観劇
ソファで寝たというのに、身体に違和感もなく朝元気に目を覚ました。
本気で良いソファだったわ。
「よく眠れたかい、マリア。」
「はい、クロード様は休めましたか?」
「もちろん。それじゃあ、今日は劇場に行こうか。ちょうど人気の演劇をやるみたいなんだ。」
「そうなんですの?楽しみですわ。」
甘酸っぱい二人の後ろをついていく。
ちなみにステラさんは自主的にお留守番。
部屋を整え直すと言っていた。
私としても部屋を完全に空けるのは不安だっため助かる。
「…………。」
何人もの貴族が、当たり前のように施設を出入りする。
ココに投資している貴族たちにはきっとわからないのだろう。
コースター辺境伯がどうして領地から出ないかを。
どうして、私財をなげうち領民を助けたのかを。
娯楽施設に来るのが楽しみだったのは本当だけど、遊びに来たかったわけじゃない。
「!」
あった。あの店だ。
アルベルトたちが調べてくれた、帝国と王国の密会場所。
エドワード誘拐事件のお陰でラチェット様経由でもらった招待状は使う前に使えなくなったし。
あの二人から情報を聞き出すのは陛下たちが頑張ってるだろうし。
「…………。」
会員制で誰でも入れるわけではない娯楽施設。
王族である殿下と婚約者のお嬢様、その護衛や使用人は人数制限があるものの同行は可能だった。
今、調べられないのは悔しいわね……。
「楽しみですわね、クロード様。」
「そうだね。」
楽しそうな二人に続いて、劇場内に入る。
だけど、座席を買ってない私達は止められてしまった。
「それならせめてユリア嬢の座席だけで────」
「殿下。」
「!」
「お嬢様をお願いします。」
「……、わかった。」
「ユリア……。」
「ご安心を。私はココでお待ちしておりますね。」
ニコリと微笑み殿下がお嬢様を連れて行くのを見送り、息を吐き出す。
分断された?
いや、多分護衛が入れないんだ。
他の貴族の護衛も外に居るし……。
あれ?でも、あの人のところは護衛も一緒に入ってる……。
王族が断られたのに、一体どこの貴族さ、ま……!?
「タールグナー伯爵家の紋章…………。」
なるほど。
随分とこの娯楽施設に大金をつぎ込んでるようね。
お嬢様の傍には殿下がついてるし、離れても大丈夫かしら。
いや、むしろたった今、殿下たちの身が危なくなった可能性も捨てきれない。
「麗しのレディ。どうか今だけでも、憐れな私と鑑賞してくれないだろうか?」
「は…………。」
そんなナンパゼリフを吐き出し、私の前で腰を折る男に目を見開く。
「なんで、貴方がココに…………っ。」
なんで、帝国の使者がこんなところに居るのよ!!
私の反応に満足したのかやや強引に私の手を腕に誘導すると背筋を伸ばして。
「そうか、ありがとう。麗しのレディ。コレで私の買ったチケットは無駄にならなくて済むよ。」
「ちょ……っ!」
侍女服の私に一瞥をくれる係員は見せられたチケットに何やら訳ありだと判断したらしく、すんなり通してくれた。
あ、お嬢様と殿下居た。
こっちに気づく気配はないけど。
「こういう手で入れるなら、大したことないですね。」
壁際の座席へと座らされる。
「動きにくいから、そっち側が良い。」
「ダメです。麗しのレディは壁の華に徹してください。」
「アンタの傍じゃ落ち着かないと言ってるのよ。」
「命の恩人にひどい言い草ですね。」
「……、三年前のことは感謝してる。先日、お父様の質問に淀みなく答えたことも、すごいと思ってる。でも、だからこそ貴方を警戒する。」
「…………。」
「貴方は皇太子の側近だというけれど、貴方からは皇太子と似た気配を感じるし、声音も近い。」
見た目はぜんぜん違うけど、それでも可能性として捨てきれない。
そのもしもの話をまだ、誰にも共有できない。
もちろん、この男にも。
「貴方が皇族の血縁者である可能性を私が捨てきれない以上、私は貴方を警戒せざるおえない。貴方は皇太子の側近だというけれど、縄で縛られていたあの男ように皇太子への忠誠を感じない。何よりあの男があの謁見の間ずっと貴方に意識を向けていた。」
「…………。」
「側近より立場が上の側近なんて居ないのよ。」
「…………本当、よく見てる。コースター辺境伯当主も違和感感じてたのか?」
口調が変わった。
こっちが素か。
「お父様は貴方が誰か、調べがついてる様子だったわよ。そのうちわかるって教えてくれなかったけど。」
「へぇ。」
面白いものを見つけたと言いたげに口角をあげる。
そんな姿を睨んでいると、小さく笑って視線を舞台に向けた。
「この施設を調べるのは待ってほしい。」
「え?」
「一網打尽にしたい。内通者の目星はついてるが、証拠が揃ってない。おそらくその証拠はココにある。処分されるわけには行かない。」
「…………。」
「内通者の殆どは王国の情報をもらうだけもらってたクズばかり。だが、一握りの連中が帝国の情報を漏らしてる。」
「…………たったそれだけの理由で待てと?この国の国民はすでに、命の天秤にかけられてるというのに。」
「漏らした貴族は全員口止めに消されていた。」
「!」
「かなり慎重なヤツだ。その正体を突き止めたい。だから、この施設のことはもう少し、泳がせておきたい。入出国の記録を調べても怪しいヤツはもう、残ってない。」
もう残ってないってことは……。
「もともと二国間を行き来してもおかしくない人……?」
「!」
「何。」
「話が早くて助かる。帝国が辺境伯領を襲ってる間に別口から斬り込まれてる可能性がある。」
「公国の話?」
「そこまで見抜いていたか。」
「公国を使って何をしようとしているの。」
「……コースター辺境伯以外の国民にとって公国はまだ王国の友好国さ。なんせ、表立って条約を破棄したわけじゃないからな。だからこそ、帝国より内部に入り込める。」
「────」
「警戒しろよ、お姫様。ココは貴族の巣窟。一つの判断が、大きな犠牲を呼び込む。」
「…………っ。」
この男が言ってることは正しい。
この男の推測通りなら、帝国と公国の二カ国を相手取る状況に王国は立っているということ。
お父様なら、何か情報を掴んでるかもしれない。
ロイドたちが戻り次第、情報を共有しなきゃ。
「わかったわ。」
「…………。」
「演劇を見せてくれるお礼に、調べるのは後回しにしてあげる。」
「助かる。」
「ただし、少しでも妙な真似したら調べるから。」
「あぁ、それで良い。」
優しくほほ笑む眼の前の男から視線をそらし、お嬢様と殿下へと視線を向けた。
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