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ひとまず無罪

手錠をかけられ、喚く夫人にもはや言い逃れる(すべ)はなし。


ガチャリと手枷が外され、ようやく身軽になる。


プラプラと手を振り、固まった身体をほぐす。


「はぁ。ありがとうございます、ラチェット様。お陰で助かりました。」

「うむ、問題ない。」


ラチェット様にペコリとお辞儀をし、喚く夫人に近づき見下ろす。


「王妃様を私を犯人に見せかけて毒殺しようとした理由は?」

「…………っ!」

「あぁ、王妃毒殺未遂の理由は聞いてないわ。私を犯人にした理由を聞いてるのよ。」


深く息を吐き出して、夫人に視線を合わせるためにしゃがむ。

群衆の方に向かって手を上げグーパーと動かせば、投げられる小さな袋。


ちょっと勢いが強い。


「実はコレにね、貴方が購入した毒と、王妃様が服用していた薬が入ってるの。」


袋から数粒取り出す。


「王妃様、貴方が服用していた薬、コレで間違いないですか?」


手のひらを向ければ、手招きされる。

そのまま玉座への階段を登り近くで見せれば、小さく頷く。


「えぇ、このような模様が入ってたわ。」

「そうですか……。薬の成分についての説明は後ほど両陛下にしますね。」


ニコリとほほえみ、再び夫人に向き直る。


「私ね、とっても不愉快な思いしたのよ。だから、コレ、飲むなら許してあげる。」

「な……っ!!」

「大丈夫よ。貴方が用意した通りの軽量の毒だから、一回の服用じゃ死なないわ。一粒くらい平気よ?」


ラチェット様が優しいから、ソリュート侯爵とは無関係ですって証明されちゃったから。


「そんな怯えた顔しないでください。貴方が闇商人と繋がりを持てた理由とか色々と聞き出さないといけないことがあるのは重々承知ですからね、私。そう簡単には殺しませんよ。」

