憂慮
娯楽施設で遊び倒した数日間。
もちろん、遊び倒したのはお嬢様と殿下だけであって私はずっと仕事である。
ちょっとは遊びたかった。
「…………お嬢様の機嫌、悪くないですか?」
「思うトコロがあるらしく……。」
「へぇ。」
「…………。」
「痛いですっ。」
返事が気に食わなかったらしく、ステラさんに殴られる。
ステラさん、最近ますます遠慮がない気がする。
「お嬢様、せっかくの美人が台無しですよ。ほら、今日は殿下のお誕生日パーティーでしょ?殿下から贈られたドレス着るの楽しみにされてたじゃないですか。」
「…………そうね、クロード様からの贈り物ね。」
暗いっつうか、怖いわ。
闇落ち一歩手前みたいな顔してる。
まぁ、原因は十中八九、殿下とヒロインだろうけど。
「……、どうですか?」
「すっごくキレイ。ありがと、ステラ。」
お嬢様がようやく、いつも通りにほほ笑む。
殿下の色味に包まれているお嬢様が婚約者だと誰が見てもわかるくらいに、独占欲がダダ漏れだ。
ちなみに今回は、ドレス一式どころかアクセサリー類も殿下からの贈り物だ。
全身、殿下コーデ。
正直言おう。
めっちゃセンス良い。
「ユリアさんはお屋敷に戻らなくて良いのですか?」
「お嬢様の準備も終わりましたし、一旦退がりますね。会場までの護衛はレオナルド様がしてくださるそうなので、ご安心ください。」
「わかったわ。邸まで送らせるから、待ってて。」
「え!そんなの良いです!走ったほうが速いですし!」
コースカットして、地面以外を走れるし!
「何より、セザンヌ公爵家からコースター辺境伯へ馬車が向かうこと、旦那様はよく思いませんよ!」
「それは……。」
「ね?ですから、気にしないでください。去年も自分で帰りましたから、迷子にはなりません!」
「…………そう。気をつけて帰るのよ、ユリア。」
「はい。」
では失礼しますと挨拶し、そそくさと邸を出る。
「あ、ユリア嬢!」
「ガーディナ様。なんだかお久しぶりな気がしますね。ステラさんに会いに来なくなったからでしょうか?」
「お嬢様の傍にはユリア嬢が居ましたからね。出張る必要がなかっただけですよ。」
「ふ〜ん?それで?まさか、今の今まで邸の敷地外に居たこと、ソレでごまかせると思ってませんよね?敷地内から気配が一つ消えていたことくらい気づいてますよ。」
「……さすがですね。少し、公爵閣下の使いで城へ行ってたもので。」
「旦那様の?それはお疲れ様です。」
「ユリア嬢はこんな時間にどこへ?」
「お嬢様のお使いです。私が不在の間、くれぐれも不審者を通さないようにお願いしますね。」
「もちろんです。これ以上失態を重ねると、殿下にクビにされます。」
お任せくださいと騎士の礼をするガーディナ様に背を向け、王都の邸に向かって歩を進める。
懐かしい気配に足を止め、視線を向ければお迎えに出てきてくれたらしい幼馴染たちが居て。
「よっ。」
「元気にしてた?」
「アルベルト、ソフィア!二人揃って来てくれたの?」
「私達も今さっき王都についたところなの。」
「え。」
予定より長い滞在になったのね。
何かあったのかしら。
「さっさと帰って、準備するか〜。」
「アルベルトは着替えるだけで良いから楽で良いじゃない。」
「領地で何かあったの?」
「「何も?」」
「…………。」
二人の反応にジトリと視線を向ければ苦笑して。
「本当に何も無いわよ。疑うならルナにでも聞いてみなさい。」
「…………良いわ。信じることにする。帝国の動きは?」
「変わらないみたいね。」
「でもまぁ、姫さんが公爵令嬢と出かけてる間に動きがあったみてーだけどな。」
「!」
「詳しい話はロイド坊っちゃんに聞いてくれ。俺達も必要最低限の情報しか共有されてねーから。」
「わかった。」
三人揃って帰ってこれば、セバスとベロニカが暖かく迎え入れてくれ。
「さぁ、お嬢様!ご準備を!こちらが今回のドレスになります。」
「え…!?わ、すご……!ちょ、コレ着るの……!?」
私の眼の前にあるのは、着物ドレスと呼べるようなデザインのもので。
生地はシンプルに黒と白。
柄としてはゴスロリファッションを彷彿とさせる黒と紫のレースと薔薇が施されており、帯の結びは豪華な華……どころではない大輪の華。
「えぇ。王太子殿下の誕生日パーティーに、華やかさを添えてあげてくれと旦那様より仰せつかっておりますゆえ。さぁさぁ、こちらに。」
お嬢様のドレスよりも華やかな気がしますが…!?
コレじゃあ誰が主役かわからないじゃない……!!
