危険な帰り道
流血表現注意。
少し長いです。
無事にテストを終え、長期休みに備えて殿下とお嬢様が王城で作戦をたてるため馬車に乗り移動。
シノア様はマルエラン・ディ・シエルを連れて皇太子に会いに行った。
娯楽施設襲撃の作戦会議をするらしい。
当日、シノア様は何かあったときのため待機らしいけど。
信用してるんだか、してないんだか……。
ちなみに私とレオナルド様はドナウ侯爵家の家紋入り馬車にて殿下たちを追いかけている。
「乗せていただいてありがとうございます、レオナルド様。」
「お気になさらず。ユリア嬢には色々とお世話になっていますから。」
「ソレは私のセリフですよ。」
ユミエルにもレオナルド様にも、大変お世話になっている。
最近はアルベルトがユミエルに勉強を教えていると聞いている。
近い内にドナウ侯爵の鼻っ柱を折れることだろう。
非常に楽しみだ。
「ユミエルが学園に行くことを前向きに考えていると手紙に書いていました。ユリア嬢が説得されたのですか?」
「してませんよ。ユミエルが自分で考えて決めたことです。」
「ユミエルは学園に行くことを諦めていました。だから、学園について触れた手紙が届いた時は本当に驚きました。」
「…………。」
「ユミエルはコースター辺境伯の邸で働いて、良い方向に変わりました。本当に、ありがとうございます。」
頭を下げるレオナルド様に視線を送る。
私はモブキャラで、ヒロインではない。
それでも、丁寧に接してくれる。
私には、もったいない環境だ。
「お礼は不要です。私は人手不足を解消したかった。ただ、それだけです。」
「ユリア嬢……。」
「でも、ユミエルの変化を喜んでくれるのならユミエルが学園に通えるように支えてあげてください。あの子は、レオナルド様のようになりたいとよく言ってましたから。」
「────」
目を見開く姿にニコリと笑う。
「本当、貴方がコースター辺境伯で良かった。」
「それはどう────」
感じた気配に窓の外へと視線を向ける。
「レオナルド様。」
「えぇ。殿下を狙ったものでしょう。」
「殿下は気づいてるでしょうか。」
「間違いなく気づいてると思いますよ。あの方も、よく命を狙われますから。」
窓の外に見える人たちの中には居ない。
となれば……。
「こちらから奇襲かけますか?」
「いえ、どこに居るかがわかりません。ココは襲って来るのを待つしか……。」
「わかりました。では、私一人で対応してきます。」
「えっ。」
走ったままの馬車の扉を開き、飛び降りる。
手をついて勢いを殺すとそのまま気配の主へと駆け寄る。
「狙いは誰ですか?」
「!?」
振り上げられるナイフを叩き落とし、組み伏せる。
「次は腕を折ります。狙いは誰ですか。」
「……、貴様だ。ユリア・コースター。」
飛んでくる殺気に、咄嗟に組み伏せた男の腕を折り退く。
飛んできた何かを受け止めれば、曼珠沙華の紋章が入ったナイフで。
「なるほど。邪魔な私を孤立させて各個撃破を狙ったと。残念ながら、マリア・セザンヌには怖い護衛が二人ほどついてるので計画は失敗に終わるでしょう。」
「やけに落ち着いているな。なるほど。通りで目障りだから始末しろと依頼が来たわけだ。」
曼珠沙華のナイフを手で弄びながら振り返れば覆面を被った暗殺者が数十名。
……数が多いな。
「金で雇われた生粋の暗殺者ってところかしら?この紋章とは関係あるの?ないの?」
「ソレは依頼人に初手で使うように言われたものだ。俺達とはなんの関係もない。」
「あら。随分親切に教えてくれるのね。」
「当然だ。アンタたちコースター辺境伯には敬意を払う。それが俺達の唯一無二の掟だ。」
唯一無二の掟……?
