学園の対応
狩猟大会での出来事はすでに参加者たちから親の耳へと入っている。
なのに、そこまで大きな話題になっていないのは……。
「まさか騎士団員の警戒心を確認するための実地訓練も兼ねてたなんてなぁ。よくソレを信じさせることができたよな。な、姫さん。」
「えぇ、そうね。私もびっくりよ。」
どうやら一連の騒動は訓練の一環だということにしてしまったらしい。
学園側としても失態を浮き彫りにされないならありがたいと思って便乗したのだろう。
「それにしても……殿下、いつもより囲まれてない?」
「狩猟大会で優勝したせいだろ。まぁ……姫さんの言葉を借りるなら、文武両道、人当たり良好、家柄申し分無し、囲まれて当然、だな。」
「あら、よくわかってるじゃない。」
でも、殿下にはお嬢様かいるから。
ヒロインの応援のお陰で優勝した時はどうなることかと思ったけど。
あいも変わらずお嬢様一筋で何よりだ。
「ご歓談中失礼。ユリア、あなた宛に主から手紙を預かって参りました。」
「…………ディル様、せめてそういうのは人目につかないところで渡すべきでは?」
「主には見せびらかすように渡せと言われております。」
「今度は何を企んでるのよ……。」
ため息をグッと堪えて、手紙を受け取り封を開ける。
アルベルトが私を隠すように身体の位置をずらし背を向ける。
気になるだろうに、ほんとちゃんとしてるわね。
私の家族は。
「…………。」
見慣れた文字で書かれている内容に目を閉じる。
──捨て駒にされたのは騎士団員のみにあらず。周囲を警戒されたし──
封筒の中に便箋を戻し、ディル様に向き直る。
「アルベルト、ありがとう。もう大丈夫よ。」
「ん。」
「ディル様、他に彼から伝言を預かっていますか?」
「セザンヌ公爵令嬢の誕生パーティーへの招待状を受け取ったから、と。」
「そうですか、良かったですねとお伝えください。」
お嬢様は殿下の婚約者という立場上、国賓に当たる皇太子を招待するのは義務とも言える。
そんなお嬢様に王命で仕えている私にも言えることかもしれないが。
絶対に嫌だ。
だけど、だからと言って侍女として参加もできない。
薄々気づかれている可能性はあるけれど、まだバレてないから。
「アルベルト殿、少し良いだろうか。」
「お、殿下。姫さん、俺離れて平気?」
「問題ないわ。」
「そっか。」
ポンポンと数回頭を撫でると殿下のもとへと行く。
全く、子供扱いして……。
「仲が良いですよね。」
「そうですね。付き合い長いですから。」
「主ともそれくらい仲良くしていただけると助かるのですが。」
「私達が仲良くするのにはもう少し時間が必要かと。」
「コースター辺境伯と帝国だから、ですか?」
その質問に、いつも通りの笑みを浮かべれば。
言いたいことがわかったらしく、困った顔をして笑う。
「……、なんの騒ぎ?」
突然騒がしくなる廊下に、教室から出れば隣の教室で。
嫌な予感がする。
「ちょっと通して。」
人波をかき分けて、前へと出れば。
「マリア様……っ?」
騒ぎの中心にいるのは、悪役令嬢と攻略対象であるマーシャル・タールグナーで。
「あぁ、ちょうど良かった。あなたも一緒に来てください、ユリア・コースター。」
「…………わかりました。」
お嬢様を一人にさせるわけにもいかないし、ついて行くしかなさそうだ。
険しい表情のソフィアに視線を送れば、近づいてきて。
「気をつけて。どうやら、狩猟大会での毒騒ぎが関係あるみたい。」
「……なるほど。それで私達か。」
「アルベルトはどうしたの?」
「殿下に連れて行かれたわ。」
マーシャル・タールグナーがマリア・セザンヌを再び狙い始めた……?
もしそうなのだとしたらタイミングが悪すぎる。
一体、何が目的……?
