お忍び王都
笑顔のアルベルトを信じるんじゃなかった。
「楽しみね、ユリア。」
「お嬢様、お願いですからちゃんと顔隠してください。」
「ユリア姉!あのお店は何!?」
「姉ちゃん、アレが言ってた食堂?」
今、私の眼の前にはウイリアムとエドワードが居る。
そして、私と手を繋いで歩いてるこの平民の格好をしたお方こそ、マリア・セザンヌ公爵令嬢である。
お忍びの服を着ていても溢れ出るお貴族様オーラ。
私達三人のモブキャラオーラでなんとか、ごまかせている。
どうやら、とびきり美人な姉が居る兄弟だと思われているらしい。
「ロイド兄もくれば良かったのにね。」
「兄ちゃんはあとで合流するって言ってたぞ。姉ちゃんに話があるからって。」
「へぇ。」
二人がキョロキョロと物珍しそうに視線を彷徨わせる。
そんな二人にお嬢様が小さく笑う。
「初めて城下街に来たときのユリアと同じ反応ね。」
「浮かれてた自覚はあります。」
お嬢様がくすくすと笑うから、苦笑する。
あの時は、本当にココが乙女ゲームの世界で私の現実なのだとテンション爆上がりしていた自覚はある。
ヒロインと殿下のフラグを折るために、お嬢様をそそのかしたり。
「アレ何してるんだろ?」
「見てくる!」
「あ、エドワード!勝手に行くな!」
そう言ってエドワードを追いかけていくウイリアム。
「二人共大人しくしてくれないかしら。」
人混みに飲まれて姿が見えなくなった。
が、問題ない。
「何かしら、あの人だかり。」
「その人だかりの中に二人が居ると思うので、行きましょうか。私から離れないでくださいね。」
「離れたくても離れられないわよ、コレじゃあ。」
しっかりと手を握ったまま、人混みに近づく。
だけど、決してその中に足は踏み入れない。
お嬢様を危険からは遠ざけたいから。
「見えないわね。」
「そうですね。でも、ダメです。すみませんが一歩、私に近づいてください。」
「こう?」
お嬢様が一歩私に近づくのと同時に、傍を何かが通り抜ける。
「…………え?」
「向こうで誰かが喧嘩してるようです。危ないので、こっちへ。」
私がお嬢様の手を放し、腰を抱き寄せるのとほぼ同時に隣に気配。
飛んできた串やら石を叩き落とす二人。
「向こうで誰か喧嘩してるみたいで危ないから、あっち行こ。姉ちゃん。」
「吟遊詩人が広場で唄を聞かせてるみたい。この人混みはそのせいだって。僕、興味ないからあのお店見たい。良いでしょ、ユリア姉。」
ニコリと微笑んで振り返るから、肩を竦める。
「勝手に傍を離れないようにね。」
「「はーい。」」
全く、返事だけは良いんだから。
「姉ちゃん、あの店行きたいから一緒に行って。」
「ユリア姉、あっち見に行きたい!」
「じゃあ、順番にね。」
「「えー!」」
「えー、じゃなくて。」
「あ、じゃあ僕買ってくるから、あのベンチ座って食べよ!」
「勝手に傍を離れないようにって言わなかったかしら、たった今。」
エドワードの首根っこを掴んで引き止める。
「それなら、姉ちゃん。僕と一緒に買いに行こうよ。」
「ウィル。」
「エドワードはマリア嬢とここで待っててもらおう。」
「でも……。」
「姉ちゃん仕事なのはわかるけど、お忍びだよ?それに、いざとなったら僕達よりもエドワードが傍に居るほうが安全なのは、わかってるでしょ?」
「…………。」
確かに、兄弟一の逃げ足の速さを誇るエドワードが傍にいればお嬢様が危険に巻き込まれる心配は少ない。
腕っぷしに不安は残るものの、逃げ足だけは信用できる。
「それとも姉ちゃんは王都に不慣れな弟二人に勝手に行動して欲しいの?」
そのトドメのセリフにエドワードを放す。
「……はぁああああ。わかった。わかりましたよ、ったく……。エドワードと一緒にココから動かずに待っててもらえますか?すぐに戻ってくるので。」
「ユリア姉!俺、あのお店入って待ってる!さっき中の様子見たけど、怪しいやつ居なかったし大丈夫!」
エドワードが指差す方向にあるのは女性向けの仕立て屋。
お嬢様を見れば、行きたいのかワクワクとした表情を隠せないままこっちを見てくる。
コレ、私が何を言っても無駄なやつだ。
「わかったわ。じゃあ、ココに集合ね。で、何かあったら絶対に合図すること。良いわね?」
「はーい!」
「わかったわ。」
「じゃあ行こ、姉ちゃん!エドワード、迷惑かけちゃダメだぞ。」
「ウィル兄こそ、ユリア姉に迷惑かけんなよ!」
二手にわかれて、目当ての店へと入る。
怪しい気配はない。
が、油断もできない。
なにせ、久しぶりのお忍び城下だ。
お嬢様とエドワードが店内に入ったのを確認して、ウイリアムと一緒にその列に並ぶ。
「姉ちゃん。」
「ん?」
「先に謝っとく。ごめんなさい。」
「何に対しての謝罪?何かを隠してること?それとも、わざと二手に別れたこと?」
「!やっぱ気づいてた?」
「ロイドが後で合流ってところが違和感ありすぎよ。それで?狙いは何?」
「それは────」
ウイリアムの言葉を遮るように、集まっていた人々の歓声が辺りに響いた。
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