秘密の特訓
お嬢様にいつも通り、簡単な回避行動を訓練する。
その後のみんなが寝静まる少し前。
使用人としての仕事を終えた後。
「やる気あるんですか。」
「こ、れが……っ!必要、なんですか…!?」
ステラには、筋トレをしてもらっている。
汗臭いことは嫌がるだろうと、ただ両手に分厚い本を持たせて、上下させてるだけだが。
「力が弱いと押し負ける。同じ女性でも私と貴方では私が勝つ。」
「それはそうでしょうけど!」
「男女ともなれば力の差は歴然です。まだ私は子供ですが、ステラさんは大人です。男女の差なんてとっくに出てるんじゃないですか?」
「う……何気に失礼な事を言いますね。」
「侍女の仕事は体力も筋力も使いますが、使う筋力が違います。ウイスキー伯爵の教育の賜物ですね、体幹がすごく良いですよ、ステラさん。」
「腕、千切れそう……!」
弱音を吐くステラに小さく笑う。
「何を言ってるんですか。そのくらいの重たさがないと人を殺すのも意識を奪うのも難しいですよ?技術が求められてきます。一朝一夕で身につくものじゃないです。」
プルプル震えていたステラが、本をドサリと置いた。
んー、まぁ五分もったのはさすがとしか言いようがない。
たいていの人は一分もその体制をとっていれば、音を上げるというのに。
「…………ユリアさん。一つ、聞いても良いですか。」
「何でしょう。」
「どうして、力を身に着けたのですか。辺境伯家だから、ではないですよね?お嬢様について王城に行った時、何度かコースター辺境伯はお見かけいたしました。武力にこだわるような方には見えませんでしたが。」
「……ソレに答える意味がありません。故に、その質問にはお答えできません。」
「教えを請う者として、知りたいです。」
「信用できないのならソレで良いです。私は貴方に教えを求められたから教えているだけです。私は雇われたからココにいるだけです。」
私と貴方じゃ見ている世界が違う。
守りたい世界も違う。
知ってほしいとも思わない。
言うつもりもない。
「もう遅いですから、このくらいにしましょう。ステラさん、お疲れ様でした。おやすみなさい。」
無理やり話を切り、部屋を出る。
私は、辺境伯家長子。
跡継ぎは、ロイド。
あの時の誓いも思いも、まだ、胸に残ってる。
深呼吸を一つして、裏口から外に出る。
静寂だけが、広がる。
領地では当たり前に聞こえてくる喧騒も、ココにはない。
「…………。」
夜になると警備が厳重になるとは聞いていたけど、こんなあからさまな警備……。
いや、ダメとかじゃなくて。
そりゃ昼間の方が人数少なく見えるわ。
「こんな夜更けにどうされましたか。」
「眠れなくて、外の空気を吸いに。申し訳ありません、お仕事のお邪魔をして。」
「いえ、お気になさらず。ですが、危ないので早めに中に入られる方が良いでしょう。」
「はい。」
促され、粘るのもどうかと思い素直に言うことを聞く。
「どうした?」
「いや、使用人が一人眠れないからと。」
「まぁ、しょうがないな。ココ最近ずっと物々しいから。気分転換もできないんだろ?」
「お嬢様もあんまり部屋から出られないって話だもんな。」
「…………。」
扉から離れて、部屋に戻る。
私は王家からの命令でこの屋敷に来た。
お嬢様を婚約者として確立するために。
「……はぁ。帰りたいな……。」
みんながいる領地に帰りたい。
でも、仕事だから。
ちゃんとやるわ。
給金もらってるからね、その分は働かないと。
今度帰る予定がついたら、みんなに王都土産買って行こう。
「ユリア様。」
「ガーディナ様。このような夜更けにどうされましたか?」
「……殿下からの手紙をお預かりして参りました。」
「殿下から……?」
渡された手紙を受け取り、封蝋を見れば王家の紋章。
裏返せば、クロード・カルメの直筆サイン。
この世界のメインヒーローで、マリアお嬢様の婚約者。
一番人気、正統派ヒーローからの直筆の手紙。
額縁に入れて飾りたい。
「なぁんて。さぁて、どんな指示が書かれているのか…な…………?」
ガーディナ様が視線をそらす。
「ガーディナ様、お返事を書きますので早急に届けて頂いてもよろしいですか?」
「もちろんです。そのために居ますから。」
「ありがとうございます。急いで準備しますね。」
廊下をそれなりのスピードで進み、与えられた部屋に入る。
そして、部屋に入り持ってきていた数少ない便箋を手に取り文字を綴る。
「なぁにが、陛下の勝手な判断で関与していない、よ!ちゃんとアンタのサイン入ってたっつうの!というか、ガーディナ様を派遣してきてる時点で私を監視するためのものだってわかるってーの!」
私の手伝いなんて言って、私を気に食わない殿下が派遣してきたことくらい把握してるってーの!
私の邪魔はして来ないから良いやと思って放置してるけど。
「コレを婚約者を思うがゆえの行動ととるか、別の目的の布石かと考えるのは疲れるわね……。」
まぁ、わざわざ辺境地に依頼をかけてくるくらいだから、マリアお嬢様のことを多少なりとも気にかけてると思いたいけど。
ゲームでもヒロインと出会って親密になっていくまでは、婚約者を大切にしている描写がいくつもあったし。
「よし、書けた。」
辺境伯の封蝋は持ってきてないので、薔薇の封蝋で閉じる。
部屋を出れば、ガーディナ様がすぐ傍で待っていてくれて。
「おまたせしました。」
「いえ。では、これで。」
「はい、お願いします。」
その後姿を見送り、部屋にはいる。
「…………クロード・カルメ。メインヒーローにして正統派ヒーロー。金髪碧眼の超美男子。」
マリア・セザンヌ公爵令嬢とは幼い頃から婚約者であり、初恋である彼女に一途に想いを向け続ける。
という設定だったハズ。
多分。自信ないけど。
「攻略対象を生で見たいけど、恋愛のいざこざに巻き込まれるのだけは勘弁して欲しい。」
私はマリアお嬢様を守らなければならない。
殿下との婚姻の儀まで、確実に。
ヒロインに殿下を攻略されるわけにはいかない。
「絶対に、金貨五千手に入れるのよ……!!」
モブだけど、世界観楽しんで長生きするために!
王命を遂行する!!
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