マルエラン・ディ・シエル
前世でも今世でも、転校生というのは人気者になるらしい。
ましてやソレが隣国の皇子様関連ともなれば、なおさら。
「すげーな。」
「えぇ、本当に。でも、貴方も囲まれてたじゃない。」
「興味本位だろ。俺が子爵だってわかった途端、離れて行くヤツも居たし。」
「そんな差別されたの?どこの誰?話ししてくるわ。」
「大丈夫だから、落ち着けって姫さん。俺何もされてないから。」
「本当?いじめられてない?」
「いじめられてない。」
「それなら良いの。困ったら言うのよ?」
よしよしとアルベルトの頭を撫でる。
「姫さん、心配しすぎだって。俺もソフィアも、学園生活に馴染んでるだろ?」
「それはそうだけど……。」
ゾワリとした気配に振り返る私と、守るように半身前に出るアルベルト。
「ハハッ、さすがですね。」
「…………ディル様。そういったお戯れはおやめください。うっかり斬り捨ててしまいます。」
「構いませんよ。斬り捨てられるのがコースター辺境伯ならば、誰も文句言えません。」
笑顔を貼り付けて言葉を紡ぐ。
その仮面の下で何を思っているのかは、私には到底理解できないけれど。
「ユリア、約束通り学園を案内していただけますか?」
約束通り、ねぇ……。
周囲の視線の質が変わる。
ソレにアルベルトが反応するから、袖口を引っ張って。
「えぇ、もちろんです。では、参りましょうか。」
心配そうな顔をするアルベルトに苦笑する。
そのままアルベルトをおいて教室を出れば遮られる視線。
「どうしてわざわざあんな言い方を?」
「言い方、とは?」
「約束というより、契約の一部だったように思うのですが。」
「あぁ……。あの方が色々と便利そうでしたので。」
「…………。」
「不満ですか、お姫様。」
ジロリと睨むように見れば、楽しげに笑う。
こういう反応、皇太子に似てる。
こんな短期間じゃ情報も集められなかったし。
この男が皇帝の血縁者かどうかだけでも調べがつけば良いのに。
「ご安心ください。コースター辺境伯に迷惑はかけませんよ。」
「この国の誰にも迷惑かけてほしくないところなんだけど。貴方に言っても無駄なのかしら。」
「帝国と王国を繋ぐ重要な役割を持つ二人の意見……と、しておけば通りやすいとは思いますよ。わかっているでしょう、ユリア。今の立場を。」
「…………なるほど。私達がどんな噂をされるかも全部わかったうえで挑まれると。卒業まで、お互いに生きていれば良いですが。」
「心配いりません。貴方のことは、死なせませんから。」
「皇太子のご意向で?」
「いいえ。私情です。」
進めていた足を止め、向き直る。
人を食ったような笑みは消えていて。
こういう時だけ、そんな顔をするのね。
「命に変えても、死なせません。」
「その言葉、二度と言わないでください。」
「おや、お気に召しませんでしたか?」
首をかしげる姿にあるのは、純粋な疑問だけ。
ソレに息を吐き出して。
「その誓いを守って、残された人がどんな気持ちになるか考えたことありますか?」
「…………。」
「遣る瀬無いですよ。」
生きて帰ると約束したのに。
誰かを守って死んで行く。
約束を守れなくてごめんなさいと謝って亡くなる姿を何人見たことか。
家族に謝罪の言葉を送ったところで、死人は蘇らない。
帰ってこない。
彼らにとって大切な家族は、二度と、帰ってこないんだ。
「あちらがサロンです。学園の誰でも事前に使用許可申請を出せば使うことができますよ。」
「……わかりました。有効活用させていただきます。」
そのまま素知らぬ顔をして、学園内を進んでいく。
ココは王城とは違って、行動できる範囲が広い。
だからこそ、管理がちゃんとできないと危険が多い場所だというのに……。
「良い場所ですね。」
「そう思います。」
争いもなく、血が流れない。
学園の中は、学園の秩序で守られている。
「帝国とは大違いですね。」
「……帝国はこの国よりも優れた機関が多く存在しています。そうなると、それなりの人が集まります。どんな意図で設立した機関かは聞きたくもありませんが、管理者次第と言ったところでは?」
「……ほんと、貴方と話していると会話がスムーズで助かります。えぇ、その通りです。だからこそ、ココはいい場所だと言ったのです。学園の運営に王侯貴族が関わらないというのが一番良い。まぁ、どこまでが関わらないに該当するのかは、国それぞれでしょうし。」
ほんと、よく情報を掴んでる。
「王族が関わっていないのは明白ですし、問題ないと捉えるべきでしょうね。」
「断言されるのですね。」
「断言できるでしょう。現に、貴方はココで一緒に過ごしている。本来なら、傍についていたい人が居るでしょうに、クラスも離れているようですし。」
ニコリと笑う姿に額を抑える。
本当、どこまで漏れているんだろう。
「誤魔化しても無駄でしょうから、ハッキリ言わせてもらいますね。なんで帝国がそこまで情報を掴んでるの。」
「愚問です。貴方がとある人物の護衛の王命を受けているのは、領地を離れた時点で予想がつきます。貧乏貴族だなんだと言われているコースター辺境伯が貴族の義務は守っているという歴代の実績があるにせよ、ね。」
「…………。」
「ククク……この回答じゃ不満か?お姫様。」
「いいえ、充分よ。どうせバレているだろうと思っていたし、皇子様が王国に潜入させる人物に私達の情報を握らせてない訳が無い。」
「随分信用されているようですね、私達の主は。」
「何回剣を交わしたと思ってるの。嫌でもある程度の性格は掴めるわよ。」
眼の前にいるこの男が、皇太子ではないかと思うほどに。
「なるほど。」
嬉しそうに口角を上げる姿が、戦場で見せた笑みに重なる。
本当に、血の繋がりがないのかと疑うほどに。
「……、誰かきますね。有意義な時間でした。ありがとうございます、ユリア。」
「こちらこそ。ディル様の案内ができて、光栄に思います。」
嫌になる。
一度感じた違和感を拭い去ることができない自分が。
髪の色も瞳の色も違うのに。
眼の前のこの人は、あの日助けてくれた恩人のハズなのに。
「…………。」
銀糸の髪が、よぎって仕方がない。
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感(ー人ー)謝