「…………王都の暗殺者は団体行動が好きね。まだ増えるなんて。」
下級騎士団が駆けつける前に片付けられるとは思えない。
何よりココは王都の大通り。
通行人たちは遠巻きにこっちを見ている。
「場所を移しましょう。ココは人目につきすぎるわ。」
「それはできない。ココで襲うのは依頼人の指示だからな。」
「…………。」
「だが一つ約束しよう。俺達は民間人には手を出さない。」
思わず眉間にシワがよる。
「ただし、おまえが俺達を一人でも殺せば民間人を一人殺す。おまえが殺した数だけ殺す。」
「…………なるほど。そういうことなら良いわ。その約束、違えた瞬間に己の首が飛ぶことを肝に銘じなさい。」
持ってる暗器だけでココにいる人数をきれいにさばける気がしない。
どう頑張っても刃物が先にダメになる。
「殺しさえしなければ、民間人は無事なのでしょう?」
だったら大丈夫。
帝国との戦いよりも緊張感はない。
もちろん、その約束を本当に守ってくれるのなら……だけど。
「あーあ、王都に来てからこんなんばっか。」
襲いかかってくる人たちに深く息を吐く。
いや、王都に来てからじゃなくてこの世界に生まれ変わったと自覚した日からか。
領地に居る時は、優しい両親や温かい領民たちに守られて、可愛い弟や妹たちを守って。
帝国と毎日のように斬りあって。
肌に張り付く空気の重さや耳にまとわりつく斬撃音。
血の匂い、肉の厚み、骨の硬さ……。
五感全てで感じる“死”。
命の重さを、直に感じる戦場は
一生
なれないだろう。
「…………血なまぐさいな、お互いに。」
「……えぇ、そうね。」
斬られる前に受け流し、斬りつける。
「う……っ。」
手元から落ちる暗器に彫られた独特の紋章。
──…良い?ユリア。覚えておきなさい。
国を意味し、人を意味し、剣を意味し、盾を意味する。
──…建国されたその日から国の礎とも呼べる人たちが居ることを。
お母様の声が、耳元で聞こえる。
「守護騎士……!!」
距離をとり、襲いかかる暗殺者を地に沈めていく。
「ほう……。さすが、コースター辺境伯のご令嬢。博識だな。」
「答えろ。なぜ、気高き守護騎士が、こんなところで誰かの言いなりになって仕事をしている。全員で十一人。ソレが守護騎士の人数だと教わった。なのにココにいるのは気配的にせいぜい四人。貴方たちに何があったの。」
「…………答える義理はない。」
「だったら答えなくて良い。」
暗器を握る手が僅かに動揺で緩む。
「ただ、貴方たちが本物の守護騎士なら民間人を殺さないという約束は守られそうだと思っただけ。」
何より、本物の守護騎士なら話が早い。
本当に依頼人の命令とやらで動いているのなら、殺してしまえば良い。
倒れている暗殺者から武器を拝借し、斬り込む。
「!!」
そのまま手持ちの暗器を折って、転がし、顔スレスレに剣を突き刺す。
覆面の向こう側で目を眇める。
「コレで貴方たちはココで全員もれなく死んだ。依頼人は生存者ゼロでこの事態を知る。」
「…………なんのつもりだ。」
「殺さないわよ。殺した数だけ民間人を殺すんでしょう?」
「────」
守護騎士の情報は、シノア様のルートで軽く触れられる程度の存在。
国家機密どころか幻の存在として言い伝えられていると、画面の向こう側でヒロインに説明していた。
だけど、クロード・カルメのルートで守護騎士とは正義のヒーローを謳った実在する凄腕の殺し屋集団だと判明する。
裏社会のトップ、守護騎士。
暗殺家業において右に出る者は居ないと言わしめるほどの成功率100%の殺し屋。
「なんだこの人数は!!」
「おい!全員息があるぞ!!」
「連行しろ!!」
「あー、来ちゃった。下級騎士団。」
視線をそちらへ向ければ、殺気を感じて。
そのまま飛び退けば、目をギラリと光らせる。
「ユリア・コースター。貴様に敬意と感謝を。」
「何を…………。」
さっきまでとは違う、本物の殺気。
殺伐とした戦場でしか感じない、本物の殺意。
今の手持ち暗器じゃ、勝てない。
「一手、死合てほしい。」
向き合う私にまっすぐと当てられる殺気。
周囲に転がっていた暗殺者たちを連行しようとする下級騎士団数名が呑まれて動けなくなっていて。
「殺した人数だけ殺すって言ってたのは、無効?」
「あぁ。」
大きく息を吐き出し、腰を抜かしている下級騎士に近づく。
「…………剣、貸して。」
「あ………は……。」
手を伸ばせば、目を白黒させながら鞘を握りしめたまま動かない。
いや、震えて動けないらしい。
「…………ッッッ。」
「……借りるね。」
鞘ごとスルリと抜き取り、向き合うように剣を構える。
「真剣勝負なのに、借り物で申し訳ない。私のすべてで貴方に敬意を払うことを誓おう。」
「…………感謝する。」
先程よりも吹き出す殺気に数名が失神するのを感じながらしっかりと柄を握り込む。
一瞬の油断が命取りになる。
「…………。」
「…………。」
ガギッと刃がぶつかる。
重たい攻撃を受け流し、剣を振るう。
「…………ッ。」
ただ相手を殺すために。
「…………っ!?」
大きく開いた胸元に、刃を突き立てる。
グチャリと肉を突き破る感覚とともに刃から柄に向かって血が流れる。
落としかけた暗器を再び握り込むのを見て、さらに深く突き立てれば。
軽い音を立てて刃が落ちる。
ズルズルと深く突き刺さるように相手の身体が倒れ込んでくる。
血の匂い、肉の斬れる音。
形容しがたいモノが伝わってくる。
「……、なぜ首を跳ねなかった。」
耳元に届くのはさっきまでとは違う覇気のない、かすれた声。
「敬意を払うと言ったでしょ。」
五体満足で死ねる尊さを、貴方は知っているでしょう?
