月下の逢瀬
お嬢様とステラさん、グレムート様がこの領地に来て数日が過ぎた。
ずいぶんと馴染んだように思う。
いや、馴染むという表現は正しくないか。
「姉さん、どっか行くのか?」
「ん。散歩。悪いけど、お嬢様たち見てて。」
「わかった。」
ロイドたちに任せて一人領地の見回りに行く。
お嬢様の傍にずっと私が居なくても、皆が一緒に居るから大丈夫だろう。
送別会という名の宴はまだまだ終わらない。
明日には王都に帰る。
お嬢様を連れての旅路は、ゆっくりになるから早めに戻る日程を組んだ。
「今夜は、満月か……。」
王都よりも大きくハッキリと見える月。
見上げながら森へと足を踏み入れる。
見張り台の上に居る人も、今は寝ているらしい。
それに小さく笑い、気配のある防護柵の向こう側へと視線を向ける。
「っと。」
防護柵を登り、そのまま足場に腰を下ろせば月明かりに照らされた人影が一つ。
「居ると思ったわ。」
「それはこっちのセリフだ。」
月光に照らされ、銀糸の髪が揺れる。
静かにこちらに近づいて来るも、殺気はない。
「立派な防護柵ができたのに、見廻りか?」
「えぇ。帝国軍は油断ならないと知ってるもの。」
立派な防護柵ができて、そう簡単に壊されないと証明されたけれど。
絶対に安全な場所だという保証はない。
「…………今回の戦い、俺は命令を下していない。」
「そう。」
「誰も死んでない。だから────」
「だから、許して欲しいって?」
そう尋ねれば苦笑したのがわかった。
「言ったでしょ。攻められている側からすれば誰の命令だろうと同じ帝国軍に変わりない。貴方も、私達の脅威であることに変わりはないわ。」
「…………あぁ、そうだな。」
ココ最近、帝国からの侵攻がないと聞いていた。
多分ソレは、眼の前の彼が色々と手を回していてくれた結果だろう。
だからと言って感謝なんてしないが。
「王都にはいつ戻るんだ?」
「あら。なんでそんなこと知ってるのかしら。いや、この場合はどうしてそんなこと聞くのか尋ねたほうが良い?」
強い風が吹き抜ける。
木々が揺れ、葉が舞い落ちる。
「…………帝国に情報を流している働き者が居る。」
「!」
「もちろん、お前たちの領地ではなく王都に、だがな。」
「…………。」
「薄々気づいてるだろうが。王都の貴族で、上位貴族だ。隠れ蓑に使われているのは伯爵家の男。最近は毒薬などにも手を出し、足のつきにくい闇商人から毒薬のレシピを買い付けているそうだ。」
「…………。」
「俺が言えるのはこれだけだ。後は自分たちでなんとかしろ。」
それだけ言って踵を返す。
まさか、それだけのためにココに来たの?
「どうして、危険を犯してまでその情報をくれたの。」
名前も知らない相手。
ただ、彼が帝国の皇子だと言うことだけを知っている。
長年、コースター辺境伯と刃を交えて来た帝国。
彼らが求めるのは実りの多いコースター辺境伯領。
私達が求めるのは平穏。
「俺を誰だと思っている?今更一人二人命を狙ってくる人間が増えたくらいで痛手にはならない。迷惑料だと割り切って受け取っておくんだな。」
月が、雲に隠れる。
闇夜の森を抜けていく姿を、見えなくなるまで見送った。
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