噂のブティック
領主代理としての仕事があるから、明日一日傍を離れても良いかと聞けば。
「あら、良いわよ。良い手土産のお店、紹介状書いてあげるわ。ステラ。」
「こちらに。」
「ありがとう。」
「ユリアさん、本来なら私一人でお嬢様のお傍にお仕えなんです。遠慮なくどこへでも行ってください。」
なんて、二人から気遣いの言葉をいただいて。
「ココね。」
私は、領主代理としてとあるブティックの前に立っている。
ア・ポカ・リープス
ソレがこのブティックの名前。
セバスの話では、噂よりも優しい人ってことだし。
お父様からはオバサマと呼んであげてと言われている。
初対面の人に向かってオバサマは絶対にダメだと思う。
「よし。」
気合を入れて、豪華絢爛な装飾を施された扉を押し開く。
この装飾一つで、邸の修繕ができそう……。
カランコロンとドアベルが鳴り響く室内に並ぶのは展示会場ですかと言いたくなる光景。
「…………。」
トルソーにかけられた見本品のドレスが数点。
等間隔に置かれたソレは、平民でも手に入れられるような布で仕立てられている。
「すごい……。」
使っている布やリボンが安いものなだけで、仕立てる布を変えれば貴族御用達にもなれる。
そう確信を持てるだけの見本品だ。
「あら、いらっしゃい。どういったものをお探しで?」
奥から現れた女性に、一礼する。
「日頃の感謝を込めて。コースター辺境伯から、マダムシャーリーに真心を。」
「!」
男装のため、紳士的に挨拶をする。
「…………オズワルドから話は聞いてるよ。奥へおいで。みんな!今日は店じまいだ!」
「「「はい、マダム。」」」
ギョッとしてれば、優しく微笑む。
「良いのさ。アンタたちコースター辺境伯は従業員にとっては休みを運んできてくれる貴重な客さ。」
「や、休みって……。」
「さ、こっちだよ。」
案内されつつ振り返れば嬉々として片付けを始めている従業員たち。
良いのかな、本当に……。
通された部屋は、店の門構えと同等かソレ以上の調度品で埋め尽くされている。
何より驚きなのは、その種類。
ラチェット様の執務室と張り合うくらいの国外製品が置かれているんだけど。
「好きなところに腰掛けな。立ちっぱなしも疲れるだろう?」
「え、いや、でも、このソファ……!!」
城で使われてるヤツより高価ですよね!?
「おや、さすがだね。この価値がわかるとは。かまやしないさ、アンタたちが領民のために手放した品々に比べれば安価なものさ。」
ソファから視線を移せば、静かに微笑む。
この人は、一体……。
お父様が懇意にしてる人だから、悪い人ではない……と思う。
「アタシのこと、オズワルドからはなんて聞いてるんだい?」
「……名前はシャーリー。王都でも一位二位を争うデザイナー。商会未所属という異例の人物。長年コースター辺境伯とは付き合いがある人物で、情報通だから困ったら頼れと。」
「他には?」
「近々ラチェット・カルメーラの商会に名を連ねる予定だと聞いています。」
「…………そう。」
少しだけ不満そうな顔をして、目を伏せる。
オバサマも呼んであげてと言われたけど、きっと呼べば殴られる。
というか、オバサマという年代に見えないんだけど、お父様。
「良いかい?」
「どうぞ。」
すまないねと断りを入れ、煙管に火をくぐらせる。
懐かしい香りがする。
懐かしい……??
「アタシはね、王都が嫌いで王族も貴族も嫌いなのさ。だから、完全会員制のブティックにしてる。」
「ではなぜ、ラチェット・カルメーラの商会に……。」
「オズワルドに勧められたからさ。」
「お父様に?」
またなんでそんなことを……。
「娘がラチェット・カルメーラの商会で副会長をすることになったから、力になってほしいって。」
「は?そんな勝手な……。マダムシャーリー、お父様のことは無視していただいて構いませんよ。お父様には私から言っておきますので。」
「ん?あぁ、良いよ。入るから。」
「は、入るんですか??嫌いな王族の運営する商会に??」
「だって、オズワルド・コースターの愛娘だろう?王命で王都に来るまで何も知らなかった深窓のお姫様が副会長に収まるっていうんだ。器量充分、未来に賭ける価値はある。」
煙管が楽しげに揺れて、紫煙が踊る。
「オズワルドは、信じるに値する男だよ。」
「私が言うのもなんですが、良いんですか?王都で人気のデザイナーがコースター辺境伯を信じて。王都の人間と仕事がやりづらくなるのでは?」
「問題ないさ。私は王都の人間よりコースター辺境伯に詳しい。ただそれだけで事足りてる。それに、売上に関しちゃ、コースター辺境伯様が一番の太客さ。創業時まで遡っても良い。」
「……、そんなに?」
お父様、謎のお金の出どころがココなのは帳簿を見て知っていたけど。
一体どれだけのお金を……?
