移民手続き
徒歩で行けると思ったが、体力がない上に周囲を観察してる気配がずっとしてたから。
「おじさん、荷馬車借りても良い?」
「おー、良いぞ。」
「ありがと。後で返しに来るね。」
途中、領民から荷馬車を借りてニックを乗せるとそのままデコボコ道を移動。
相手は天才と名高い男だから、どこまでごまかせるかはわからないけどね。
「ふぅ。やっとついた。」
連絡無しに来たから怒るかなぁ。
でもまぁ、好きにしろって言うんだろうし。
「さ、行くわよ。ニック。」
「ま、待って……そんなすぐに動けな……。」
「だらしないこと言わないで。貴方、早く移民手続きしないと野獣が多い森で野宿よ?」
「……っ。」
身体をビクリと震わせると渋々と降りてくる。
どうやら、野獣が怖いらしい。
美味しいのに。
ニックの手を引いて扉を押し開けようとすれば。
「わぁ、ありがとー。」
どうやら彼が私の来訪に気づいたらしい。
そのまま促されるがままに応接室へと入る。
「移民手続きの書類を用意してもらえる?」
「はい。」
そのまま待つこと数分。
書類を持って現れた彼にお礼をいい、合図すれば案内してくれた使用人は部屋を出て行った。
さすがの腕前だわ。
「目隠しはずすわよ。」
ニックの目隠しをはずしてやれば、目をパチパチと瞬いて。
「この書類を埋めて。嘘偽りなくね。移民手続きを進めれば貴方はココの領民になる。おいそれと他領に行けなくなるわ。コレが最後の確認よ。移民手続き、進めて良いのね?」
改めて聞けば、険しい顔のままペンを走らせる。
必要項目すべてを埋めたソレを確認する。
ニック・ドルモア、家族と縁を切られて行くところが無いため移住を希望。
……本当、バカな人。
「わかった。コレで処理を進めてもらうわ。この部屋は好きに使って頂戴。手続きが済み次第貴方の家へ案内するわ。」
「ありがとうございます。」
「手続きが終わるまでは貴方は客人。好き勝手な行動は慎んで頂戴。何か質問は。」
「だいたいどのくらいで手続きは終わりますか?」
「王都に承認もらいに行かなきゃいけないから、一ヶ月以上はかかるわね。」
「え、王都に?」
「そうよ。」
「コースター辺境伯当主の承認印だけではないのですか?」
「何を言ってるのよ。他国と隣接する辺境伯に、そんな権限あるわけ無いでしょ。緊急を要する移民手続きは許可を得ているけれど、貴方の場合、緊急を要するものに当てはまらないもの。じゃあ、そういうわけだから。それまではこの部屋で大人しく過ごしててね。何もしなければ、悪いようにはしないから。」
「待……っ!!」
パタンと扉を閉めて遮る。
「彼をココから出さないように。」
「御意。」
さて、挨拶して帰ろうかな。
「嬢ちゃん。」
「あら。」
出会った頃のむさ苦しさが無いどころか、少し若返ったように見える。
やっぱり元は貴族なのね。
「誰を連れて来たんだ?」
「家族の縁を切られて行く当てなくコースター辺境伯を訪ねてきたという王都育ちの男。」
「珍しくもねぇ理由だな。だがなぜ、窓のない部屋を貸してくれと合図を?」
「ふふ。その説明をするために貴方を尋ねるところだったのよ、リュウ。」
ニコリと笑えば、ニヤリと口角を上げて。
「ついて来い。」
大人しくついていけば、アルベルトの執務室。
今現在はリュウの仕事部屋といったほうが正しいだろうけど。
「どうぞ。」
「ありがと。いい香りね。」
出されたレモンティーを一口飲む。
セザンヌ公爵家で飲むものに劣らない腕前だわ。
「それで?」
「先にコレを読んで。お客人に書いてもらった移民手続きの書類よ。」
訝しげにソレを手に取ると読み進めて。
「おいおい……。王都でも指折りの貴族じゃねーか。」
書類をひらひらと振る。
