辺境伯令嬢と王室の影
ドサリと捕まえた暗殺者を床に転がす。
ガーディナ様が手際よく縄をかけてくれる。
「全く……、淑女の部屋に無断で立ち入るなんて。」
「お嬢様!本当に怪我はないですか!?」
「え、えぇ、大丈夫よステラ。ユリアが来てくれたから。」
隠し持っていた暗器を拝借し、気配のしている屋根へと投げればグサリと刺さるソレ。
チッ、避けられた。
「な……!!」
「何してるんですか、ユリアさん!お嬢様のお部屋の天井に穴を空けるなんて!!」
ステラさんの抗議の声を無視して天井を睨みつける。
「貴方に話があります。ココで姿を現さないのなら、場所を移しましょう。場所を移して欲しいなら、二回叩きなさい。」
数秒の沈黙の後、コンコンと天井が叩かれる。
「お嬢様、庭園お借りします。」
「ソレは構わないけれど……。あの、アレ…………。」
「あぁ、外してくれますよ。ほら。」
外されるソレは、ポトンと落ちてくる。
そしてソレを証拠品として、ガーディナ様に預ける。
「ねぇ、ユリア。大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、もう暗殺者の気配はありません。それにこんな白昼堂々と狙われるのも久しぶりでしょ?もういませんよ。」
「私じゃなくて、その……貴方が今話をしていたのは…………。」
「あぁ……。大丈夫です、殺しはしません。ただちょっと情報交換してきます。」
ニコリと笑って部屋を出る。
はぁ、公爵が不在で良かったわ。
後でこの騒ぎがバレるのだとしても。
庭に出て、死角になる場所に立てばガサリと木々が音をたてる。
「まぁ、お互いに座って話しましょう。さ、出てらっしゃい。顔を見られたくないなら私と背中合わせに座っても良いですよ。勢い余って攻撃してしまっても怒らないでくれるとありがたいです。」
私がお仕着せのまま堂々と地面に座れば、人影が一つ陰から出てくる。
顔は隠れてるから、見えないけれどいつも感じてる気配の主で間違いない。
ゆっくりとした動作で眼の前に座る。
なぜか正座で。
まぁ、怒られると思ってるんだろうな。
「王家の影なのに、引っ張り出してごめんなさい。性別はもうわかったのだけれど……、黙っておくことにするわ。」
ギクリと身体が震える。
「はい、筆談用の枝ね。良さげなのがあったから拾っておいたわ。さ、会話しましょうか。私が貴方を呼び出した理由、わかるかしら?」
ためらうように頷く。
「そう。それなら良かった。じゃあ、私の質問に答えられますよね?」
「…………。」
「どうして屋根裏に潜んでいたのに、屋根裏からの侵入を許したのですか?」
聞かれると思っていたのか、膝の上で揃えられた手は強く握りしめられている。
というか、ガタガタと震えている。
そんなに怯えないで欲しい。
まだ何もしてないのに。
「窓枠に私以外の足跡がありませんでした。廊下には使用人が数名、護衛が二名いました。あの部屋には隠し通路はありません。」
「…………。」
「ずっと天井裏に居たなら知ってますよね?暗殺者がどこから侵入したのか。それとも、自分の持ち場を離れてたのかしら。」
眼の前で怯えきっている王室の影を見ていれば、ガタガタと震えたまま素早い動きでそのまま頭と手のひらをつく。
いわゆる土下座のポーズ。
「サボってたの?」
ブンブンと首をふる。
「他の暗殺者と戦ってたの?」
ウンウンと頷く。
「嘘ね。私が気配を感じたのは三人。三人ともお縄についてるわ。」
「…………。」
「四人目がいるのなら、ガーディナ様に連れて行ってもらう必要があるのだけれど。まさか天井裏に放置してるのかしら?意識を取り戻したら、お嬢様が危ないわ。」
「…………。」
「もう一度聞くわよ?他の暗殺者と本当に戦ってたの?」
そう聞けば、ブンブンと首を振る。
「あら……じゃあ殿下の命令より優先すべき命令が下って離れてたのかしら。」
頷きかけて止まった。
不自然な動きで、ゆるく首を振るから。
確か、王室の影は近衛騎士団の配下にはなかったハズ。
王室の影に命令を下せるのは陛下と王太子と……、あぁ、なるほど。
「…………三回までよ。」
「…………?」
「見逃してあげるのは、三回まで。」
土下座の体勢から顔をあげない王室の影の後頭部に優しく手のひらをおく。
「ニーナとお嬢様が誘拐された事件で一回。今日、暗殺者の侵入を許したので一回。あと、一回。」
「…………。」
「あと一回だけ、見逃してあげるわ。貴方の失態を。それまでに誰につくか決めなさい。貴方の主の望み通りにトカゲの尻尾切りでその人生を捨てるかどうか。」
手のひらを滑らせ、覆われた首筋を指先で撫でて立ち上がる。
ただソレだけなのに、震えて動かない。
「貴方たちが王室の影と呼ばれる所以を今一度、己に問うことね。話は終わりよ。」
影を置いてその場を立ち去る。
王室の影に命令を下せるのは陛下、殿下、宰相の三人のみ。
お父様たちが調べてくれたマーシャル・タールグナーの黒幕二人のうち一人は宰相の愛人。
「…………私って心狭いのかしら。」
前世の記憶を持っているからか、側室とか愛人という肩書を少しばかり疑問視してしまう。
基本的には一夫一妻。
だけれど、女性に囲まれていることが貴族のステータスみたいなところがある。
お父様はお母様一筋だから、そんな心配いらないんだけど。
「!ユリア。」
「お嬢様。何かありましたか?」
すばやくお嬢様の状態を確認する。
どこかを怪我してるわけでもなければ、走ってきた感じでもない。
「ユリアが心配で。もう話は終わったの?」
「はい。無事に情報交換も済みました。お嬢様は優秀な護衛が居て、心強いですね。」
「そうね。最近、ステラもすごく強いのよ。さっき、ガーディナ様が運んでいた男性が目を覚ましたのだけど、ステラったら危ないって叫んで、傍にあった花瓶で殴ったのよ?ふふ、頼もしくなったでしょ?まぁ、危なかったのは、私なのかガーディナ様なのかはわからないけれど。」
「もちろん、お嬢様です!ガーディナ様なんて助けるわけないじゃないですかッ!!」
「あら、その割には顔が赤いわよ、ステラ。」
「運動後で暑いだけです!!」
「あらあら。」
お嬢様が楽しそうに笑う。
ステラさんが拗ねたような顔をする。
お嬢様も強くなったよなぁ。
前は、襲撃を受けただけで顔を真っ青にさせて震えていたのに。
「良い天気ですし、庭でお茶しますか?」
「そうね。ユリア、貴方も一緒にどう?さっき、スコーンが焼き上がったそうよ。」
「良いんですか!?いただきます!」
「ユリアさん!侍女なら遠慮するところですよ!」
「良いのよ、ステラ。暗殺者を退治してくれたお礼。ステラも一緒にお茶しましょ?」
「ありがとうございます、すぐ準備します。」
「楽しみですね〜!料理長の作るものは全部が美味しいから、私は幸せです!」
「ユリアさん、お嬢様のお茶のお菓子ですからね!食べ過ぎちゃ駄目ですよ!?」
「大丈夫です!多分!」
私の答えにステラさんが怒って、お嬢様が小さく笑う。
笑うお嬢様にステラさんが仕方がないと言いたげに方をすくめるから、こっそりガッツポーズ。
それに気づいたお嬢様が、楽しそうに笑った。
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