「わた、私にこんなことしてただで済むと……っ。」

「たかだが伯爵家の分際で辺境伯の私に勝てるとでも?ましてや私は貴方に濡れ衣着せられたんです。貴方こそ、コースター辺境伯を敵に回したと理解したほうが良い。」

「…………っ。」


顔面蒼白で気を失った夫人を支えるように騎士たちが連行していく。

まぁ、アレは支えるというよりは運ばれると言ったほうが正しいか。


「これにてユリア・コースターの口頭試問を終わりとする。ユリアよ、ワシらにその薬について詳しく教えてくれるか?」

「えぇ、もちろんです陛下。その前に私の心配性な家族たちと話をしてもよろしいですか?」

「許可する。」


ざわざわとする貴族たちの間を縫って三人が飛び出してくる。

そしてそのままタックルと言う名の抱擁とゲンコツをもらう。


「痛い!」

「姫さん、怪我は!?」

「たった今したわ。」

「信じられない、ユリア!!アンタ本当に馬鹿!?あんな無茶するなんて信じられない!!」

「今回の件、親父は呆れてたぞ。」


グリグリと頭やら身体やらに攻撃される。


「ソフィアならどうにかしてくれるって思ってたし、ロイドとアルベルトならどう動くか言うまでもないかなって。家族を信じた私の勝利でしょ?」

「「バカ!!」」

「痛い!!」


頬をぷにぷにと引っ張られる。


「無事で良かった……っ。」

「……、うん。ありがと、みんな。」

「…………話は済んだな?色々と聞きたいこともある、皆を部屋に案内しろ。」

「はい、陛下。」


書記官長が私達を先導するように歩き出す。

そして通されたのは王城の応接室。

いつ来ても高価なものが並んでいる。


「ユリア!!」

「え、お嬢様!?」

「…………っ。」

「わっ!」

「ユリア嬢、無事で良かった。」


抱きついてくるお嬢様を受け止め、殿下の言葉に苦笑する。

この二人には何も伝えなかったからなぁ。


「こちらこそ、色々と手助けしていただき、感謝します。お嬢様も、座り心地の良い椅子をありがとうございます。とても重宝しました。」

「…………、ソレは何よりだわ。」


お嬢様の涙を指先で拭えば、目元を赤くしたまま笑う。

こんな優しい人なのに、悪役令嬢だもんなぁ。


「揃って居るな、皆、座りなさい。」


陛下の言葉に全員がそれぞれソファに座る。

陛下と王妃が並んで座る。


さっきとは違う迫力があるなぁ。


「ユリアよ、色々と説明して欲しいのだが。」

「んー、じゃあまずこの薬からですね。て、ラチェット様は居ないようですが……?」

「アヤツは帰らせた。あまり情報が漏れるのは良くないからな。」

「ふーん?」


まぁ、ラチェット様には私とお嬢様の関係知られてないしね。


「えっと、この薬はソフィアに頼んで再現してもらったものです。ソフィアは我が領自慢の薬師の娘ですから。王妃に薬を届けたのが誰かは知りません。ただ、薬を届ける手配はそこで何食わぬ顔をして立っている書記官長にお願いしました。」

「「え。」」


誰の驚愕の声だったのか。

全員の視線が集まるのにも関わらず澄まし顔で口角だけを器用にあげる。


「ソフィア、薬の調査結果報告。」

「ユリアお嬢様の指示の元、薬の分析。結果、王妃様が定期的に服用している薬に微量の毒物が検出されました。身体に影響が出るものではありません。王妃の身体の不調は薬の飲み合わせが悪いことが原因です。主治医から渡される薬をやめると同時に身体の異変は和らいでいると思います。」

「言われてみればそうね……。でも、あの薬は前任の医務官にも処方してもらっている薬よ?」

「前任の医務官は、筆頭医務官でしたね。ワイナール侯爵の元でちょうど働いておられたので話を聞きたしたが、調合されている薬草が違いました。あと、錠剤ではなく粉薬です。」

「あ……。」

「腕に斑点模様が出でしたね。アレは薬に対する身体の拒絶反応です。時間が経てば治るので、気になるでしょうが、触らずに治るのを待ってください。」

「わかったわ。」

「あぁ、それから。今飲まれてる薬は感染症の菌を殺すためのものです。あくまで症状の進行を遅らせる(もの)であり、解決する薬ではありません。前筆頭医務官に聞きました。ソレは感染症の一つです。王国内では事例が少ない病ですが、治す術はあります。まぁ、切開になるのでお好きなように。」

「切開!?」

「身体を開く、ということですか?」

「えぇ。…………アレ?コレってウチだけなの?」

「え?いや、お父様がちゃんと対処法として王都にも報告書を上げてるから、知られてる方法だと思うわ。」


外科手術なんて、近未来的な方法ではあるけれど。

領地では普通に行われる。

だから、鉱山から錆びにくい鉱石が出た時は積極的に執刀用メスとか医療品に全振りしてる。


「先ほども言いましたが、感染症の菌は薬である程度減らすことはできますけど、完全に治すには切開して悪いところを切り落とすしかありません。腹部あたりが不自然に膨らんでませんか?ソレが、原因です。今回の感染症は経口感染……つまり、口から感染するものです。」

「対策はあるのか?」

「煮沸して殺菌すれば感染しませんよ。侍女たちが王妃様の口にするものに手を抜いたんじゃないですか?もしくは給仕係が。」


ソフィアがニコリと笑って王妃を見る。


「幸いなことに領地から父が来てるので、切開は可能です。でも今日で帰るので、明日以降は諦めてください。」

「センセー来てるの!?」

「うん。お父さんが協力してくれた。」

「わざわざ来てくれたの!?」

「ワイナール侯爵が領主様に頼まれてたみたいよ。」


ポカンとしていればリッド侯爵が満面の笑みを向けてきた。

あぁ、お父様……、本当すごいんだけど。


最強のモブキャラはラチェット様じゃなくてお父様かしら。


「薬に関する報告は以上です。」

「ありがと、ソフィア。まあ、そういうわけなので。すぐ死ぬ病ではないので、王妃の判断に任せます。」

「受けます。」

「ルル!」


陛下の悲鳴にも似た呼びかけが部屋に響く。


「受けます。私まだマリアにお義母様と呼ばれていませんし、マリアの純白ドレスも見ておりませんし、クロードがマリアと新婚生活して頬をビンタされるシーンも見ておりません。だから、こんなところで死ぬわけにはいかないのです。」


