初めての城下
その日は朝から特訓の為に私がいそいそと準備をしていると、お嬢様がバンッと扉を開いて。
「街へ行くわよ。準備なさい。」
「…………はい?」
「私服は持ってるわね?」
「え、えぇ、一応…………。」
「着替えてエントランス集合。良い?逃げるんじゃないわよ。」
そして、来た時と同様にバンッと扉を閉めるマリアお嬢様。
「……いや、果たし状…………?」
完全に誘い方がアレなんだけど。
問題ありすぎる誘い方なんだけど。
まぁ、言いたいことは色々あるけど。
「城下探検…………!!」
お嬢様、本当に街へと連れて行ってくれるなんて!
こうしちゃいられないわ!
私服、私服……っと。
「しまった、男装しかない。まぁ、良っか!お仕着せで行くわけにいかないもんね!」
ソレに、こっちの方が動きやすくて良いし。
街中でいきなり襲ってくるような人も、そろそろ居ないだろうし。
わざと侵入させて捉える前までも数々の暗殺者を屠ってきた。
生きて捉えてるので、そこから情報を抜けるかどうかは公爵と王家次第だ。
そこまでは私の管轄外だから、手を出しすぎるなとお父様に厳命されている。
「……よし、完璧。」
確認を終わらせ、エントランスに向かえばお嬢様とステラさんが居て。
「わぁ、お嬢様。庶民の服も似合いますね〜。ちょっと浮いてますけど。高貴さが隠せてません。」
「貴方は溶け込みすぎなのよ。というか、何よその服は。」
「あ、コレですか?領地では動きやすさ重視だったもので。」
「サイズもあってないじゃない。」
「問題ないですよ、このくらい。許容範囲です。」
むしろこのくらい緩い方がラク。
「はぁ……、良いわ。行きましょ。」
「馬車が外へ止めてあります。くれぐれも、お気をつけて。」
「え?ステラさん一緒に行かないの?」
「はい、今日は仕方がなくユリアさんに譲ります。私はその間に仕事がありますので。」
「そっか……、わかりました。じゃあ、お土産買ってきますね!覚えてたら!」
「潔くていっそ清々しいです。それで構いませんよ。お土産忘れても良いので、お嬢様のことをお願いします。」
「もちろんです。ソレが仕事ですから。」
街に夢中になりすぎてお嬢様を置き去りにしないようにしないと。
まぁ、弟妹たちを見てきた私にすれば、お嬢様一人くらい問題ないのだけど。
「行くわよ。」
「はい、お嬢様。」
お嬢様に促され、外へと出れば公爵家の馬車が止まっていて。
このまま行けば流石にバレるのでは?
「馬車に乗るのは途中までよ。」
「なるほど、安心しました。」
お忍びっぽい格好をしていながら馬車横付けとかしたら意味ないじゃんって思ったから。
「わっ、ふかふか!」
家の馬車と全然違う!!
椅子の座り心地がもう違う!!
馬の毛艶も違ったし、さすが公爵家……。
「当然よ。」
「ほぇ……お嬢様、凄い…………。」
私達の領地が、こんなふかふかな馬車を手に入れる時は来るのだろうか。
今回もらった依頼料の金貨五千も直ぐに消えることだろうし。
というか、前金の三千ですら、残ってるのかすら怪しい。
「ユリア。」
「はい。」
「…………。」
「…………?」
「…………街で。」
「はい。」
「…………街で、お嬢様と呼ばないで。目立つわ。」
「あ、それもそうですね。」
確かに、お忍びなのにお嬢様って呼ぶと一発で貴族のご令嬢だってバレる。
それに、明るい時間帯からお嬢様を狙う奴も居るかもしれないしね。
まぁ、居ないとは思うけど。
「お…………。」
「お?」
「お友達として振る舞いなさい!!私のことはマリアと呼ぶのよ!?わかった!?」
「わかった、マリア。」
「────」
あ、照れた。
可愛い。
ニヤニヤと見ていると、馬車がゆっくりと止まって。
「……ついたわね、降りるわよ。」
「お嬢様は私の後に降りてください。」
御者が開いてくれた扉を降り、周囲を確認してからお嬢様を促す。
街からは少し離れた場所みたいだ。
「こっちよ。」
先導してくれるお嬢様の後ろをついて行く。
そうすれば、すぐに大きな通りに出て。
「う……わぁ……!!凄い……っ!!」
あ!あのお店!ゲームでヒロインがデートで行くところだ!
わ、あっちはスチルイベントのお店!!
本当に実在してたなんて……!!
