王命遂行のために
ヒロインの襲撃以来、教室まで押しかけてくることはなくなった。
その代わり、移動教室の廊下、図書室、中庭、校門前、食堂といろいろなところで遭遇しては一言交わして立ち去るという本来あるべきヒロインの対応をしている。
好感度をあげるために学園のあちこちに行っていたのが懐かしい。
でも、メインヒーローの殿下を攻略するにはテストの順位で一位をキープし生徒会加入が絶対条件。
加入しなくても攻略できなくはないが、スチルはフルコンプできないし、普通に攻略するよりも殿下の好感度を高くする必要がある。
「最近彼女、出会った頃の勢いが嘘のようですわね。」
「あぁ、そうだね。」
殿下がニコリと笑ってカップを傾ける。
現在、学園のサロンで二人はお茶をしている。
そばに控えているのは護衛のレオナルド様と私だけ。
「でも、この間は木に登っていたんだよ、彼女。」
「え、木……ですか?」
「あぁ。子猫が木から降りられなくなっていたからと言っていた。まぁ、その猫は、彼女の頭を踏み台にして立ち去ったみたいだけど。」
殿下が思い出したのか、小さく笑う。
それにお嬢様はいつも通りの笑みを浮かべてカップを傾けた。
あのヒロイン、大人しくなったかと思ったけど着実に高感度あげてきてるな。
てか、スチルイベント物理的に起こそうとしてるし。
木登りって、もう少し先でしょ?
アレってテスト終わりだった気がするんだけど……。
違ったっけ。
というか、ヒロインのメンタルどうなってんの?
「ずいぶんと楽しそうですね、殿下。」
「あぁ。あんなことをする令嬢は珍しかったから。」
「…………。」
「珍しいだけで、他にも何もないよ。君が今みたいに感情を素直に出すのは可愛くて好きだなって思うけれどね。」
「な…っ!!」
「君のそんな顔が見れるのが婚約者の特権だと思うと良い気分だね。」
ニコニコと笑う殿下にパクパクと口を開閉させて真っ赤なお嬢様。
正直に言おう、可愛い。
「ゆ、ユリア!?」
「はい、お嬢様。」
スッと近づけば、殿下が目を瞬きお嬢様が私に手を伸ばしてきて。
キュッと弱々しく掴まれる。
なるほど。
「殿下と二人にして欲しいんですね!了解しました!」
「!?ち、ちが……!!」
「さぁ、レオナルド様!一旦お外に出ましょう!中に危険人物が居ないことは確認済みですし!」
「…………そうですね。では、外に居ますので何かあれば声をかけてください。」
真っ赤になって何やら訴えてくるお嬢様にグッと握り拳を見せてレオナルド様と出て行く。
パタリと扉が閉まる前にお嬢様に名前を呼ばれた気がしたけど気の所為ということにしておく。
「あとで怒られるのでは?」
「あら、そんなことを気にしていては二人の仲は進展しませんわ。」
「今以上に進展すると、婚姻の儀まで殿下がもつかどうか……。」
「え?」
「いえ、何でもありません。そんなことよりユリア嬢は木登りをしたことがありますか?」
「?ありますよ。」
帝国との国境付近の見廻りをするのに木の上を通ることもあったし。
「木から落ちたことは?」
「何回もあります。」
筋トレの一貫で木登りさせられた時とか、慣れなくてよく落ちた。
「あの、なんの質問ですか……?」
「さっきの木登りをしていた令嬢の話ですが……。」
「!」
「珍しいなと思ったのは事実です。でも、殿下が言いたかったのは、木登りする女性が、という意味ではなく学園でそんなことをする女性が、という意味です。」
「…………なるほど。」
「なので、マリア嬢が勘違いしていそうだったら訂正してあげてください。殿下がそこを訂正できているかは怪しいので。」
ニコリといたずらに微笑むレオナルド様はスチルになりそうなくらい爽やかだ。
ゴチです。
「…………っ。」
視線を感じ、顔を向ければマーシャル・タールグナー先生が居て。
「ユリア嬢?」
「なんでもありません。」
ニコリと微笑めば、中から殿下の声が聞こえて。
レオナルド様が扉を勢いよく開けば、お姫様だっこされたお嬢様が居て。
二人以外の気配はなかったハズ。
「何が会ったんですか?毒ですか?刺客ですか?」
「ユリア嬢、落ち着いてくれ。これはその……私のせいだ。」
「あ、そうなんですね。じゃあ良いです。私のセンサーが鈍ったのかと思いました。行き先は医務室ですか?王城ですか?」
「なぜそこでセザンヌ公爵家の名前が出ないんだ?」
「え?だってせっかく殿下がお嬢様を運んでくれるのに家に帰すなんてもったいないじゃないですか。あ、大丈夫ですよ。ステラさんにはお城に向かうように伝えますので。」
せっかく二人の時間を捻出できそうなのに、公爵家に帰られたら旦那様が邪魔しかねない。
だったらいっそのこと殿下のテリトリーにお嬢様を運んでもらったほうが良い。
「…………私を信用し過ぎじゃないか?」
「お忘れですか、殿下。私は、お二人の婚姻の儀を待ち望んで居るのですよ?」
私の役目は王太子、クロード・カルメの婚約者を婚姻の儀まで守ること。
私がココに居るのはソレだけだ。
「では行きましょうか。馬車の手配してきます。」
「…………ユリア嬢。」
「はい。」
「いや……。頼んだ。」
「はい、お任せください。レオナルド様、お二人をお願いします。」
レオナルド様に二人の護衛を任せて、走り出した。
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