売られた喧嘩
王妃の手術は何人もの卒倒者を出して終了。
センセーの引き継ぎ役としてソフィアと王城医務官が数名選出され、みっちり講義されていた。
まぁ、倒れなかった優秀な人達だ。
「センセー、領地までの護衛役でグレムート様が選ばれたみたいだから、気を付けて帰ってね。」
「はい。ありがとうございます、お嬢様。」
「ソフィアとアルベルトもつけましょうか?」
「大丈夫ですよ。お嬢様、ソフィアは今も昔もお転婆で聞き分けの悪い子です。あの子たちが素直に従うのはお嬢様の意見です。」
「…………えぇ、知ってる。安心して頂戴。何事もなく無事に領地に帰すから。」
センセーの手を握る。
たくさんの命を助けた、お父様とは違った分厚い手。
我が領一番……、王国一番の医者。
「自分の命優先にして何が何でも生きて帰る。この約束を違えることはないわ。」
生きて帰る。
私達コースター辺境伯を見殺しにしてでも。
「…………領主様も我々も、お嬢様たち全員の無事の帰還を願っております。」
「心配しないで、約束は守るわ。それに、あの子が貴族籍を手に入れただけで、何も変わらない。今こうして私のために学園に通っているだけ。あの子の夢は昔から変わらないわ。センセーの後継者として、領地で薬師をすることなの。だから、大丈夫。私は……、私達は何一つ取り上げるつもりはないから。」
「……あの子の夢は、許されますか……?」
「当然でしょ?許さないなんて言われたって私達が許すわよ。だから、あの子を立派な薬師にしてくださいね、センセー。」
その手を放せば、強く握りしめられる。
「あの子を……、ソフィアを……、私達のたった一人の娘を、どうか。どうか、よろしくお願いします、ユリアお嬢様。」
震える手、震える声。
ぽたりと落ちる雫。
「うん、任せて。」
ニコリと笑って応えれば、安心したように微笑む。
放される手と拭われる雫。
最後にもう一度別れの言葉を紡ぐと、背を向けて歩き出す。
その姿を見送り、深呼吸を数回。
「責任重大だな、姫さん。」
「戦地に送り出す時よりも気が楽よ。」
王都で的になるのは、一人で充分だ。
「ソフィアが泣いて喜ぶな。」
「冗談。あの子は怒り狂うタイプよ。」
アルベルトの横を通り過ぎ、お嬢様たちと雑談していたソフィアに近づく。
「さすが姫さん、俺達のことよくわかってんな。」
「当然。」
私がソフィアの名前を呼ぶ前に、ロイドが近づいてきて首根っこを掴まれる。
「ちょ、ロイド!?」
グイグイと引っ張られるがままになっていると、ポイッと捨てるように放されて。
「お姉ちゃんの扱いが雑すぎると思います。」
「ユリア。」
「!」
久しぶりにロイドが名前を呼んだ……!!
お姉ちゃん、感動…!!
「ふざけてる場合かよ。」
その怒気をはらんだ声に目を数回瞬く。
はて、怒られることをしたかしら。
「本気で忘れてんのか?あんな熱烈な恋文もらっておいて?」
「あぁ……アレか。」
牢に入れられる前にラチェット様経由でもらった手紙。
そういえばアレ、ロイドに預けてたんだっけ。
「何。そんなに怒ってるってことは、新しい手紙でも届いた?」
「そーだよ。」
ペシッと額に押し付けられるソレを痛いと文句を言いつつ受け取り、中を確認する。
「コレも、ラチェット様経由?」
「王都の邸に直接届いた。」
「あらら。それは大変。」
「あららって……思ってないだろ。」
凄むロイドに笑いながら手紙を折りたたむ。
一通目は以前渡されたラチェット様からのタレコミ。
もしかしたら、家族の誰かが帝国と繋がっているかもしれないから、相談したいと書かれていた。
二通目……、正しく王都の邸に届いた手紙の一枚目。
ラチェット様経由で届いたのは大規模な誕生日パーティーの招待状。
剣術大会でラチェット様を倒した私に会いたいらしい。
というのは建前で、大事な話があるから面貸せと書かれていた。
そして二枚目には、貧乏貴族な私には王都で最新のドレスなんて買えないでしょうから買ってプレゼントしてあげましょうかと書かれていた。
王都に届いた手紙は二枚ともに、同じ筆跡。
誰かが代筆した感じでもない。
「そんなに怒らなくて良いじゃない。たかだか世間知らずのお嬢様の戯言でしょ?私達が貧乏貴族だなんだと言われるのは今に始まったことじゃ…………なにそれ。」
気の所為じゃなければ、手紙に血がついてる。
「小鳥の亡骸と一緒に匿名で届いた。筆跡は同じだから、同一人物だ。」
たった一文。
「貴方とは違う、私は選ばれた人間…………ね。」
「…………。」
「ひょっとして喧嘩売られてる?」
「おせーよ。」
「んー、でもそのくらいなら別に怒るほどでもないでしょ?子爵がよく似たような嫌がらせしてきてたじゃない。」
「コレ見つけたの、ルナとユミエルなんだ。」
「売られた喧嘩は高価買取で返品不可よ。ラチェット様と商会の話のついでに会う約束を取り付けてくるわ。その間にお父様に連絡をとって、排除して良いか確認しましょう。仮にも王家の血筋だから、慎重にいかないと。」
あの二人に嫌な思いをさせた罪は償ってもらいましょう。
領地に居る頃はルナだって見るたびに泣いていた。
何より血や誰かの死はトラウマになってもおかしくない。
「そういうと思って、親父には連絡とってある。王国から独立して生計を立てる計画も順調に進んでいるから問題ないって。詳しいことは帰って確認してくれ。」
「了解。それなら遠慮はいらないわね。私だけならまだしも邸のみんなにも迷惑がかかっているなら、排除しないと。」
ヒロインと一戦交える前にモブキャラの駆除なんて、モブキャラと思わない?
マジでこうなったら計画を前倒しにして、なんとしてでも領地のみんなにラクさせてあげないと。
「私は商会の方に根回ししてくるから、ロイドは邸の方をお願い。みんなのケアよろしくね。」
「邸に帰って来ないのか?みんな心配してるぞ。」
「先にラチェット様たちと話をしてからよ。元々標的は二人居たんだし、問題ないでしょ?」
ニコリと笑えば、大きく息を吐き出して。
「邸で待ってる。話を詰めるぞ、姉さん。」
「うん。」
根こそぎ叩き折って再起不能にしてやるわ。
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