「コースター辺境伯の紋章が入ったドレスがこの店の品だってことは?」
「知ってます。親切なご令嬢が教えてくれました。」
「そうかい。着心地は?」
「すごく良いです。でも、ご覧のとおり私はこういう服のほうが着慣れてるので、動きづらさは感じました。」
そう答えれば、楽しそうに笑って。
「はぁ、おっかしいねぇ、ホント。アンタたち辺境伯は。帝国とのいざこざがあるせいか、オシャレにも流行にも無頓着。王都じゃ足元をすくわれると教わらなかったかい?」
「教わりましたよ。ですが、所詮ソレ程度の話です。マダムシャーリー、私の大切なものは、汚されていない。」
「その油断が、大切なものを傷つけるかもしれなくても、そんな言葉を吐けるかい?」
鋭い瞳をまっすぐ見つめ返し、いつも通りに微笑む。
「その見極めができない時点で、命を預かる資格なんて無いでしょう。」
「…………。」
帝国と戦って、斬って、斬られて、傷つけて、傷つけられて。
失って、立ち上がって、前向いて、ココまでやってきた。
「領地の皆が何百年先も笑って暮らせるようにするためには、命のやり取りで間違えるわけにはいかないんです。コースター辺境伯について、王都の人間よりも詳しい貴方ならわかるハズです。王都でもし、私が選択を間違えて、領地の皆の命が危ぶまれても、皆は笑って許してくれるでしょう。そういう人たちです。そして、家族たちが知恵を振り絞り、被害を最小限に抑えてくれるでしょう。王位争いで荒れた時よりも、迅速に。斬り捨てるのは、私の命たった一つです。」
「…………。」
「誰がなんと言おうと、私はこの考えを変えるつもりはありません。私にとって家族が笑って生きてるのが一番重要なことなんです。たとえ、親不孝者だと言われても。」
「……………………ほんと、さすがあの二人の娘だよ。」
煙管の火を消し、悲しげに微笑むと立ち上がる。
「ちょっと待ってて。」
部屋を出ていく後ろ姿を見送る。
ふわりと香る煙管の匂い。
「…………まさか、ね。」
私が王命でココに来ていることを知っている。
お父様が長年懇意にしている相手。
マダムシャーリーをオバサマと呼ぶように指示してきた意図。
「待たせたね。」
部屋に戻ってきたマダムシャーリーの手元には小箱と手紙。
「ユリア・コースター。」
「…………。」
「アンタが学園に通うようになって、ココに来ることがあったら渡すように頼まれてた。オズワルドの計らいとは言え、渡せて良かった。」
渡された小箱を見て、手紙を見る。
差出人は書かれていない。
だけど、ユリアへと書かれたその字は見覚えのあるもので。
「……お母様…………?」
もう、見ることもできないと思っていた母の字が、私の名前を綴っていて。
「入学祝いだとさ。」
「え……?」
「去年渡せたら良かったんだけどね。まぁ、渡せて良かったよ。」
手紙を開けようか迷って。
絶対に泣いちゃうと思い、小箱に手をかける。
小さいのに、丈夫なその小箱は開けば立派なジュエリーボックスになっていて。
「キレイ……。」
「全部特注さ。この世に二つとないデザインの装飾品になってる。アンタたち兄弟全員の分をアタシは預かってる。ソレは、アンタの。」
「……ありがとうございます、マダムシャーリー。」
「壊れたら修理くらいなら請け負ってあげるよ。長年お世話になってるコースター辺境伯のお願いならね。」
「そうならないように気をつけるわ。」
小箱の中に入ってるアクセサリーが、コースター辺境伯の紋章ではなく、シンプルな雫型なのはお母様らしいね。
ね、オバサマ?
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