「調べてほしいことがあるの。」
「…………。」
やっぱりココはゲームの世界で、私はモブキャラ。
何が起きてもおかしくはない。
でもコレはゲームイベントの中にはなかった展開。
だとしたら悪役令嬢と攻略対象、ヒロインが紡ぎ出す何かが起きていると考えるのが妥当。
ましてや今回の騒ぎの中心にいるのは悪役令嬢と攻略対象だ。
「頼んだわよ、ソフィア。」
「了解。」
お嬢様へと近づけば、マーシャル・タールグナーが私たちを先導するように歩き出す。
「マリア様、表情が暗いですよ?」
「暗くもなるわよ……。クロード様に迷惑をかけたくないのに……。」
「大丈夫ですよ、マリア様!それに、悪い呼び出しとは限らないじゃないですか。」
「それはそうだけど……。」
「ふふ、心配いりませんよ。」
たとえ狩猟大会の毒騒ぎの犯人候補として悪役令嬢と取り巻きA扱いの私が連行それてるのだとしても。
「お二人とも、どうぞこちらへ。」
促されるままお嬢様と二人、応接室へと入る。
いつぞやと同じ香りが部屋を満たしていて。
「お嬢様、合図をするまで息を止めてください。」
「!?」
お嬢様が息を止めているのを確認して、窓へと近づけば。
「無駄ですよ。ココの窓は鍵がついてませんから。」
にこやかにそう告げるマーシャル・タールグナー。
ゆっくりと息を吐き出して、迷わずに窓を殴れば呆気なく割れる。
前世の学校の窓とは違い、なんの対策もされていない窓で良かったわ。
簡単に割れる。
「…………窓を割りますか、普通。」
「失礼。命の危機を感じたもので。マリア様、息して大丈夫ですよ。」
「……、血が出でるわ!」
「え?あぁ、素手で割りましたからね。大丈夫です、破片は刺さってませんから。それより、マーシャル・タールグナー先生。私たちをココへ連れてきた目的は?」
「それを話す前に、お茶でもいかがですか?」
「……前回と同じ状況で差し出されたものをおとなしく口にするとでも?」
「やれやれ。だから貴方がたコースター辺境伯はやりづらい。」
これみよがしに肩をすくめて息を吐き出すマーシャル・タールグナーを見つつ、汚れていない手でお嬢様の手を取る。
「ユリア、手当を……。」
「…………。」
「ユリア。」
お嬢様を背中に隠せば、諦めたように茶器を傾ける。
「無理強いするつもりはありません。飲まないのならそれで結構。私はただ、確認がしたかっただけですから。」
「確認……?」
「えぇ。」
攻略対象にふさわしい光景が目の前に広がる。
日差しと高級な茶器と優雅な攻略対象。
イベントスチルと言われても納得だ。
「お二人が正式に婚約者になったので、本格的に動き出した……とでもいいましょうか。よく思わない人はある一定数存在しており、国中に点在している。」
「…………。」
「あぁ、ご安心を。もうこのような手段には出ないので。」
「ソレを素直に信用できるとでも?」
「少なくとも、貴方がたに危害を加えるつもりはありませんよ。コースター辺境伯を相手取るのは骨が折れますし、セザンヌ公爵令嬢を相手取るのは自殺行為だと今回の件でわかりましたし。」
扉を乱暴に開いて中へと侵入してくるのはレオナルド様と殿下の二人で。
お嬢様の様子を見て、安堵の表情を浮かべる二人にマーシャル・タールグナーがニコリとほほ笑む。
「今までの行いが帳消しになるとは思っていませんが、良い情報をあげましょう。狙いはマリア・セザンヌ。邪魔なのは、コースター辺境伯。少なくともソレが共通認識です。」
「……ご忠告感謝します。では、私からも一つ。あなた一人の罪を清算してもタールグナー伯爵家は、終わりですよ。」
「…………ふふふ。本当、敵に回してはダメな相手だとつくづく思いますよ。」
私の手からこぼれ落ちる血に目を細め、カップを置く。
「貴方がたコースター辺境伯が学園に通っていなければ、無謀な計画も成功していたとは思いませんか?」
「クロード・カルメとマリア・セザンヌが正式に婚約者になり、レオナルド・ドナウ、シノア・ワイナールが傍についているこの状況。コースター辺境伯の存在なんて、霞むとは思いませんか?」
私達モブキャラなんて居ても居なくても一緒ですよと言外に告げれば、ますます笑みを深めて。
「良いですね。本当にあなたは辺境伯令嬢にふさわしいお方だ。」
そう言って、懐に手を入れるのと同時にレオナルド様が取り押さえた。
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