宣戦布告
泣いてスッキリしたルナを連れて、王城の一角にある貴族の侍女たちが使える浴室へ。
ルナが寝泊まりしている建物からは離れてるからちょっと不便。
まぁ、少し話せばわかってもらえたので近々ルナの使っている環境も変わるだろう。
「つ、使っても良いの?」
「えぇ、もちろんよ。でも湯冷めして風邪ひかないようにしないとダメね。」
「で、でも。」
「心配しないで。使ってみたいって言ってたでしょ?それに、貴方も立派な王城務めの侍女。使ってはダメなんて規則、どこにもないわ。」
貴族の中に平民が入るということをよく思わない人が多いのは事実だけど。
確認したけど、規則として定められてはいなかった。
それに、もしもの時のためにちゃんと許可はとった。
「あぁ、そうそう。渡すの忘れてたわ。コレ、なくさないように首から下げて持ってなさい。」
「?コレなぁに、お嬢様。」
不思議そうに首から下げたソレを眺める。
見た目はなんの変哲もない安物のシルバーアクセサリー。
だけど、特殊加工をされた立派なネックレス。
「ふふふ。日頃頑張ってるルナにプレゼント。防水加工もされてるから、ソレがあれば王城内どこでも出入りできるから。無くしちゃダメよ。とても大切なものだからね。」
近衛騎士団所属の騎士団長及び玉軍将軍しか持ってない両陛下の私室や国庫にも出入りできる入場許可証だ。
ま、彼らのものに比べたら材質も見た目も、見劣りするんだけど。
いやぁ、快く交付してくれた陛下には感謝だわ。
「あ、ありがとお嬢様!絶対大切にする!」
「うん。」
ポンポンと頭を撫でれば、真っ赤に腫らした目元をほころばせる。
こんなかわいいのに、泣いた跡が痛々しいわ。
「さ、入りましょ。」
「!お嬢様も一緒?」
「もちろんよ。今日だけ特別に許可もらったから。」
「やった!」
喜ぶルナを見つつ、使い方を軽く説明する。
こういう大浴場、領地にもあれば良いんだけど……。
さすがに温泉を掘り当てるには向いてない土地だったのよねぇ。
「!お嬢様、古い傷治らないね。ソフィア姉の薬、効かない?」
「コレでも随分治ったし、痛むこともないから。心配してくれてありがとう、ルナ。」
剣術の稽古と帝国との戦闘でついた傷ばかり。
それでも背中には傷一つついてないの、これちょっと自慢。
まぁ、ソレは私達コースター辺境伯の共通点ではあるけど。
背中から狙われないように徹底して陣形を組んでいるし、敵に背中を見せないと私自身に誓った。
「わぁ…!」
「さすがに立派な造りね……。」
わ、アレ一つでちょっと良い馬車が買える。
「お嬢様?」
「なんでもない。」
身を清め、大浴場へ入る。
私達を見て嫌な顔をする侍女が多いが、ルナよりも私のほうが注目を集めているらしい。
当然の反応だし、狙い通りだからありがたい。
「ねー、お嬢様。」
「なぁに、ルナ。」
「この傷、どうしたの?」
「コレはね、小さい頃の訓練でついた傷。」
初めてウイリアムが真剣を握った訓練中に双子と遊んでいたエドワードが飛び出してきて、ソレを庇った時についたのよね。
擦り傷で済んだけど、剣筋が薄く傷として残ってる。
あまり血は出なかったけど、痕になるくらいだから深かったのだと思う。
お父様たちにバレないように自分たちで手当したから……かもしれないけど。
「…………この傷。」
「ん?あぁ、ソレは……。」
「ルナ、覚えてる。ルナたち守ってついた傷。」
その反応に小さく笑い、頬を引っ張る。
「そんな顔しない。」
「いひゃい。」
「言ったでしょ。コレは貴方たちのせいじゃない。私がミスしてついた傷。私の落ち度。私以外の誰も悪くないの。」
「…………。」
ムニムニとその頬を引っ張り、ペチンと叩く。
「はい、この話はおしまい!」
ルナが頬をさすり、コクリと頷く。
「それより初めてココを使った感想は?」
「大きくてびっくりした。迷子になりそうだから、一人で来るのはやめる。」
「あら。じゃあ、部屋から近かったら?」
「行く!でも、ルナは今のお部屋が良い。」
「本当に?」
「うん。今のお部屋が良いの。だって……、やっぱり内緒。」
私達に会えるからって言いたいのね、きっと。
ルナが移りたいと言ったら、そのお願いに切り替えようと思ってたけど……。
現状維持で良いなら、さっきお願いした分で問題なさそうだ。
「そっか。じゃあ、今日一緒にこれて良かった。」
「うん!ありがと、おじょーさま!」
「どういたしまして。」
傷だらけの身体は、貴族令嬢としては欠陥品扱い。
