方が離れて居るなんて…………。」
「入学の代表挨拶に不正がないことを示すためでしょう。殿下が新入生代表の挨拶だと言う事実は、王家の人間だからと言う理由で処理されかねませんから。」
「そういうものなのですね……。学園の入学挨拶は、入学前の試験結果だと父に聞いてたのですが……。」
「えぇ、そのとおりですよ。ちなみに、殿下とマリア様は一位二位を争う成績だったとの噂です。」
さすがお嬢様。
殿下の婚約者としての矜持だな、きっと。
私は受けた覚えがないけどね。
「そうだ。噂と言えば、ユリア様にお聞きしたいことが。」
「なんでしょう?」
「今朝、マリア様と同乗して来られたと噂になっていたのですが、本当ですか?」
「えぇ、そうですよ。」
「お知り合いなんですか?」
探るような瞳になる。
なるほど、私がお嬢様に王命で仕えてるのは知らないのか。
「いいえ。私が王都で一人彷徨って居るところをマリア様に助けて頂いたのです。明日以降は迷惑をおかけしないように、屋敷から学園までの道筋を覚えるのでご安心ください。」
「そうだったのですね。失礼ですが、王都のお屋敷に馬車は?」
心底不思議そうに聞いてくる。
多分、本気で悪気はないんだと思う。
「こちらの馬を王都から領地で帰る際に使用しましたので。まだ、王都に戻ってきてないのですよ。近い内に父が領地から王都に戻すと言っておりましたが。」
「なるほど、そうでしたか。」
うなずきながら、さすが辺境伯と言う。
褒められてるのか関心してるのかバカにされてるのかはわからないが、とりあえず。
「ご心配いただき、ありがとうございます。シノア様。」
「いいえ。こちかこそ、差し出がましいことを申し上げました。」
作り物の貼り付けた笑み。
殿下の周囲をうろちょろしていたらそのうち関わることになるだろう人物なだけに、憂鬱だ。
だけど。
「あ、殿下が出てきましたね。」
私みたいな巻き込まれモブには縁のない人だろうから、見納めておこう。
明日から学園で会うだろうとか言わないで。
攻略キャラとモブの差は激しいんだから。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




