被検体、公爵令嬢
けが人の有無と破損箇所の確認を終えて、それぞれが領地の食堂に集まる。
予定通り、昼の手伝いをする。
「お嬢様すげーよな!ぶっ飛んでたぞ!?」
「領主様一振りで飛んできた矢全部落としてたし!」
ワイワイと話をする皆の声を聞きつつ、厨房を回す。
「だいぶ落ち着いたね。」
「そうね。テレサ、アルベルトは今日来てないの?」
「あぁ。お客様のお迎えをお願いされたからって。」
「そう……。」
「領主様から通達がきたからね、私らも楽しみにしてるのさ。」
「!」
「お嬢様が王都に行った原因のお貴族様がどんな人なのか、皆興味津々さ。」
テレサの様子からしてお嬢様への嫌悪感はなさそうだけど……。
王都の貴族に対する嫌悪感はあるみたいね。
まぁ、当然か。
「じゃあ私もアルベルトと合流しないと。テレサ、あと任せても良い?」
「もちろんだよ。ついでにあのバカ息子に夕飯どうするのか聞いておいておくれ。」
「わかったわ。」
厨房から勝手口を使って店を出る。
店内からはまだ元気な声が聞こえる。
「…………。」
今回、帝国は皇太子の命令で撤退した。
命令違反、だそうだ。
運良くお互いに死者は居なかったから、こうしてゆっくりとした午後を迎えているだけ。
最近全然侵攻はないと言っていたけど、今回みたいに命令違反で侵攻してくる可能性はある。
「ユリア。」
「!お父様。」
「宴会は終わりかい?」
「まだやってるわよ。まだ日も高いって言うのに、何人かは寝てたわ。」
「そうか。……迎えに行くのかい?」
「えぇ。いつまでもアルベルトに任せておくのも悪いでしょ。明日行く予定だったけど、お嬢様たちが予定よりも早く子爵領についたみたいだし。」
アルベルトに任せっきりも悪いしね。
「わかった。帝国が攻めてきた後だからね。明日はどうなるかわからないし、今日来てもらうのは問題ないよ。」
「わかったわ。」
お父様に背を向けて、子爵領の方へと足を進める。
「ユリア。」
「ん?」
「宿泊施設の感想聞いておいて。」
「わかった。」
さて、お嬢様迎えに行くとしますか!
お嬢様が泊まっていると噂の宿泊施設を探していると小さな人影がこっちに走って来て。
「お嬢様!!」
「ルナ!元気有り余ってるわね。」
勢いよく飛び込んできたルナをなんとか抱きとめる。
「大変なの!!」
「何があったの。」
私達が気づかなかっただけで、帝国の人間がこっちに紛れ込んでた?
いや、でもそれならアルベルトたちから何らかの報告はあるハズ。
「ソフィア姉とマリア様がビンタし合って、真っ赤なの!」
「なんですって!?」
「こっち!!早く!!」
「え、ええ。」
ルナに引っ張られながら足を進める。
お嬢様とソフィアがビンタってどういうこと。
私達の関係を黙ってたことなのだとすれば、私も一発食らう必要が……食らうのヤダな……。
立派な宿泊施設の外観をじっくり見る間もなく、中へと入り、客室の扉を大きく開く。
「ソフィア!お嬢様!!殴り合いの喧嘩してるんですか!!!?」
「あ、ユリア。」
頬を冷やして治療済みの二人とステラさんとアルベルトが居て。
「ひっ!?ちょ、マジで平手打ちしたの!?ちょ、二人共頬腫れてる!!何があったの!?」
ソフィアの頬を確認し、お嬢様の頬を確認する。
「落ち着きなさいって。大丈夫だから。これは……ほら、アレよ。友情の証。」
「は!?殴り合いで友情築くなんて、貴族のお嬢様はしません!!」
「今初めての経験してもらったの。ね、マリア様。」
「そうね。初めての経験をさせてもらったわ。」
「え、えええ……ちょ、お嬢様?ソフィアに気を使わなくて良いですよ?ソフィアの平手打ちで口の中切ってないですか?歯抜けてません??」
「そんな思いっきり叩いてないわよ!!」
「だって貴方、昔それでアルベルトの歯折ったじゃない。」
