接触
ちょっと長いです↓
陛下暗殺未遂から一夜明けた今日。
お嬢様と殿下は目を丸くして、陛下暗殺未遂の報告を受けていた。
「連日の暗殺者は全てカモフラージュだったのか……?」
「ですが、あの文章から読み取れた日からは……。」
お二人が真剣な顔ですり合わせ作業をしているのを見つつ、お茶の準備を進めるステラさんを手伝う。
王城内で雇われている侍女も与えられているが、ステラさんが一切手伝いを許さない。
「ユリアさん。」
「はい。」
「陛下が暗殺されかけた件、知っていてお嬢様がお城に泊まるのを止めなかったんですか?」
「はい。」
「…………。」
「ふふ、ステラさんは怒るかと思ってました。でも、殿下もお嬢様も陛下が何者かに襲われるのは把握しておりました。そのうえで、泊まることを決められた。私にはどうすることもできません。」
「でも、その日付くらいは避けられたのでは?」
「…………私はお二人に、陛下暗殺の日を正しく推理することを望みました。ですが、できなかったようですね。」
連日の暗殺者襲来。
騎士団員は常に厳戒態勢。
そして、昨晩は一番警備の薄い日。
「あえて警備を薄くしたのであれば、愚か者です。暗殺日を正しく読み解けなかったのなら、学びが必要です。まぁ、騒ぎを聞きつけた騎士団員が駆けつける時間も遅くて話になりませんが。」
何よりも、黒幕が直々に人手不足解消に動き始めていた。
ルナは軽く聴取されただけでお誘いはされなかったようだけど。
大方、ルナの主がコースター辺境伯に繋がっている周知の事実を確認しに来ただけだろう。
わざわざ大浴場で敵の不安を煽るように仕向けたのに、ルナをお誘いしてきたら思考回路を疑うところだったわ。
「でもまぁ、今回の暗殺未遂がきっかけで学園のテストが一週間も延期になるとは思いもしなかったですけどね。ステラさん、何か知ってますか?」
「……今回の襲撃には戒厳令が敷かれております。そして何より、お嬢様と殿下の動きが安全のために制限されました。由々しき事態です。」
「あぁ、それで。テスト期間が一週間延びたという嘘が報告されたのですね。」
「え?」
ステラさんの動きが止まる。
ニコリと微笑み、ステラさんへと視線を移す。
「お嬢様と殿下を学園へ連れて行きます。不在時のごまかし、お願いしても良いですか?」
「…………。」
「お二人が無事にテストを受けて婚姻の儀を執り行うことが最善だと私は考えます。ステラさんの考えを聞かせていただけますか?」
「…………私は生涯、マリアお嬢様に仕えると決めております。何より、秘密の逢瀬のために色々としてきた実績がございます。」
「…………。」
「ユリアさん。私は貴方が好きではありませんが、お嬢様のためという点においては信用しております。作戦内容をお聞かせください。貴方のことですから、すでに仕込み済みでしょう?」
「私はステラさんのこと、好きですよ。素直でとてもわかり易い。作戦は簡単です。この部屋からお二人とも秘密の通路を使って抜け出して、学園に向かう。」
「…………思ったよりも単純ですね。」
「もちろんです。」
まぁ、そのための仕込みを終わらせているから単純な作戦で問題ないのだけど。
昨晩の襲撃時に、ソフィアの方にグレムート様を行かせて良かった。
ルナと三人で居れば、とりあえずはユリア・コースターだと誤解してもらえると思っていた。
まぁ、一度遠くからお互いを認識しただけだからソフィアをコースター辺境伯令嬢だと認識したのだろうけど。
「殿下、お嬢様。」
「「っ?」」
「制服に着替えていただけますか?」
昨晩こっそりと殿下の寝室からくすねてきた制服とステラさんがバッチリ準備した制服を掲げれば二人とも目を瞬いて。
「静かで迅速に何も聞かずに着替えてください。必要であれば、お手伝いしますよ。」
「…………いや、自分で着替えられる。」