「ク…クク……、なるほ、ど…………。」
ズルリと身体から力が抜け、もたれかかってくる身体を受け止めその場に寝かせる。
剣を素早く抜き取り、血を払って鞘へと納める。
息をすれば血の匂いがして。
全力疾走をした後のように鼓動が早鐘をうち、どくどくと脈が血を巡らせる、
「……くそったれ。」
空を見上げれば、憎いくらいの青空が広がっていて。
帝国との戦いで何度も奪った命を思い出す。
両の手では数え切れないくらいの命を奪った。
守りたい人を護るために、誰かの大切な人を奪った。
「ユリア!!」
「ユリア嬢!!」
「……、コレは……っ!!」
「もう!クロード殿下ってば!一体どこに行くんです……か……。」
あぁ、戻ってきたのか。
ということは、無事に暗殺者たちを退けたのね。
さすが攻略対象と悪役令嬢。
いや、ヒロインのおかげか?
どうして一緒に居るのかはわからないけど……偶然ではないでしょうね。
「ユ、リア……?」
「きゃあああああ!!」
なんでそんなビビって……、あぁ。
今、返り血浴びてるんだった。
「…………君が殺したのか。」
「…………。」
「なぜ、殺した?なぜ、生きて捕らえなかった。命を奪う必要がどこにある。何があったんだ。」
その言葉に曖昧に微笑めば、険しい顔をして。
「答えろ!ユリア・コースター!!」
「…………綺麗事だけで物事が解決しないと知っている貴方がソレを言うのですか、クロード・カルメ王太子殿下。」
「…………っ。」
「下級騎士団の剣を拝借してダメにしたので、彼に新しい剣を支給してあげてください。」
この剣は責任持って処分しよう。
「それから、この者の身柄は────」
「──我々コースター辺境伯が引き受ける。コレは、決定事項だ。」
眼の前に降り立つ背中と気配に、思わず目頭が熱くなり膜が張る。
「オズワルド様!?」
「さぁ、行こうかユリア。近くに馬車が来ている。」
「は、い。お父様。」
浅くなる呼吸に唇を噛みしめる。
赤い血が地面を濡らしているのを確認し、何食わぬ顔で拾い上げて背負う。
お父様と背格好は変わらないように見えたのに。
「待て!」
「後日話をしましょう。それでは。」
お父様に促されるまま、ついていく。
立ちすくむ人々の間を通り抜け馬車へ。
「先に乗りなさい。」
「うん。」
座るだけで身体から力が抜ける。
「……ふぅ。」
お父様が来てくれて、良かった。
「おまたせ。出してくれ。」
乗り込んできたお父様の合図でゆっくりと走り出す。
「…………来るのが遅くなって申し訳ない。」
「どうして、王都に?」
「守護騎士の活動報告が上がってきてね。解散したハズの彼らを招集した人物に狙われる可能性が高いと判断した。ユリアやロイドに斬らせるわけにいかないだろう?」
いつも通りの声音と困り顔。
「君にまた一人、背負わせてしまった。」
大きくて優しい手が頬を撫でる。
豆だらけのその手は、何人もの命を奪うと同時に家族を守ってきた頼もしい手で。
「他の家族たちに斬らせるくらいなら、私が斬る。剣を学んだ時に私はそう決めたでしょう?だから、大丈夫よ。背負う命が一つ増えただけ。」
「君を誇りに思うよ、ユリア。手の震えはもう、大丈夫かい?」
握りしめていた剣がお父様に抜き取られていく。
手を握ったり開いたりして頷く。
「大丈夫。」
「じゃあ詳しい話をしようか。」
「うん。」
お父様が当主の顔をした。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




