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王太子と刺繍

お嬢様の許可をもらい、公務の合間に縫い物をする。

衣服のほつれ縫いから刺繍まで。


元々器用らしく、私が教えることはないんじゃないかと思うほどに上達している。


さすがメインヒーローというべきか。


「……、どうだろう。」

「縫い目はキレイですね。」

「良かった。」

「ただ……、ソレは……なんの花、ですか?」

「…………百合だ。」

「…………………………………………あ、百合ですね。はい。」

「無理するな、ユリア嬢。絵だけは昔から苦手なんだ。」


教えたことは、本当に完璧にできる。

縫い目も均一でとてもキレイだ。

だけど、殿下には絵心というものはないらしい。


「絵だけは昔から苦手なんだ。」


念押ししてくる殿下に苦笑する。


「殿下にも苦手なものがあったということのほうが驚きなんですが。」

「誰にも言ってないことだ。他言しないでもらえると助かる。」

「言わないですけど……。お嬢様は知ってるのですか?」

「マリアは知ってる。昔、一緒に庭の花をスケッチしたことがあるからな。」

「そうですか……。婚約者であるマリア様がご存知なら良いです。」


でも、意外というかなんというか……。

まさか、殿下が絵の才能がないなんて。

ゲームプレイしてる時は気づかなかったなぁ。

というか、公式サイトにもそんなこと載ってなかったし。

コレは、この世界に転生してこうして一緒に縫い物をしてないと気づかなかったことだ。

貴重な情報提供ありがとう、殿下。


「昔、父上が私の描いた絵を大笑いしてマリアに見せたことがあって。」

「…………。」

「大笑いしながら“コレがなんの絵かわかるか?”と問うたんだ。」

「なかなか最低なことしてますね、陛下。」

「当時の私は本当に恥ずかしくて、少し泣いてたんだが……。」

「…………ほう。」


幼少期の殿下の泣き顔……!?

なにそれ、見たかった。


「マリアは猫だと一発で悩むことなく当ててみせたんだ。」

「!」

「それから、父上の行動を咎めてくれて。そう思うと、マリアは昔からしっかりとしていたな。」

「さすがお嬢様。」


悪役令嬢は幼い頃から英才教育が行き届いていたらしい。


「なるほど。幼い頃から殿下はマリア・セザンヌ様一筋だと言いたいのですね?」

「!」

「聞いたら喜びそうなエピソードです。」

「な……っ!」


真っ赤になって顔を覆い隠す殿下。

その反応にニヤニヤとしたいのを抑えつつ、縫い針を握りしめる。


照れ顔いただきました!!

ありがとうございます、ごちそうさまです……!


「まさか殿下から惚気話を聞かせていただけるとは思いませんでした。」

「な、ちが……!今のはわざとではなく無意識で……!!」

「無意識にマリア様のことを思われていたと。」

「そうだ!いや、そうじゃない!別に四六時中マリアのことを考えてるわけではなく……!!」

「落ち着いてください、殿下。色々とボロが出てます。」


居住まいを正し、咳払いを一つ。


「礼をするから忘れてくれ。」

「心配しなくても、誰にも言いませんよ。」

「…………。」

「なんですか、その顔は。」

「ユリア嬢。正直に答えてくれ。花束と宝石ならどちらがほしい?」

「良い値で売り飛ばせるので宝石のほうがありがたいです。」

「正直過ぎないか?」

「冗談ですよ。さすがに貰い物を売ったりしません。」


もう一度王位争いが起きて、貧困が訪れない限り。

命が危ぶまれるようなことがない限り、そんなことはしない。


お嬢様の態度が軟化しようと。

殿下とお嬢様が無事に結ばれようと。

どうでもいい。


残りの金貨二千枚を無事に領地に持ち帰られれば、ソレで良い。


「ユリア嬢、イヤになったら領地に帰ってもらっても構わない。礼はちゃんとするから心配しなくて良い。」

「…………。」

「今、帝国の話が出ている。耳が早い貴族から噂話が回るだろう。そうなると、コースター辺境伯が必然的に噂の中心に巻き込まれていくことになる。マリアの護衛にと君を呼んだのは私達だ。」

「……お心遣い、感謝します。ですが、心配はいりません。何より、学園に通うのは貴族の義務。仕事の話がなくても、私は学園に通うことになっていたでしょう。ですから、殿下が思い詰める必要はありません。それに私、帝国の話がすべて悪いものとは思っていません。」

「…………。」

「私は、平穏を望みます。どんな思惑があれ、平穏(ソレ)が手に入るのなら、嬉しいことです。」


そう。

あのとき、お父様の質問に堂々と顔をあげて答えてみせた帝国の使者(あの男)の言葉に嘘はなかった。


あのときのやりとりの内容を殿下が聞いているのかは知らないけど。


「今よりもコースター辺境伯の領地が苦しむ結果になるかもしれないのにか?」

「変なことを言いますね、殿下。コースター辺境伯が、従順に王家の方針に従うとでも?」

「…………っ。」


傷ついたような、驚いたような。

なんとも言えない顔をした殿下にニコリと笑い、縫い終わったソレをソッとテーブルに置く。


「貴方が国民の命を預かっているように、私は領民の命を預かっています。守るべき者がいるのは同じでしょう?」

「…………コースター辺境伯の家紋か。」


私が施した刺繍に視線を落とす殿下。


「…………帝国の脅威にさらされないように尽力する。だから、ユリア嬢。私たちを……王家を、貴族を、見限らないでほしい。」

「変なことを言いますね、殿下。」


王都に来て、叶えたい夢は叶えられるかもしれない目標になった。

殿下やお嬢様に出会ったのは、モブキャラに転生した私にはもったいないくらいの奇跡。


王命さえなければ、私はメインキャラたちに関わることなく生涯を終えただろう。


「先にコースター辺境伯を切り捨てたのは、そっちでしょう。」


私達は何度も願った。


死に逝く人を見ながら。


届かない救援物資を待ちながら。


「死んだ命は戻らない。だからこそ、私達は未来に期待している。これ以上争いで死者が出ないことを願っている。殿下、意地の悪いことを言いましたが、私は貴方たちに期待しています。未来の国王と未来の国母に、勝手に希望を抱いてます。」

「ユリア嬢……。」

「国を治める人間として正しい判断を望みます。ソレがコースター辺境伯を見捨てる決断になったとしても。」

「何を…!!」

「全員が納得できる結末なんてどこにもない。王侯貴族が納得しても平民が納得するとは限らない。また逆も然り。わかっているでしょう、殿下。」

「…………っ。それでも、私は…………私は、綺麗事を実現したい。」


そのまっすぐな決意の言葉に小さく笑う。

そういう真っ直ぐさは、メインヒーローらしい。


「綺麗事を実現するのが役目なんですから、是非実現してください。」


お父様が昔よく言っていた。

綺麗事を実現できるのは権力者だけだと。

そしてその綺麗事を成し遂げようとする人物は一握りだと。

絵空事だと笑い飛ばす人間も居る中で、歯を食いしばって実現しようもする愚か者だけが掴める未来があると。


「ユリア嬢、もし私が間違えた選択をしたら遠慮なく怒ってほしい。」

「その役目は、婚約者様と側近に一任します。その方が効果ありそうです。」


その時、モブキャラの私はそばに居ないだろうから。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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