「お嬢様はこちらへ。殿下はこの部屋をお使いください。」
「あぁ。」
ステラさんがお嬢様を連れて隣室に消えたのを確認し、殿下と二人の空間で過ごす。
「その、ユリア嬢。」
「あら、気を使って侍女姿のままなんですが、気になりますか?でしたら背を向けておりますので、どうぞ。」
「……………………。」
殿下がなんとも言えない顔をして着替える気配を感じつつ壁を見つめる。
あぁ、私だってイケメンの着替え姿みたいわよ。
エンディング後の小話で、ヒロインが殿下のお着替えシーンにばったり出くわすシーンは良かった。
照れるヒロインとニヤリと笑って迫る殿下。
いやぁ、ボイスとイラストが最高だった。
「…………着替えたぞ。」
殿下がそう言うのとお嬢様が隣の部屋から出てくるのは同時で。
「では、黙って私についてきてください。お願いしますね、ステラさん。」
「そっちこそ、お嬢様に何かあったら許しませんよ。」
「はい。」
ステラさんの脅し文句に笑って応じ、見つめていた壁を軽く押す。
そうすれば、ゆっくりと壁が押し開かれて。
お嬢様と殿下の手をとり、繋がせる。
うん、完璧。
何かを言いたげな二人についてくるように合図をして、暗闇を先導する。
少し歩けば、後ろの壁が静かに閉じる音が聞こえて。
さらに深まる闇に目を凝らし、ゆっくりと進んで行く。
「……っ?」
「!?」
後ろで二人の気配が揺れたのを感じて、二人の口元を抑える。
驚く二人の手のひらを上に向け、指先をすべらせる。
こ、え、を、だ、す、な。
二人が頷くのを見て、再び歩き出す。
三十メートルほど歩くと、水の音が聞こえてきて。
そのまま進めば水路へと出た。
「……、ココでなら話して大丈夫です。水音がかき消してくれますから。あ、でも小さい声でお願いします。」
「さっきの通路は?」
「王家に伝わる脱出用の隠し通路、だな。」
「はい。」
「なぜ、貴方が知ってるの?」
「部屋の掃除をしている時に、音の響きが違いましたから。音の反響からして隠し部屋より通路のほうが可能性高いな、と。」
「隠し通路は道順が複雑だったハズだ。なぜ、迷わず歩いていた?」
「暗闇に慣れた目と音の反響で。あとは、通路にこびりついた血の匂いを避けたとしか。」
「血の……。」
「匂い……。」
「はい。と、そろそろ進みましょうか。ココまでくればあと少しですよ。気を抜かず、黙ってついてきてください。」
「わかった。」
「えぇ。」
二人を連れて先へと進む。
水の流れを確認しつつ水路の出口へ。
逆行で姿が見えないけれど、あの人影は……。
二人をおいて駆け出し飛びつけば、抱えられたまま一回転。
「待ってたぜ、姫さん。」
「ごめんね。時間は間に合いそう?」
「問題ねぇよ。と、言いたいが……ロイド坊っちゃんの指示で馬車を出してもらってる。御者はセバスだ。」
「じゃあ、馬車まで抱えて走りましょうか。」
「二人とも俺が担ぐぞ?」
「たまには自分で担がないと身体がなまるわ。」
「ったく……。」
「見回りの数は?」
「八人。城壁の外だってのに、珍しく人が多かったぜ。」
「あら。抜け出す可能性も考えているのね。その割には通路に何の仕掛けもなかったけど。」
駆け足で近づいて来た二人がアルベルトを見て目を見開く。
「殿下、舌噛むなよ。」
「失礼、お嬢様。」
「な、何を……!」
「ユリア……!?」
ドレスではなく制服なのが唯一の救いだな。
ドレスだったら絶対に背負えなかった。
アルベルトは殿下を肩に担いでるし。
お互いに顔を見合わせ頷くと、どちらかともなく駆け出す。
「…………っ。」
お嬢様がギュッと腕に力を入れてしがみつくのを感じながら、見回りの死覚を走り抜ける。
御者席から降り、扉を開いて待つセバスへの挨拶もそこそこに飛び乗れば。
パタリと扉がしまり、走り出す。
「はぁ、久しぶりに全速力で走ったわ。」
「やっぱ姫さんすげーな。公爵令嬢背負ってあの速さ保てるって。」