「うっわ……動きにくそう……。」
「ソフィア、着てみたい?」
「ソレはユリアのでしょ。それに、ソレはユリアにしか似合わないわよ。動きにくそうではあるけど、暗器はいっぱい隠せそうよ。良かったじゃない。」
確かに、着物の袖口にはちょっとしたものがしまえるけども。
「私のほうが目立ってしまわない?」
「気にしなくて良いと思うわよ?領主様が、王命を最短で終わらせる準備を進めてるって言ってたし。」
「お父様が?」
王命を最短で終わらせるって……どう頑張ってもあと一年は学園に通うことになると思うんだけどなぁ。
ヒロインの攻略が誰になるかわからないけど、本編が始まってるわけだし。
ヒロイン絶対に殿下狙いだけど。
「えぇ。詳しい話はわからないけど、コレはその第一歩ってところでしょ。」
ソフィアもベロニカがテキパキと着付けしてくれる。
和装なんて見るの初めてだろうに。
着物ドレスという作りのせいか、手際よく着付けられる。
着物風のデザインなだけで、実際に着物のような複雑な着付けがないから余計かもしれない。
洋風なゲーム世界にいきなり和が差し込まれても違和感を抱かないあたり、ゲームのキャラなんだろうな。
モブだけど。
「……っし!できた!」
「ね、この髪飾り落ちない?」
「大丈夫よ!心配しすぎね。」
「お嬢様がお淑やかに過ごしていれば、崩れる心配はありませんよ。」
「…………。」
「だってさ、ユリア。言われてるわよ?」
笑いながらつついてくるソフィアにむくれれば、さらに笑うから。
「はいはい。ソフィアも準備しましょうね。ベロニカ、手伝って。」
「仰せのままに。」
ソフィアのドレスは、少し型落ち扱いされるデザインの紫色で。
多少なりとも手を加えているせいか、とってもオシャレ。
「かわいい。ソフィア、コレ自分でアレンジしたの?」
「ベロニカさんが手伝ってくれたの。素敵でしょ?」
「えぇ、とっても。ソフィアによく似合ってる。ありがと、ベロニカ。」
薄紫の薔薇の花が散りばめられ、華やかになっている。
私とおそろいにも見えるコーデにソフィアも嬉しそうだ。
「お二人とも、繊細な薔薇を落とさないでくださいね。」
「えぇ、もちろんよ。」
「それじゃあ行きましょうか。」
前回とても時間を食った準備だけど、一年もたてば色々なことに慣れるもので。
余裕を持って終わらせた私達がエントランスに出ればロイドとアルベルトが待っていて。
「お。」
「二人ともよく似合ってる。」
「ありがとうございます。」
「ありがと、ロイド。ロイドたちもよく似合ってるわ。ふふ、私達皆おそろいね。」
「あぁ、そうみたいだな。」
私達全員の共通色は紫色。
濃淡の差はあれど、一体感はある。
「たかだか礼装と思ってたけど……。」
「「?」」
ロイドは私と同じように黒と白の生地に、紫色で薔薇の刺繍が施されているし、アルベルトは裏地が紫色のようで、動くたびに見え隠れする薔薇がオシャレだ。
「なんか、二人が一気に大人になったみたい。素敵ね。」
まさかこんな着飾った姿が見れるなんて。
アルベルトは去年も見てるけど。
まぁ、前世の感覚でいうと私は薔薇モチーフのスーツ着てる男には絶対に声かけないけどね!
相手が恐ろしいほどのイケメン大富豪なら…………いや、無理だな。うん。
「そろそろ行くぞ。御者はセバスがしてくれる。」
「今年はガゼルじゃないのね。」
「ガゼルはユミエルをドナウ侯爵邸まで送ってる。」
「あぁ、なるほど。」
見ないと思ったら、そっちに行ってたのか。
「皆様とてもよくお似合いです。」
「ありがとう。セバス、今日はよろしくね。」
「安全運転で送り届けさせていただきます。さぁ、皆様お乗りください。」
「こういう時、姫さんとロイド坊っちゃんがこの馬車で俺達は別の馬車とか御者台ってのが王都の貴族では当たり前なのにな。」
「あら、不満ならアルベルトは走って会場に向かったら?私はユリアたちと悠々自適に向かうから。」
「ごめん、頼むから乗せて?」
なんて、いつもどおりの調子で馬車に乗り込む。
攻略対象たちの馬車とは違って我が家野馬車は、おしりが痛い。
「ロイドも今日帰ってきたんでしょ?領地の方で何かあったの?」
「特段何もなかったな。あぁでもラチェット・カルメーラの商会が領地の中に支店を構えてくれたお陰で今までよりも流通網は活発になったみたいだ。」
「え、もう営業してくれてるの?」
「あぁ。他よりもかなり格安で手配してくれてる。お陰で領地の整備も、予定金額よりも安く済みそうだ。」
「ソレは良い知らせね!ラチェット様には今度お礼しなきゃ!」
お嬢様と殿下のデートを邪魔するという迷惑行為はいただけないけど、領地を潤してくれることには感謝しなきゃね。
「シュチワート子爵領には行商で顔を出してるみたいだな。定期契約を結ぶ話が出てるみたいだから、そのうちリューキから連絡が入るだろ。」
「へぇ、立派な領主代理ね。良かったわね、アルベルト。」
「だろ?」
ニカッと笑うアルベルトにソフィアがなんとも言えない顔をする。
やっぱり、変だ。
「ロイド、この二人なんかあった?私に隠し事してるみたいなんだけど。」
「親父に呼び出されて話してたけど、俺も詳しいことは知らねぇ。仕事の話だろうし、あんまり深く聞いてやるな。」
「お父様に……?それなら、仕方がないわね。」
お父様の頭の中は娘の私でも読めないから。
「それより、見えてきたぞ。パーティー会場。」
「去年もすごかったけど、今年もすごいわね。」
「姫さん、公爵令嬢はこの中か?」
「えぇ。予定通りにレオナルド様と合流してるなら、すでに中に居るわ。」
ヒロインがメインヒーロー相手にどう突撃かましてくるかわかんないけど、悪役令嬢の身の安全だけは守らないと。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




