仕事、だから
王城内の借りている部屋で、お忍び衣装に着替える。
「ユリアさん、一体何を……。」
「ワイナール夫人、マダムシャーリー。申し訳ないですが、私は今から行かなければなりません。アルベルトを置いていくので、心配はいりません。」
「何か、危険なことをするの……?」
「安心してください。危険なことではないですから。」
失敗しても命をとられる心配は無いから、危険な仕事じゃないもんね。
「戻るまで外出は許してあげられませんが、自由に過ごしてください。お願いね、アルベルト。」
「おう。気をつけてな、姫さん、ソフィア。」
「うん。行くよ、ソフィア。」
「わかった。」
ソフィアを連れて王城を抜け出す。
騎士たちの巡回ルートを覚えれば、抜け出すのはそう難しいことじゃない。
そして、待ち合わせ場所に最短距離で向かえば。
「居た。」
「ユリア、本当に一人で行く気?」
「もちろん。そうしないと意味が無いからね。じゃ、ソフィア。例の件、任せたわよ。」
「うん。気をつけてね。」
ソフィアと別れて、降り立つ。
「お待たせしました。」
見慣れた姿の皇太子…、マルエラン・ディ・シエルがそこにいた。
「ユリア。早かったですね。」
「あまり待たせるわけにもいきませんから。その分、早く戻らないといけないのですが。」
「では早く済ませようか。」
「えぇ。」
あぁ、やっぱりこっちのほうが見慣れている。
この平和な空間では。
「検討はついているんですよね、ディル様。」
「もちろん。潜伏先を割り出すのに少し時間を食ったが……、以前ユリアやマリア嬢が解決したクズ石の件から場所を割り出した。」
「あの場所は王家と騎士団が現場保存で立入禁止に…………て、あぁ、なるほど。宰相か。」
「ご明察。すでに国王陛下かから宰相に一任されていたから、ちょうど潜伏するには良かったんだろう。」
「呆れた……。この国、自滅する日も遠くないかもしれないわね。」
「安心してください。そうなる前にユリアはこの国から連れ出してあげますよ。もちろん、僕のお嫁さんとして、ですが。」
「冗談は立場だけになさって。」
「手厳しいですね、本気なのに。」
いつも通りの読めない笑顔で微笑む。
あっさりと正体をバラされてから初めてマルエラン・ディ・シエルを見たけれど……。
「やっぱり不服だわ。」
「何がですか?」
「!声に出てた?今。」
「えぇ、バッチリ。それで?何が不服なんですか?」
「……なんでもない。」
「…………。」
ジッと視線を合わせるように覗き込んでくる。
ディル様の顔を手のひらで押すも、諦める様子はなく。
ちょ…!なんか押し強くない…!?
「言うまでこのままです。」
「それすっごく邪魔なんだけど!?」
「おや。こんな男前を至近距離で拝めるのに?」
「そういうとこ、素直に尊敬する。」
あと、なんか腹立つ。
そんな私を見て笑う姿にもイラッとする。
今日の私はカルシウムが足りてないのかもしれない。
「なんでそんなに気になるの。」
「そりゃあもちろん、愛してやまないユリアに不満を感じられるのは、改善の余地あり、ということですから。」
「仕事じゃなければ帰ってるわ。」
「ハハッ!そんな真面目なユリアが好きですよ。それで?何が不服なんですか?」
「…………くだらないことよ。」
「なおさら言えるでしょ。」
睨むもどこ吹く風で待ってるディル様。
本当、正体明かしてから遠慮がねぇな、こんちくしょう。
ため息一つ吐き出して、顔を背ける。
「あっさり正体を明かされたこと。」
「え?」
「ね?くだらないでしょ?はい、この話は終わり。」
「ちょ、ちょっと待て。ソレの何が不服なんだ??」
肩を捕まれ、視線が強制的に合わされる。
心底わからないと訴えてくる表情に、眉間にシワが寄る。
「何が?何がですって?全部よ!全部!」
「は?え?」
「だって!そういう種明かしって、ピンチになってるところで致し方なく正体を明かすとか!二人一緒にピンチになったところで、薬の効果切れちゃって正体バレちゃうとか!こう……物語みたいな!!あるでしょ!?」
「…………。」
ポカーンとしたかと思えば、大声でお腹を抱えて笑い出す。
何よ!こちとら前世色々読んだから、乙ゲー転生ってなったら、夢見るでしょ!?
たとえモブキャラでも夢見るでしょ!?
ねぇ!?
「はー、笑った。俺にそんな希望抱いてたのか。そっか、そっか。」
「ニヤニヤすんじゃないわよ。」
「睨んでも怖くねーって。でも、そっか。怪しまれてるし、バレてそうだからさっさと正体明かそうと思ったんだが……。ククク、そうか。それは悪かったな。……プクッ。」
「……………………さっさと行くわよ。」
恥ずかしさ通り越して腹立つわ。
くそう。相手が攻略キャラだったなら、夢みたいな種明かしをしてくれただろうに。
ディル様がモブキャラなばっかりに。
「なぁ、ユリア。」
「……何。」
「プロポーズは夢物語みたいにしてやるから、楽しみにしてろよ。約束だ。」
ニッと口角を上げて宣言される。
少し強い風が吹いて、ディル様の髪を揺らす。
「皇太子が帝国に帰るまでの政略結婚関係よ。散々剣を交えたコースター辺境伯が、そう簡単に帝国に嫁ぐわけないでしょ。」
冷たく言い放ち、歩き出す。
「ま、そうだよな。」
別に、ドキッとしてない。
全然、してないんだから。
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