「そりゃあ、今でも王命遂行のために鍛えてますから。お嬢様、大丈夫ですか?息できてます?」
「え、えぇ……。」
「大丈夫か、殿下。酔ったか?」
「いや、心配ない…………。」
「あはは、まぁ二人とも意識失ってないだけ立派ですよ。それじゃあ学園到着までの間に、状況説明を……と、言いたいところですが、少し休まれますか?何が何でもテストを受けてもらう必要があるので、学園につくまでですが……。」
「いや、大丈夫だ。それより、状況を説明してくれ。どうして、学園に向かう?学園長が陛下と同時期に襲撃にあったため、テストは一週間延長で学園は臨時休校なのだろう?」
「その情報が嘘ですね。」
「何?」
「理由一、学園長先生は襲われていません。理由二、学園長が襲われたのが事実だとしても貴族の不安や疑念を学園に向けられないように、いつも通りを装うため。理由三、テストの結果がどうであれ、クロード・カルメとマリア・セザンヌの卒業は確定している。理由四、学園は、婚姻の儀早期前倒しに協力的。今上げるなら、これくらいでしょうか。」
「学園長が襲われてないとなぜ言い切れる。」
「学園長には優秀な護衛がついてましたから。」
「テスト延期だとなぜ嘘の報告が回ってきた?」
「お二人が無事にテストを受けて補習も回避してしまえば、殿下の誕生日に婚姻の儀が執り行われるからですね。」
「ではなぜ、嘘の情報だと言い切れる。」
「学園長にお願いしたからですね。」
「…………、まさかこの流れも全て計算の上か!?」
「まさか。」
「だが…っ!」
「陛下の暗殺完璧阻止、暗殺者捕獲及び黒幕摘発までが計画でしたので。あと付け加えるならお嬢様のセザンヌ公爵家への帰還と殿下の王位継承式と両陛下の早期引退と旅行を実行前段階に持っていくのが完璧な流れでした。」
「「…………。」」
「お二人が暗殺実行日を読み解けなかったのは誤算でしたね。手に入れた密書から日付は変わると言ったのに、密書通りの日付で人員手配されてましたし。でもまぁ、陛下は無事ですし、及第点ってところですかね。」
「おいおい、姫さん。二人に甘すぎるだろ。」
「何よ、本当のことでしょ?警備の数が少なくなっていて、侵入しやすかったのは事実。二人があえて人数を絞ったのか黒幕が指示して勝手に持ち場変更をしたのかは知らないけど、強行突破した私達の勝ちよ。」
今頃ステラさんが不在を誤魔化してくれているハズ。
でもまぁ……。
あの男なら、部屋まで押しかけてくることでしょうね。
「……今頃、お二人の不在は犯人にバレていることでしょう。テスト日程の延期が嘘だと気づかれた……と、犯人が気づくということです。さて、ココで問題です。今一番命の危機なのは誰でしょう。」
「……、ステラ?」
「正解です、お嬢様。」
「じゃあ、今頃……!」
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。ステラさんには心強い助っ人を手配しましたので。」
王城内で自由に動けるかつ黒幕とは無縁の人物をね。
「お嬢様、前方に人影が。」
「そのまま目的地へ。」
「かしこまりました。」
窓から身を乗り出し、人影を確認すれば抜き身の刃が光を反射させていて。
「…………アルベルト、ココは任せる。ちゃんとテスト受けなさいよ。」
「りょーかい。」
馬車の天井へ登り、御者席へ。
傍に置かれていた剣を手る。
「ご武運を。」
「ありがと、セバス。皆を無事に送り届けてね。」
飛び降りれば、馬車の道を譲るのが見えて。
「……素直に行かせてくれるのね。」
「任務遂行の基本は、標的のみへの奇襲。他を巻き込めば余計な仕事が増える。」
「貴方をココに向かわせた人物は、あの馬車に乗る人物全員を標的にしてたと思うけど。」
「……この道を通るには見張りを抜ける必要がある。その見張りが追いかけて来ないところを見るに、もうすでに動けぬ身体となったか、気づいてないか、だ。」
