帝国の狗
車輪の跡を追いかけてついた屋敷。
まだまだ明るい時間帯。
「見張りが多いわね。」
「腐っても王族の血筋か。」
「乗り込むわよ。」
「本館と別館、どっちから探す。」
「ロイドは別館へ。エドワードを閉じ込めるなら、人目につかない別館に隠すと思うから。私は本館に行って、黒幕とっ捕まえて来るわ。」
「一人で行くつもりか?本館のほうが見張りの数も多いし、危険だ。」
「二人揃ってエドワードの救出に行く必要もないでしょ。何より、侵入に気づかれて証拠を隠される方が困る。救出と制圧同時にしたほうが良い。」
「…………はぁ。わかった。」
「じゃあ、そういうことで。」
見張りの目をかい潜り、庭の茂みに隠れて進む。
広大な庭と警備。
手入れの行き届いた庭は、眩しいくらいに美しい。
こんな状況でなければ、ゆっくりと眺めたいところだ。
「…………。」
警備の人間に見つからないように暗闇を進んでいると、明かりの漏れている部屋を見つけて。
周囲を警戒しつつ、窓へ近づく。
「全く。あの女がクロード様の婚約者だなんて悪夢も良いところだわ。あの女はずっと仮の婚約者で良いって言うのに。あんな女よりも私のほうがよっぽどふさわしいわ。」
激しい独り言の最中……ではないな。
もう一人、気配がある。
「まぁ、コレであの女がいなくなれば私が必然的に婚約者に昇格。ラチェットお兄様はダメね。商才と剣の腕前だけは立派だけど、使い物にならないし。お陰であの男にも愛想つかされちゃったし。」
あの男……?
「どうせ捨てる予定の男だったと言えど、先に捨てられるのは気に食わないのよねぇ。仮にも王家の血筋である私をふるなんて、身の程知らずも良いところよ。」
わずかに開いた窓の隙間にソフィア特性の眠り香を数滴垂らす。
風向き的にはコレで充分のハズ。
「あの男に捨てられたから、あんたたちと手を組んだのよ。そこのとこ、勘違いしないでよね。本当なら帝国には関わりたくなかったんだから。」
「……えぇ、わかっておりますよ。我々は利害の一致で繋がっている。それ以上でもそれ以下でもない。」
「わかってるなら良いわ。」
「見返りの件、忘れてはいませんね?」
「えぇ、もちろんよ。私があの女を消す手助けをしてもらう代わりに貴方たちに支払うのはこの国での地位。貴方たちが私に支払うの、は……?」
「……お嬢さん?」
パタリという音と戸惑いの声。
「一体何…………が……?」
そして、もう一つのパタリという音。
窓から覗けば二人とも倒れていて。
さすがソフィアの薬。
たった数滴で夢の中とは。
室内に侵入し、深い眠りについてるのを確認すると近くにあった良さげな紐で身体を縛り、猿轡をはめる。
そのまま床に転がして、部屋の中を物色。
こういう悪いヤツらは机の引き出しとクローゼットの中に重要書類を隠しがちだ。
もちろん、周到なヤツは銀行に預けていたりする。
「ビンゴ。」
出てくる出てくる、今回の犯罪計画書と帝国との密会を裏付ける手紙が。
大方、裏切られたときのために保管していたんだけど……仇になったわね。
「なんの騒ぎだ!?」
「そ、それが……。」
「騎士団が一体なんのよ……、殿下!?ど、どうなされたのですか!?ラチェットはココ数日帰ってきてませんが!?」
「カルメーラ卿、この屋敷に誘拐されたとある貴族の令息がいると知らせが入った。すまないが中を改める。」
「誘拐!?この屋敷に!?」
「調べろ。」
来たわね、殿下。
近づいてくる足音に、証拠書類をわかりやすくテーブルの上に置いて窓から脱出する。
ドアノブをガチャガチャとひねる音が聞こえたかと思えば、体当たりの音がして。
「な……!」
「コレは…………。」
「だ、誰だこの男は!?なぜ娘の部屋に見知らぬ男がいて、二人揃って縛って転がされているんだ!?」
「…………どうやら、帝国の男らしい。」
「な……、帝国?」
「ココに仲睦まじいやり取りの証拠がどっさり山のようにある。」
「な…………。」
「殿下、どうやら眠らされているだけのようです。起こしますか?」
「いや、必要ない。そう簡単には起きないだろうから、城に連れ帰り話を聞くとしよう。カルメーラ卿、一緒に来てもらえるか。」
「そ、それはもちろん、殿下への協力はおしみませんが……。誘拐された令息がどこにいるのか聞かないと……。」
眼の前に現れた二人の人影。
そのうちの一つである弟に手を伸ばす。
「怪我は?」
「ない。」
「そう。」
「姉さん、コイツどうする?とりあえず、エドワードが手を貸してもらったっつてたから、監視がてら連れてきた。」
ロイドが指し示すのは、ロープで縛られた一人の男。
「お初にお目見えします、コースター辺境伯ご令嬢。」
風向きのせいか、ふわりと漂ってきた香りに目を細める。
「貴方、皇太子の側近?あの手紙を陛下に届けたのは貴方ね。どうしてこんなところにいたのかしら。」
「帝国からの使者ということで、正式な手続きを踏んで国王陛下にはご挨拶させていただきましたよ。ココにいたのは、お互いにとっての害虫を駆除するためです。」
チラリとロイドを見れば、小さく頷く。
どうやら、ロイドたちもそういう説明を受けてるらしい。
「アレは皇帝陛下が関わっているように思えない手紙の内容だったけど?」
「お察しの通りです。ですが、帝国が発行した正式な和平条約の手紙でもあります。皇帝はソレを無下にはできません。今頃帝国では、王国との和平条約の話が広まってるでしょうから。」
ニコリと微笑む使者に眉を寄せる。
そんな私の反応を見て、ニコリと微笑む。
「私達が揃って国王陛下に謁見し、返書を持ち帰ることでソレは帝国が王国と正式に交わした国約になる。誰にも文句は言われない、明確な文書です。」
「私達を利用したわね。」
「コースター辺境伯が関わって来るのは、予想外でした。王太子の婚約者であるご令嬢が誘拐されて、おまけでコースター辺境伯のご令嬢が関わってきたとしても、コースター辺境伯自身が関わることはないと考えていましたから。」
「…………。」
「全く。ココで当主本人が王都に出向いているなんて……。あの地を制圧できない言い訳には使えないってのとですよ?全く頭が痛い話です。でもまあ、良い収穫はありそうですから、縛られたままで良いので連れて行ってくださいますか?あぁもちろん、私はコースター辺境伯の人間に縛られるのは致し方なしと考えてはいますが、この国の人間に縛られるのは国賓として文句言うつもりなので。」
「ただの嫌なヤツじゃない。」
「ひどいですね。」
「まぁ良いわ。何があったかはエドワードとロイドから聞くことにする。ロイド、その人が逃げないように先に城へ戻ってて。」
「姉さんは?」
「私は殿下と合流して一緒に戻ることにする。少し、気になることがあるから。」
あの男が誰なのか、調べる必要がある。
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