囮の役割
薬の成分を調べるため、ギル様経由で少量分けてもらい。
せんせーとソフィア、リッド侯爵に分析を依頼。
現在、その結果待ちというところ。
あ、もちろんソフィアはグレムート様との逢引優先なので今頃楽しく過ごしているだろう。
「平和ねぇ。」
「平和だなぁ。」
「いや、あの……お店の外がすごい賑わいなのですが。」
「この通りはいつも騒がしいよ、ワイナール夫人。それより、こっちを着てみておくれよ。」
「え、あの……。」
今現在、家庭教師のお二方を連れて公式城下訪問中。
もちろん、私がコースター辺境伯の令嬢だと気づかれてはいない。
中には気づいている人もいるが、声はかけてこない。
いや、そんな余裕はないのだろう。
「王都ってどこも開けているイメージだったけど、路地一つ入るだけで別世界ね。」
「だなぁ。」
「そんなところに貴婦人二人も連れて入るなんて、バレたら怒られそうだわ。」
「姫さん、かなり楽しそうだな。」
「久しぶりだもの。こんな喧騒に囲まれているのって。」
「静かだもんなぁ、城内。」
「やっぱ貴族の方は佇まいが綺麗だから、何着ても様になるねぇ。どうだい?着心地は。」
「そ、そうね……。こういうのは着たことがなかったのだけれど……すごく、動きやすいわ。」
「それは良かった。お貴族様はあまりこういうところには足を運ばないだろうからね。お嬢様には感謝だよ。私も見聞を広められる。」
「あら。シャーリー先生にそう言ってもらえるなんて、行こうって声をかけたかいがあるわね。」
というか、限定ブティックのマダムシャーリーが無料でコーディネートしてくれてるんだから、かなり贅沢だと思う。
とは言え、私もこの動きやすさ重視の服はマダムシャーリーによるオーダーメイドなんだけどね。
「外も賑わい最高潮。ふふふ、楽しくなってきたわ。」
「姫さん、目を覚ましたみてぇだ。」
「あら良かった。待ったかいがあったわね。」
カップを置いて、椅子に括り付けた相手に近づく。
「俺がやろうか?」
「冗談でしょ。コレは、私の役目よ。」
店先の騒がしさは最高潮。
店内で目覚めたのは、ココに潜伏していた敵。
「マダムシャーリーとワイナール夫人はそのまま試着を楽しんでもらって。アルベルト、目隠し。」
「了解。」
店内に置かれていた偽物の輸入絹で二人と遮ってくれる。
これだけ外が騒がしいと私が何を言っても二人には届かないだろう。
「さて。お目覚めいかが?」
「……き、さま……!こんなことして無事で済むと思ってるのか…!?」
「あら、なぜ?」
「俺達の背後に誰がいるか知らねぇから、こんなこと……!!」
「ソリュート侯爵とタールグナー伯爵でしょ。」
「!!」
「そんなこと、とっくに知ってんのよ。知っててやってんの。で?話す気になった?」
椅子に括り付けられた状態の敵が、驚愕の表情で見てくる。
ニコリと微笑み、近くに椅子を寄せて背もたれに肘を乗せるように座る。
お父様にバレたらお行儀悪いって怒られちゃう。
「薬は良い値段で売れたわよね?結構なことじゃない。お陰でこっちは商売あがったりよ。」
「……、なんの薬かは知らねぇ!!」
「知らない……?」
敵の腰からスッとナイフを抜き取り、眼の前で揺らす。
「本当に知らない?」
「し、知らねぇ!!」
ナイフを一閃すれば、切れた耳縁から鮮血が落ちる。
「あぐ……っ!!」
「嘘はいけないわね、嘘は。次嘘ついたら片耳削ぎ落とすわよ?」
「……、なんなんだよ!一体誰だよ!!俺達が何をしたってんだよ!?」
「ソレを教えたら、本当のことを話す?」
「…………っかもな。」
「かも?」
男の足を思いっきり踏み抜く。
少し鈍い音が聞こえたが、意識はあるようで何よりだ。
「曖昧な答えは求めてないの。貴方が意識を失う前にも言ったでしょ?」
「…………っ。」
「生きるか死ぬかの二択しかないの。」
「…………お、まえは……誰、なんだよ……っ?」
「教えたら私の質問に正直に答える?」
「…………、答えます。」
「よろしい。では、自己紹介。私は、ユリア・コースター。」
「コースター……だと?」
「そ。」
「まさか、あのコースター辺境伯か…!?」
「えぇ。」
プルプルと震え始める敵に微笑みかけながら、首を傾げる。
もちろん、ナイフを掲げながら。
「それで?貴方の答えは?」
「……ご所望の帳簿はすべて、仲介人に渡した後です。で、でも……もし裏切られた時のために複写は置いてます。」
「うん。」
「…………絵画の後ろの金庫。お前…じゃなくて、貴方たちが見つけていた金庫です。ダイヤルと鍵がいります。その鍵は、特殊な形をしていて、丸くてポツポツと突起がついているものです。だがあいにくその鍵は別の人間が管理していて詳しくは知らねぇです。」
「鍵ってコレ?」
「なんだ、持ってた……の、です、か。じゃあ話が早い……です。鍵を差し込み、数字を合わせるだけだです。右回し三、左回し七、右回しに九。」
「わかった。」
そんな無理して丁寧に話そうとしなくて良いのに。
猿轡代わりに口内に布を押し込み、金庫へと向かう。
言われた通りにすれば、難なく金庫が開いて。
そして、中にはほしかった帳簿が揃っていて。
「教えてくれてありがとう。約束通り、命は助けてあげる。」
そう伝えれば、ホッとした顔をして。
「じゃあ私はコレで。」
「!?」
「コレだけ騒がしいと下級騎士団も駆けつけてると思うのよ。大人しくココで捕まってるほうが命は助かるわよ。それとも、解放して雇い主に泣きつく?殺されるかと思うけど。逃げたいなら頷いて?」
ブンブンと首を横に振られる。
「そう。なら、そういうことだから。」
外で野次馬してる人たちに知らせるように窓ガラスを割れば、パラパラと破片が落ちて。
下から悲鳴があがる。
窓から身を乗り出せば、案の定下級騎士団が到着していて。
おや。
「貴様か!!ユリア・コースター!!!!」
「将軍が来てくれるなら、放置しておけば良かったです〜。」
「戯言は良い!!人質の状態は!?」
「人質全員解放で犯人全員意識不明なので、強行突破してもらって大丈夫です〜!」
「よし!突撃!!」
将軍の合図でガラスや木材の割れる音がして。
「荒っぽいなぁ。せっかく綺麗な建物なのに。」
「姫さん。」
「二人を連れて裏口から出て。これ以上は巻き込めないわ。」
「わかった。ちゃんと追いかけてこいよ。」
アルベルトに笑顔で手を振って別れる。
さてと。
「お父様たちの方はどうなったかな?」
分厚い雲が、太陽を覆い隠した。
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