夜襲 Sideマリア
公爵令嬢(悪役令嬢)、マリア視点のお話です。
珍しく、夜中に目を覚ました。
彼女との特訓が始まってからは、そんなこと一度もなかったのに。
それでも、その日は眠れなかった。
冷や汗が止まらない。
なぜなのかはわからない。
だけど、わかったことはある。
彼女は言っていた。
命を狙われているときに絶対にしてはいけないと。
目を覚ましていることを悟られてはいけない。
それは、暗殺者の目をごまかすためであると。
そして、暗闇にある程度目が慣れた標的は寝返りをたまたまうって、その刃をかわす。
「…………っ。」
暗殺者が息を呑んだのがわかった。
私はただ息を殺して、ことをやり過ごす。
心臓が、壊れそうだ。
一瞬の動揺。
それを誘えたら、
後は、
私達護衛の仕事です、と。
「うぐっ。」
くぐもった声音とドサリという重たい音。
ドキドキとしながら、呼吸を押しおろす。
この早鐘のような鼓動の音すら聞こえないか不安になる。
「身体、起こしても大丈夫ですよ。」
聞き慣れたその声にゆっくりと身体を起こす。
身体を支える腕が、震えているのがわかる。
だけど、どうしてだろう。
出会って間もない彼女の声に、ひどく安心感を覚える。
「お嬢様!!お怪我は!?」
ステラの手が、私の手をとる。
ステラの手も、震えている。
「大丈夫よ、そういう貴方はどうして……。」
「私も、訓練をつけてもらっていまして……その……身近にあるもので確実に仕留める方法というものを。」
「身近にあるもので……?」
視線を床に向ければ、傍におちていたのは応接室においてある灰皿。
「非力な女性が大の男を殴殺する際には便利ですよ。この灰皿。あ、大丈夫ですよ。ちゃんと消毒とかもして、使えるようにしておきますから。」
そう言いながら、彼女は灰皿を回収する。
「私、応接室でこの灰皿を見るたびに今日のことを思い出しそうだわ……。」
「私もです……。」
「お嬢様も及第点ですよ。よく頑張りましたね。わざと暗殺者に侵入を許したかいがありました。」
「な……!」
「わざとだったんですか!?」
「はい。」
「…………。」
平然と頷く彼女に言葉を失う。
だって、そんなのって……。
「お……お嬢様が死ぬことは考えなかったのですか!!」
「死なせる気はもともとありませんよ。お嬢様が目を覚まさずに寝たままだったらこちらで処理する手はずは整えていました。」
彼女がこともなげに言うと、暗闇から人影が一つ出てきて、ソレを担ぎ上げた。
その人影に思わずポカンと見上げる。
「ガーディナ様……。」
「淑女の寝所に立ち入ったこと、お許しください。緊急事態だったものですから。」
「殿下の報告に入れておくわ。」
「う、嘘ですよね?こういう作戦たてた時点で殿下と一触即発の空気を作っておきながら本気で実行したその命知らずの行動力は本気で尊敬しますが、やめてください。まだ死にたくないです。」
「なら、貴方もこの作戦を本当に決行したことは黙っておかないとね?」
「う……わかりましたよ……。」
「よろしくね、ガーディナ様。」
完全に彼女に軍配があがったところで、ふわりと甘い香りがした。
どうやらそれは、彼女が手に持っていたものの蓋を開けたかららしい。
「どうぞ。落ち着くと思いますよ。」
「……ありがとう。」
「頑張ってくださり、ありがとうございます。お嬢様。今夜はもう襲撃の気配はありませんので、ゆっくりお休みください。それでは。」
二人分の茶器とお菓子を置いて部屋を出ていく。
「……お嬢様、彼女はやっぱりただのご令嬢ではありませんね。」
「えぇ、そうね。」
普通は、命を守れと言われている人物を囮になんかしない。
同意があったならまだしも、私は一切今回の話聞かされていない。
完全な不意打ち。
「辺境伯家の領地、私、行きたくないです。怖すぎます。」
「それ、彼女に言ってはダメよ?彼女の大切な、彼女の帰る場所なんだから。」
「もう言いました。野蛮な人ばかりなのですかって。そうしたら”気になるなら放り込んであげましょうか?身一つで“って。」
「…………。」
「だから私は決意を新たにしました。私、絶対お嬢様を守れるくらいまで強くなりますから、早く彼女を辺境伯家の領地に帰しましょう。」
妙に意気込む侍女に小さく笑う。
どうやら彼女との特訓で思うことがあるらしい。
カップに注ぐその手慣れた行動ですら、いつもより荒々しいように見える。
「彼女を帰すかどうかは私が決めて良いことではないわ。」
「ですが、旦那様も殿下も不要になったら言えと。」
「なら聞くけど。ステラ、彼女より強くなれる?」
「それは…………。」
「私を守れるようになってくれるのはとっても嬉しいわ。でもね、ステラ。貴方のソレは、私への恩返しの延長にすぎないわ。辞めたいと言っても許される。だけど、彼女は違うわ。」
彼女は、王命で辺境伯領を一人離れ、この屋敷で過ごしている。
私が、狙われているから。
クロード様や陛下が、私の身を案じて連れて来てくれた令嬢。
「…………確かに、私は恩義あるお嬢様や私を養子にと迎えてくださったウイスキー伯爵のためなら何だってできます。だから彼女に師事し、お嬢様の傍にいる為に奮闘しているのです。だから、彼女と私が違うという言葉もちゃんと理解しています。」
自分の意志でココに居るステラと、王命で縛り付けられた彼女。
彼女は決して自分の願いを口にしない。
私に仕えることも自分で決めたと言う。
「でも、ユリアさん言ってましたよ。王命でココに来たけど、お嬢様の傍に居るのは楽しいって。」
「え……。」
「あとは、お友達になれれば完璧だって。」
その以外な言葉に目を見開く。
「王都に来たことないから友達が欲しいって言ってましたよ。学園に入る前に一人は欲しいって。お嬢様、立候補してみませんか?」
「…………。」
「お嬢様も殿下の婚約者という立場上、お友達は少ないでしょう?」
「…………ステラ?」
「ふふふ。私は、学園には一緒に通えませんから。」
「…………そうね。」
「クロード様に見惚れることもなく、お嬢様を婚約者と知っていながら、あんな失礼な態度をとってくる令嬢なんてなかなか居ませんよ?」
「えぇ、それは間違いなく居ないわね。」
私はクロード様の婚約者ということを抜きにしても、セザンヌ公爵の娘だもの。
媚びへつらうことがあっても、私を怒らせるような態度はとらないわ。
「私は、まだ少し苦手ですが……彼女は信じても大丈夫な人だと思っています。非常に、とても、不本意ではありますが。」
「…………えぇ、そうね。」
彼女が用意してくれたお菓子はとても、優しい味がして。
「お友達候補、考えておくわ。」
ステラが嬉しそうに微笑む。
「はい。では、友達になったら追い返しましょうね!」
彼女を領地に帰すということを諦めていないステラに思わず笑った。
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