辺境伯流の特訓
貧乏貴族と呼ばれてるのは知っていた。
でもまさか、野蛮令嬢だなんて信じられない。
そう思って、お父様に手紙を書いた。
けど、一向に返事は来ない。
いや、仕方がない。
時期が悪い。
領地の整備が最優先だ。
「お嬢様のような非力な女性でも、このくらいならできるハズです。というかできてください。お仕事が増えます。」
だからコレは別に、八つ当たりとかそんなんじゃない。
「よ、避けるって言ったって……!」
表情がひきつるお嬢様の頭には五冊の本。
今日から、護身術をお嬢様に覚えてもらう。
「このくらい見えなくても避けてください。大丈夫です、お嬢様ならできます。避けられないなら扇で払い落としてください。」
むしろ、向かい合ってるんだからそんなにビビらないでほしい。
「扇が破けるわ……!」
「破けないように、特注の扇をお貸ししてるではないですか。ほら、集中。」
「く……!」
布切れを丸めたものをお嬢様に緩急つけて投げる。
避けるのに意識を集中すれば頭から本が落ち、本に集中すれば布が当たる。
先程からお嬢様はその繰り返し。
それでも泣き言一つ言わないのは公爵令嬢としての意地か、王太子への愛ゆえか。
こういうところが悪役令嬢と呼ばれるくらいの気の強さなんだろうけど。
コレがヒロインだったらポロポロと泣いてるに違いない。
そして断罪される。
「たかだか当たっても痛くないこの布の切れ端くらい避けてくださいませ。もしくは扇で払い落とす。ナイフとか矢が飛んできたらどうするのですか。死にますよ。」
「う……わかってるわよ。」
ついこの間までエドワードに布切れを投げていたのが懐かしい。
ソレを見て楽しそうだと言ったリオネルとアインがウィルに投げてもらってたのは微笑ましかった。
「……、どうして貴方はこんなことができるのよ!辺境伯はこんな教育をしているせいで貧乏貴族って呼ばれてるんじゃないの!?」
「我が家は確かに貧乏貴族ですが、誤解ですよ。コレは領地を守るために身に着けている領民の生きる知恵です。」
危険からは一目散に逃げろ。
立ち向かうな、まず逃げろ。
領地に帰って誰かに知らせろ。
領地を見回るのは自警団の仕事だ。
生きて情報を持ち帰れ。
命を賭けるのは愚か者である弱者がすることだ。
「我が領地の鉄則は生きて帰ること、です。ただ、それだけです。」
死んだらそこで終わりだから。
命は、一つしかない。
「……辺境伯家なのに、随分と甘い考えじゃない?」
「その甘い考えも守れない者が死んでいきます。そして、生きて帰さなければならない人の為に、死んでいく。生きて帰ると、家族と約束したにも関わらず、帰れない。王都ではそんな事態、めったに起こらないでしょう?国から正式に認められている騎士団がすぐそこに居るのだから。」
「────」
王都に住んでいても、先代の王位争いの影響は受けてると聞いた。
けどきっとソレは、私達辺境伯ほど酷くはないだろう。
王都から離れれば離れるほど、助けの手は、遅れる。
ソレが、現状。
「さぁ、お嬢様。頑張って避けてくださいね。なるべく小さな動きで避けるために姿勢矯正教育の状態で行っているのですから。」
「せ、せめて本をどけて……!!」
「わかりました、本を減らしましょう。」
頭の上に二冊だけ残す。
本来なら本を抱えての練習もさせたいけど、ソレはおいおい。
「が、頑張ってください、お嬢様……!!」
ステラがお嬢様に声援を送る。
お嬢様がジトーと眺めてるが、ソレには気づかないフリをする。
「お嬢様、今日のおやつは殿下から贈られてきたアップルパイです……!!」
ソレにお嬢様の表情が明るくなる。
なるほど、お嬢様はアップルパイが好きなんだな。覚えておこう。
「お嬢様、三つは避けてください。三つ避けきれなかったらアップルパイは私がいただきます。殿下からの贈り物というだけでとても美味しそうな気配がします。」
「貴方、仮にも私の侍女なのだから遠慮なさい。」
「それはお嬢様の成果次第です。」
まぁ、二人を邪魔する気はないけど。
やる気を出してくれたようで何よりだ。
お嬢様の特訓を終えて、庭に出る。
流石に屋敷の見取り図はないから、見聞きして確認するしかない。
「広い……。」
あと、どこも壊れてない。
コレが本来あるべき建物の状況か。
我が家がキレイだったのなんて、もう何年も前……お母様が生きてた頃にまで遡らないといけないのに。
「ユリア様。」
「ガーディナ様。」
「何かありましたか?」
「お嬢様の行動する範囲は把握しておこうと思って。ガーディナ様は外の警備ですか?」
「はい。マリア様は命を狙われていますから。」
「でも、こんな明るい時間に命を狙ってくるなんてよっぽどの間抜けよ?ソレこそ、昨日の二人組くらいだと思うのだけれど……。」
「夜は公爵がお戻りになるので昼間より警備が厳重になるのですよ。」
「あー、なるほど。」
あとでお嬢様に暗殺されかけた時間帯を聞き出そう。
夜に暗殺がないなんてまずありえない。
「ユリアさん。」
「ステラさん、どうかしましたか?」
「お嬢様が呼んでます。」
「わかりました。それでは。」
迎えに来てくれたステラと一緒に屋敷の中に戻る。
「あ、あの。」
「はい。」
「一つ、お願いが。」
絞り出すような声に、足を止めて向き合う。
何かを決意したような瞳がまっすぐと私を見る。
「私に、教えてくれませんか。」
震える手をごまかすように握られたお仕着せの裾。
「お嬢様を守る術を。」
意識して呼吸をする。
「死なない覚悟は、ありますか?」
「!」
「生きる覚悟は、ありますか?」
「あります。」
「誰かの命を踏みにじってでも、生きる覚悟はありますか?」
「────」
「人を殺す覚悟が……その手を汚す覚悟が、ありますか?」
「…………。」
動揺したように揺れる瞳。
今ならまだ、引き返せる。
ウイスキー伯爵は、王都に住んでいる人だ。
私達辺境伯とは、環境が違う。
「……十年前の王位争いの時、すべてを失いました。まだ十歳にも満たない行き倒れていた私をお嬢様は拾ってくださり、ウイスキー伯爵は養子縁組までしてくださいました。私は、果報者です。」
「…………。」
「その二人のためならば、覚悟の上です。」
「……わかりました。」
「!ありがとうございます!」
「でも、私との特訓は秘密、ですよ。」
守りたいなら、大切にしたいなら。
「今晩から始めましょう。」
「はい、お願いします。」
自分が汚れるしかないという覚悟を。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