噂の婚約者
私が王城で過ごすようになってから、ルナはお嬢様と私の部屋を往復している。
もちろん、ルナに私たち二人を見る義務は無いし、臨時とは言え私付きになったのだからゆっくりすれば良い。
「お嬢様のことは秘匿です!だから、皆どんな人が婚約者として連れて来られたのかって噂してますよ!」
「あら。私がココに居るのはすでにバレたと思ってたのに。案外バレないものね。」
「ユリアさんが例の件で王家から褒美として書庫の出入りを許されているというのは周知の事実です。」
へぇ。
私が書庫に出入りしてるのって、そういう理由になってるんだ。
「王家とコースター辺境伯家が癒着しているのではないかとか贔屓にしているのでは無いかとか……相変わらずの噂もありましたが。オズワルド様の振る舞いを見て、ソレを口にした方々は社交界から消えました。」
「こわっ。」
お父様、一体何をしたの……?
「じゃあ、誰が婚約者だと噂になってるの?もちろん、居るんでしょ?噂の婚約者が。」
「ウイスキー伯爵の御息女、ソリュート侯爵の御息女、ラチェット様の異母妹様の三名です。」
「なぜその三人かご存知ですか?」
「ウイスキー伯爵の御息女は確か、ご年齢が近いからと。婚約者が居るとも聞いたことはありませんし……。どのような方だったのかもおぼろげです。もう何年も社交界でお見かけしておりませんから。」
ステラさん、すごいちゃんと侍女してるんだなぁ。
目撃情報が少ないのが何よりも証拠。
「ソリュート侯爵のところは御夫婦別れてから良い噂は聞きません。幼い頃からの婚約者とも婚約破棄の話が出ていたとか。」
なるほど。
それは、よくある展開ではある。
「カルメーラは王家ですから。皇太子の婚約者としては、かなり有力な家柄です。ただ、ラチェット様と不仲であると噂は絶えず。最近全く見なくなったため駆け落ちしたのではと噂まである始末。」
「…………。」
「事の真相を知る貴族がそんな噂を鼻で笑って傍観しております。」
「ハハッ、そうなると三人中二人はダメだな。婚約者には向いてない。」
「えぇ。そして残る一人も恋人が居るご様子。三人とも、婚約者候補に名を連ねても向き不向きで言えば不向きですね。」
「陛下の性格を考慮に入れるのなら、無理強いすれば婚約者候補としてココには来れるでしょう?ワイナール夫人は、そうしないと考えるのですか?」
「はい。」
「なぜ?」
「ユリアさんがいますから。」
「私は所詮、階級だけは高い貴族ですよ。」
「えぇ。ですが、ユリアさんが学園に通われている間、皇太子とお揃いのドレスを着用しパーティーに参加しておりますし、都度贈物をされているご様子。ユリアさんが婚約者なのは公然の秘密でした。」
よく状況を見ている。
流石、リッド・ワイナールの選んだ女性か。
「そんなお二人を差し置いて、名乗り出る女性が居るとでも?居るのであれば、とんでもなく死にたがりですね。夫が喜びます。」
「……なるほど。理由はそれだけですか?」
「帝国と王国のいざこざが自作自演と噂されていることですか?それこそ、オズワルド様もほくそ笑んでいることでしょう。婚約者としてココに居るのがユリアさんだと知れた時、真相は明るみに出ますから。」
「…………ふふ。貴方がリッド侯爵と一緒にいられる理由がわかった気がするわ。」
「私のは、オズワルド様狂信者からの入れ知恵ですよ。」
お父様の性格を考慮したのか、付き合いの長さがなせる技なのか……。
いずれにせよ、リッド侯爵がお父様の意図を汲んでいる限り、当分は心配いらないだろう。
「それにしても、ユリアさんは所作に乱れがありませんね。初めて他国のマナーに触れられたとは思えません。」
「ありがとうございます。先生が良いからですね。」
「まぁ……!」
でも、噂は噂。
真実にたどり着く貴族はいつかは現れる。
何よりも、口をつぐみ続けるとは思わない。
宰相を縛り上げても、協力者の貴族は出てこなかったと聞いた。
あれだけ繋がりが出てきたのに、一網打尽にできなかったということはトカゲの尻尾切りにあったということ。
「本日はココまでにしましょう。」
「はい、ありがとうございました。」
「お嬢様、領主様からお手紙です。」
「ありがと、ルナ。」
ルナに手渡された手紙の封を切れば、たった一行の手紙。
「…………へぇ。」
──面白いものが見られるよ──
興味がそそられないワケがない。
「ルナ、書庫に行くわよ。」
「はい!」
「ガゼル、夫人を送ってあげて。」
「かしこまりました。」
ルナを伴って書庫に入る。
この王城内でルナと私の関係は周知されている。
だからこそ、私とルナが一緒に居ることを不審がる人はいない。
「お嬢様、お席確保しました!」
「ありがと、ルナ。でも、ココでは静かにね。」
「っ!ごめんなさい。」
「次から気をつけなさい。」
よしよしと頭を撫で、必要な本を手にとって席に座る。
ルナも慣れた様子で、読みたい本を手にとって私の向かいに座る。
そして、キラキラとした瞳で真剣に読み進めていく。
借りれば良いのにと思うけれど、私からの宿題が優先だから、らしい。
「…………。」
真剣に学ぶ姿勢は、領地に居た頃から変わらない。
「お嬢様、ココはどういう意味ですか?」
「ん?それはね……。」
平民だから学べない。
そんな小さな理由で、優秀な逸材を逃してきたのだからこの世界は狂っている。
「ありがとうございます、お嬢様!」
「どういたしまして。」
ルナから視線を外へと移す。
窓の外に広がる光景に目を細める。
「……へぇ。」
ソリュート侯爵と口づけを交わす侍女がそこに居た。
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