だけど私はこの傷を誇りに思っている。
「今更だけど、どうして一緒に入ってくれたの?」
「私がルナと居たかったからよ。ついでに、知り合いの顔でもって思ったんだけど……。」
「お嬢様の知り合い?マリア様?」
「ふふふ、マリア様だったら学園で会えるわよ。」
「あ、そっか。」
ルナに笑いつつ視線を向ければ、ピクリと反応を示す侍女が多数。
何もしてないなら堂々としてれば良いのに。
まぁ、今日用事があるのはルナがやり込めるような小物じゃなくて。
「…………醜い身体。」
小さくて聞き取りづらい声音。
だけど、こういう環境だと聞こえてしまう声。
どこに居るかと思ったけど、やっぱりアレがそうか。
不自然なほど目が合わないから、もしかしてって思ってたのよねー。
気配なんて覚えてなかったから良かったわ、自分からアピールしてくれて。
「傷だらけで女として終わってる。よく恥ずかしけなく大浴場に顔を出せたわね。やっぱり、貧乏貴族ともなれば、そんな羞恥心もないのかしら。」
嘲笑うかのように、吐き捨てられる言葉。
「あら。そこに居たんですね。お久しぶりです、裁判の時以来?わー、本当に雰囲気全然変わりましたねー。」
終身刑に処され、多額の金で解放され、名前を変え、侍女として働くように強要された人。
髪が少し短くなって、肌艶もあの頃とは比べ物にならないくらいに劣っている。
それでも、私を見るその目は、ずっと変わらない。
散々向けられてきた、軽蔑の目。
「髪色が変わったのはストレスですか?それとも、よくお飲みになっている薬の影響かしら。あぁ、答えなくて良いですよ。私、貴方に興味ないので。」
「…………っ!!」
おー、怖い顔。
さすが、ココまで陛下にもバレなかっただけはある。
「興味ない貴方に会いに来た理由はただ一つ。私の大切な家族の生傷が絶えないと報告があったからなんですよ。」
「はっ、ソレに私が関わっていると?」
「えぇ。」
「デタラメだわ。言いがかりもやめてくださる?第一、私は貴方のことなんて知らないわ。」
「あら。貧乏貴族だと当てたのに?」
「その平民が常日頃から口にするお嬢様が誰かなんて、周知の事実よ。」
「ま、それはそうね。」
ルナが不安そうに見上げてくるから、手のひらで押し出すように水鉄砲を向ければ、領地にいる時みたいに笑う。
こういう遊びは、前世で培ったものだけど……。
何もない我が領地では結構人気の水遊びだったりする。
ま、鉄砲というモノがこの世界にはないから、水飛ばし、と呼ばれてるのだけど。
「認めるのね?では、貴方は私に言いがかりをつけてきたということで、然るべき対応をさせていただきますので。」
勝ち誇った表情にため息を一つ。
他の侍女たちは、話を聞きたいけれど水飛ばしにも興味ある……のかな。
めっちゃ見てくる。
「じゃあ、ソレで良いです。面倒なんで。そのほうが話早そうですし。」
「は……?随分あっさりと引くのね。」
「当然でしょ。ルナのお嬢様が周知の事実であるのなら、私が誰かすでにご存知でしょう?裁判なんて二回も三回も同じです。慌てる必要なんてどこにもないわ。」
「…………そう。それなら良いわ。その余裕、いつまで続くのか見ものだわ。」
立ち上がり、浴場を出て行こうとする姿を横目で捉え。
「あ、一つ言い忘れてました。」
ペタペタという足音が止まる。
私はひたすら水飛ばしをする。
視線は合わない。
「貴方のことは両陛下ご存知ですよ。」
「!?」
動揺する気配に視線を向ければ大きく目を見開いていて。
ニコリと微笑めば、一歩後ずさる。
「また会えると良いですね。」
足早に出ていく姿を見届け、ルナに視線を戻す。
「お嬢様みたいに遠くへ飛ばせない……。」
「練習あるのみよ。」
「はーい。」
ルナが一生懸命に水飛ばしをするのを見てくる侍女たち。
私が居ると、邪魔になりそうね。
「ルナ、私は先にあがるわ。」
「あ、じゃあルナも……。」
「好きなだけ堪能しなさい。でも、のぼせない程度にしておきなさいよ。」
「わかった!」
笑顔のルナに背を向けて大浴場の扉に手をかければ。
「ね、ねぇ…!ソレどうやってるのっ?」
「ふえっ?あ、えっと手をこうやって……。」
聞こえてきた声に小さく笑いつつ、脱衣場へと出る。
さて、コレで王城内の働きアリは大幅に減らせるハズ。
騎士団員の方は、ギブハート団長が調べてるみたいだし。
あとは、両陛下がどう対応するか次第だ。
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