「さすが王都ですねぇ。見たことないものが多いです。」
「当然よ。さ、行くわよ。」
「どのお店に?」
「貴方の服を手に入れないと。」
「え。私、この服で良いですよ。」
「ダメよ。許さないわ。私のお友達なら、身だしなみはちゃんとして。辺境地ならまだしもココは王都。少しのズレや些細な違和感で、足元をすくわれるわ。」
「なるほど、わかりました。」
確かに、自分でも女子力捨ててんなぁとは思ってた。
でも、そうしなければならない理由があったし、仕方がないことだから気にもしなかった。
いや、気にしないようにしてたのか。
お母様が居た頃は、それなりにおしゃれもしてた気もするけど、居なくなってからはそれどころじゃなかったものね。
「ココよ。」
「わぁ……!!キレイなお店!」
感動をしながら中に入れば、愛想の良い店員さんがこちらを振り返って。
私達を見て目を光らせた。
「まぁ、まぁ!今日はどういった物をご所望でしょう?」
「ユリア、希望は?」
「動きやすい服が良い。あとは、なるべく男装しておきたいかな。」
そういえば、店員さんたちが目をキラッと光らせて。
「お任せください!」
「えぇ、すぐに見繕わせていただきますわ!」
「採寸しましょう、採寸!!」
「えっと……なぜ、こんなにやる気なの?」
「最近、男装令嬢の恋物語が流行ってるのよ。その影響ね。」
「へぇ。マリア、よく知ってるね?読むの?」
「せ、世間の常識よ!」
そんな常識あってたまるかと思いながら、そうですかと頷く。
どの世界も共通なんだなぁ、そういう物語って。
乙女ゲームの世界で流行って良いものなのかは悩むところではあるけれど。
「お連れ様はこちらに。」
「いいえ、彼女を見張ってるわ。この子ったら、一人にしてたら危なっかしいから。」
「まぁ……!!」
「凛々しいのに女性らしい……!」
「素敵だわ……!!」
おーい、現実見ろ〜?
どう考えても目の前にいるのは冴えないモブだぞ、モブ。
貴方たちの前に居るのがこの国の王太子の婚約者にして、悪役令嬢ポジの公爵令嬢ですよ。
こんなモブにそんな夢見ても困るよ。
「離れるわけにはいかないものね?」
「えぇ、そうですね。私の手の届く範囲に居てください。」
「「「「…………ッッッ!」」」」
店員さんたちが瀕死になりながら採寸してくれ、既製品の服を持ってきてくれる。
その中でも汚れの目立ちにくい黒を選ぶ。
「下は黒で良いけど、上はこの白にしなさい。」
「え、でもセットじゃないですよね?」
「いえいえいえ!ぜひ!ぜひに!!」
「よくお似合いです!!」
ということで、上着は白、下のズボンは黒という格好に。
どこの騎士だってくらいには凛々しいと思う。
まぁ、庶民向けの服なので豪華さは足りないが。
「ありがとうございます!」
「さ、行くわよ。」
「え、ま、まだお会計…………。」
「済ませました。」
「ヤダ、イケメン……っ。」
悪役令嬢というよりただのイケメン……!!
お嬢様に今度何かお礼をしなければと心に決め、隣を歩く。
「あとは……そうね、何か気になるものはある?」
「珍しいものばかりで気になるものしかありません。」
「そうだったわね。」
「あのお店はなんですか?」
「アレは骨董品を扱うお店よ。」
「あっちは?」
「あそこは装飾品のお店。」
「あの美味しそうなお店は?」
「アレはお茶やケーキを楽しむところよ。平民も行きやすい値段だと聞くわ。」
「行ったことは?」
「ないわ。外ではあまり食べ物を口にしないの。」
「なら、私と一緒に食べましょうか!」
「え。」
「私が毒見すれば問題ないですし、美味しいお店なら気になります。」
再現できそうなものなら、領地に帰った時に皆に作ってあげたいし。
「あそこの装飾品、見ても良いですか?」
「えぇ。」
「やった!」
マリアお嬢様の手を引いて、店に入れば落ち着いた雑貨屋さんといった風体で。
あぁ、キラキラしてなくて落ち着く。
「色々な種類があるんですね…………。あ、手作りコーナーがある!一緒にやろうよ、マリア!」
「えっ?私、あぁいうのはしたことが…………。」
「何事も経験、経験!すみませーん!手作りしたいんですけどー!」
「んじゃあ、こっちの工房おいで。今は誰も居ないから、貸し切りだよ。」
「やった!楽しみだね、マリア!」
「そ、そうね…………。」
おっかなビックリしてるマリアの手を引いて、工房へと入る。
大量のビーズやガラス玉、屑石と呼ばれるような宝石まで揃っていて。
店員さんが、作り方を軽くレクチャーしてくれる。
「好きなだけ使って良いけど、盗るのはなしね。」
「はい、ありがとうございます。」
自分用に作ろうかなぁ……。
人数分ココでこさえるのは大変そうだし。
「マリアはどんなの作る………マリア?」
「…………。」
「ブレスレットが簡単って言ってたし、一緒に作ろっか。」
「…………えぇ、頑張るわ。」
険しい顔をしたお嬢様が、コクリと頷いた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