「アレはアレ!!アルベルトが悪かったから自業自得よ!それに、子供の歯だったし!ついでに抜けただけ!!ね、アルベルト!?」
「おー。とりあえず、姫さん、落ち着けって。ルナからどうやって報告聞いたのか知らねぇけど、本当に大丈夫だから。」
「…………。」
「な?」
「……………………わかった。」
とりあえず、二人から距離をとる。
確かに、お嬢様に何かあれば私が慌てる前にステラさんが慌ててるわよね。
「たいした問題じゃないなら良いの。ステラさん、マリアさん。何か不便はなかったですか?」
「特にないわよ。とてもよくしてもらえてるもの。ね、ステラさん。」
「はい。一つ申し上げるとするならば全員が同じ待遇ということでしょうか。」
「なるほど。」
それは言われたとしても改善するつもりがないというか、改善しようがないところね。
「姫さん、何かあったのか?」
「あぁ、そうそう。領地の方が今なら落ち着いてるから、お嬢様たち案内しようかなって。まぁ、案内できるのは食堂と診療所くらいなんだけど。」
「昼時大丈夫だったか?俺手伝いに行けてねーけど。」
「ええ、大丈夫よ。」
「怪我は?」
「けが人はゼロよ。」
そう答えれば、アルベルトとソフィアが安堵の息を吐いた。
当然だな。いつもなら最前線か後方支援でその場に居るから。
「…………私が、見に行っても良いの?」
「え?駄目な理由があるんですか?」
「だって私は、王都の貴族よ。」
その言葉に思わずポカンとする。
「え、今更?」
「ユリアさん!」
「あ、ごめ……!ごめんなさい!痛い、ステラさん痛い!!」
ステラさんにゲシゲシと足を蹴られる。
お嬢様のこととなると過激になるステラさん怖い。
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。皆もお嬢様に会いたがってたし。」
「え?」
「さ、今日行きますか?明日行きますか?」
「…………今、行きたい。」
「じゃあ行きましょう!」
お嬢様の手を取り、促す。
「あ、そうそう。アルベルト、テレサが夕飯居るのかって聞いてたわよ。今、こっち落ち着いてるなら食堂に顔出しておいで。」
「わかった。」
「ソフィアとルナはどうする?」
「ルナは学び舎で約束してる!」
「まぁ。しっかり学んでおいで。」
「うん!!」
「私は────」
ソフィアが口を開いたの同時に廊下に人の気配がして。
私の前にアルベルトとソフィアが飛び出し、気配の人物に剣先を向ける。
「グレムート・キャンベルです。気配を消して近づいて申し訳ありません!!」
両手をあげて口元を引きつらせていて。
そういえば、道中警護任せてたんだった。
「ごめんなさい、グレムート様。すっかり失念してました。」
「いえ、構いません。それより、お二人に……。」
「あぁ……。アルベルト、ソフィア。剣をおろしなさい。」
二人が鞘におさめるのを見て、安堵の息を吐くグレムート様。
「フロントでユリア嬢が来たことを聞いて、ご挨拶に伺ったのですが……どこか行かれるのですか?」
「えぇ。領地の案内に。グレムート様も一緒に行きますか?」
「いえ。私は遠慮しておきます。コースター卿に訓練をつけてもらう約束をしておりますので。」
騎士団の副団長がお父様に訓練をつけてもらうっていうのが不思議よね……。
まぁ、私もお父様より強い人って出会ったことないけど。
「わかりました。あ、そうだ。グレムート様、この宿はいかがですか?」
「王都とは違った雰囲気で個人的には過ごしやすいです。格式張ったのは苦手なので。」
「ありがとうございます。」
グレムート様の言葉にニコリと笑い、お嬢様の手を引いた。
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