「…………。」
「そんな武力の塊のような連中をまとめて相手できるほど、自分の力を過信してはいない。」
「そう。それは良かった。」
振り上げられる刀身を弾き、足を引っ掛け転がす。
グサリと地面に突き立て、ニヤリと笑う。
「……貴方を見張っている人物が居る。アレは誰?」
「誰かは知らない。俺と別で雇われているヤツだ。」
死角からの襲撃を軽く避けて、迫る暗殺者の襟元をつかみ、地面に叩きつける。
「刺客は、貴方たち二人だけ?」
「あぁ。」
「そう。」
懐に隠し持っていた暗器を二人に向かって放り投げれば、鮮血が軽く上がる。
「うぐ…っ。」
「ぐあ…っ。」
二人分のくぐもった声と鮮血に、見張りが立ち去って行く。
そのまま息を殺すこと数秒、気配が完全に遠ざかったのを確認して息を吐き出した。
「…………全く。貴方たち二人を私に仕向けてくるってことは、バレてないのね?」
「「はい、お嬢様。」」
二人がケロリとした顔で私の下から這い出る。
抜き身の刀身を鞘へと収め、飛び散った血糊にこめかみを抑える。
「お父様が一枚噛んでるのはわかってるけど、この血糊、せんせーも噛んでるの?」
「えぇ、もちろん。領主様の指示でちょくちょ王都へ来られてましたよ。」
「修道院での刑期が短縮されて解放されるところまで、領主様の読み通りです。あぁ、そうだ。お嬢様たちが下級騎士団の給仕係にした双子も、領主様の指示で動いてます。」
「……………………お父様……。」
本当に、全然勝てる気がしない。
「じゃあ、ココに二人が派遣されたことも読み通り?」
「もちろんです。さすが領主様だと言ってたんだすよ。」
「お嬢様に殺されるのまでバッチリ予想通りです。だから、そろそろ迎えが……あ、きた。」
視線を向ければ、ワイナール侯爵家の家紋。
窓から顔を見せたのはリッド・ワイナール。
「おや。もうネタバレしたのかい?残念だなぁ、もうちょっと引き伸ばしても良かったのに。」
「……リッド侯爵。なぜココに?」
「ん?オズワルド先輩がね、頼んできたのさ!オズワルド先輩のお願いを断るなんて僕にはできないからね!あ、ちなみに僕は何も知らないよ?ただ、僕はココに家族を迎えに行くようにと言われただけだからね!」
ニコニコと変わらない笑みを浮かべるリッド侯爵に嘘をついてる雰囲気はない。
私たちがどれだけ知恵を振り絞って最善を尽くしても、お父様の手の上。
お父様が敷いたレールの上をなぞっているだけ。
「その二人がそうだね?僕が責任を持って、預かるよ!」
「お願いします、リッド侯爵。」
「おや。ユリアさんは乗って行かないのかい?」
「お心遣い感謝します。それより、一つ確認なのですが……。」
「あぁ、マリア・セザンヌの侍女の件なら心配いらないよ。ちゃんと無事だから。」
良かった。
ステラさんに何かあればお嬢様に申し訳がないからね。
「そうだ。お嬢様、実は一つ、領主様から伝言が。」
「何かしら。」
「断罪はネタバレも含めて盛大に行うように、と。」
あぁ、本当に……。
「わかったわ。くれぐれも気をつけてね。」
「はい。お嬢様。」
「お嬢様も気をつけて。」
「ありがとう。リッド侯爵、私の家族をお願いします。」
「もちろんさ!僕がちゃんと役に立ったってこと、オズワルド先輩に伝えてね!」
明るく立ち去って行く馬車を見送り、学園までの道のりを歩き出す。
「…………はぁ。」
領地にいながら的確な状況把握と先を見越した指示。
もう、本当にすごすぎる。
「勝てないなぁ。」
どれだけテストで首席をキープしようと、勝てない。
あぁでも……そうね。
どうせなら私が遅刻してテスト受けられないところまで読んで欲しかったわ、お父様。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