なんだろ、大半がマリアお嬢様に対するラブコールだった気がする。


「すぐに受けられますか?」


王妃の問いかけにリッド侯爵を見れば、ニコリと文官らしく貼り付けた笑みを浮かべて。


「リッド侯爵、センセーはどこ?」


そう尋ねれば、続き部屋の扉を開いて。

ゆっくりと現れるおじさまに安堵の息を吐く。


「センセー!一人で大丈夫だった!?何もされてない!?お父様のお願い聞いてくれてありがとう!」

「大丈夫だよ、お嬢様。ソフィア、手伝ってくれ。」

「わかった。」

「センセ、俺も手伝う。」

「ありがと、ロイド坊っちゃん。慣れてる子たちが手伝ってくれるのはありがたいよ。では行きましょうか、王妃様。」

「…………。」

「心配しないでください。最善を尽くします。」

「…………えぇ。わかりました。お願いします。」

「ルル……。」

「そんな心配そうな顔をしないでくださいな。私、皆さんにお礼もできてないのに死ねませんわ。」

「あぁ、そうだな……。」


ソフィアたちが部屋を出ていくのを見送る。

部屋には陛下と殿下、お嬢様、アルベルトが残る。


「それで、私をはめようとした方々にはどのような罰をお与えになる予定ですか?」

「その件に関しては司法省に任せてある。」


その言葉に思わず眉間にシワが寄る。


「今回の口頭試問は貴族たちに王家とコースター辺境伯家の関係を見せるための場だった。全ては司法省にて行われる裁判の結果次第だ。」

「なるほど。今回で私の無罪が証明されたのを有罪にすることくらい簡単だと言う事ですね。」

「でもよ、姫さん。可能か不可能かで言えば確かにソレは可能だが、大きな代償は伴うだろ?今回の口頭試問は、結構な貴族が居たみたいだぜ?」

「だからよ。」

「?」

「貴方たちが奔走して調べてくれた情報だけでもそれなりの貴族が関わっていたハズよ?その貴族全員が口裏を合わせれば私が犯人だと証明する証拠を今回以上に捏造することは可能だわ。」

「…………なるほど。だから、ロイド坊っちゃん、動かなかったのか。」


アルベルトが独り言のようにつぶやく。


やっぱりアルベルトは頭が良い。


「ラチェット・カルメーラの提示した証拠とソフィアの提示した薬。あれだけで解決できたのは、予想外に良い働きをしてるってことだろ?」

「そういうこと。私達が掴んでるその証拠を司法省で行われる裁判まで絶対に漏洩しないように。私が有罪になるのは構わないけれど、家族に迷惑をかけるのは不本意だもの。」

「姫さん、俺達は姫さんが大切だ。そう簡単に諦めねーでくれ。」

「大丈夫よ。いざとなったらその場にいる全員皆殺しにして逃亡するから。」

「わかった。そのときは手伝う。」


真剣な表情で頷くアルベルトに笑いながらお礼を言う。

まぁ、そんなことにならないように手を打つんだけどね。


「ユリア嬢たちならできないことではないというあたりが怖いな……。」

「そうですね……。でも、ユリア。貴方が居なくなったら困るわ。貴方は私の護衛なのよ?」

「そうですね。でも、お嬢様。私は確かに王命で貴方に仕えてますが、ソレは私が生きて傍に居るというのが前提です。私がこの王命で命を落とした時の決まり事はありません。」

「────」

「大丈夫ですよ。学園に居る間は私が居なくてもソフィアにアルベルト、ロイドが居ますから。」


そのためにソフィアは学園に居る。

ソフィアにそんな気がなくても、私とお父様の頭にはその計算があった。


「姫さん。」

「怒らないで、アルベルト。そうならないための計画でしょ?」


死ぬつもりはない。

だけど、計画通りにいかないことだってある。

だからこそ、最悪を想定した覚悟は必要。


「あ、そうそう。王妃様の件で陛下たちにお願いがあるんです。」

「お願い?」

「はい。庭園に植えている茶葉について。」


私の言葉が以外だったのか、三人が目を瞬いた。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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