「本当にコレを信じてるのか、嬢ちゃん。あのニードル・ドルモアの一人息子、ニック・ドルモアだぞ?」
「あら。野盗してた貴方でも知らないことあるのね。」
「どういう意味だ。」
ゆっくりとカップを傾け、一息つく。
「彼、帝国の内通者よ。」
目をパチパチと瞬いて顎に手を添える。
「じゃあ何か?移民手続きを出汁に、ココにあえて閉じ込めるってことか?」
「えぇ。悪いけど、二週間ほど彼をココで預かってもらえる?もちろん、外出禁止で。」
「二週間?そんな短期間で良いのか?辺境伯領はもれなく国王陛下の許可が必要不可欠だったろ?」
「さすがね。その通りよ。だから、二週間だけ私に時間を頂戴。場所を勝手に借りに来た代償として、私に叶えられる願いは叶えてあげるわ。」
「なんでもか?」
「なんでも。」
少し悩む素振りを見せて。
「俺にシュチワートを名乗る権利をくれ。」
「…………理由は?」
「もうほとんど俺が執務をしている。アイツ、嬢ちゃんたちのことばっかで、全然興味ねーだろ、この子爵領に。それじゃあ、領民が不憫だ。」
お父様の描いたシナリオ通りに進んでいる。
私が思い描いたアルベルトの幸せよりも、もっとずっとアルベルトのための幸せな未来へ。
「…………お父様がなぜ、貴方を連れて帰ったか。貴方は考えたことある?」
「人手不足だったからだろ。」
「まぁ、ソレも理由の一つではあるわね。」
カップに映る自分の顔に思わず苦笑する。
「でも、意外。もう貴族にはなりたくないのだと思ってた。」
「なりたくねーけど、仕方がねぇだろ。」
その返答に小さく笑い、カップを置く。
「わかった。でも、残念ね。その願いで私が叶えてあげられるのはアルベルトには話をしておくという初歩的なことだけ。実に残念。」
「あ?ココに俺を送り込んだのは、コースター辺境伯だろ。」
「ふふ、監視の名目で送り込んだのはコースター辺境伯だけど、ココで貴方を雇うと決めたのはシュチワート子爵のアルベルトよ?すべての行いに国王陛下の許可は必要不可欠。もちろん、ちゃんと許可を得ている。つまり、私達コースター辺境伯には何の権限もないの。」
「…………ハッ、表向きは、だろ?できないことではないはずだ。」
「私達は家族の危機にしか動かない。貴方のその願いは緊急を要するものではないわ。だから、正規の手順を踏む。ただソレだけの話。」
そう応じれば、少し悩んで。
「まぁ良いか。遅かれ早かれ、叶うだろ。何よりアイツは嬢ちゃんの話しか聞きやしねぇ。」
「そんなことないと思うけど。」
「甘いなぁ、嬢ちゃん。ま、そんだけアイツが嬢ちゃんに心砕いてるってことだろうけど。良かったな、出会いが今で。」
「…………。」
「あの時に気づいてたら、首を獲ってた。」
「あら。それはこっちのセリフよ。」
「なに……?」
「良かったわね、もしもの話をする余裕のある人生を歩めて。誰かの首をとってたら、もしもなんて言ってられなかったわよ?」
目を数回瞬いて、楽しそうに笑う。
出会った頃からそう。
彼は、命のやり取りをとても楽しそうに笑う。
私には真似できない。
「やっぱり良いな、嬢ちゃん。コースター辺境伯の連中はみんなそうだ。勝てる気しねぇって思わされるところが特に。」
「……なんか、嬉しくないわね。」
「ハハハッ!」
楽しそうに笑う姿に一つ息を吐き出して立ちあがる。
「あぁ、そうだ。これだけは言っておかなきゃ。」
「?」
「もしもの話をもしもで終わらせたいなら、発言には気をつけることね。」
「────」
「それじゃあね。ニック・ドルモアのことよろしく。」
「……ったく。おっかねー、嬢ちゃん。」
ニコリと笑って部屋を出る。
さて、大掃除始めますか!
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




