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我が家

子爵領から辺境伯領までは隣と言えど、少し距離がある。

おかげで、自分の家に帰る時には夜どころか深夜の時間帯になってしまった。


「皆寝てるわね、きっと。」


気配を殺し、足音を殺して、ゆっくりと家の玄関を開く。

静けさと暗闇が出迎えてくれる。


「…………?」


リビングから明かりが漏れてる……。

まさか……っ。


「お帰り、ユリア。」

「ただいま、お父様。」

「帰って来る頃かと思ってたよ、今お茶を淹れてあげるね。」

「私が淹れるわ。お父様は座ってて。」

「そう?」


こんな夜中にお父様の淹れたお茶なんて飲んだら、目が冴えて眠れなくなってしまうわ。


「嬉しいねぇ。ユリアの淹れたお茶を飲むのも久しぶりだ。」


お父様がニコニコと待っているのを見て、つられて笑う。


「お父様、起きて待っててくれたの?」

「ユリアのことだから、一足先に帰って来るかと思ってね。」

「ごめんなさい、こんな夜中に。」

「良いんだよ。いくらアルベルトとは言え、外泊はさせたくないからね。」


良い香りのするカップを置けばお礼を言って口をつけるお父様。


なんだろ……すごく、安心する。


「大変だったね。」

「…………大変…だったのかな。よくわからないわ。」


殺伐とした日常が、平和な日常になった。


王都と辺境伯領の違いを目の当たりにした。


「お父様、私ね、この王命受けて良かったと思ってるの。」

「…………。」

「今までは漠然と、争いのない、誰も死なない、お腹がすかない、そんな普通の日常を叶えようって思ってたわ。」


でも、王都に行って欲が出た。


「王都の人たちはね、頻繁にお茶をするの。パーティーも開かれてるわ。それを見て漠然とした夢の目標がね、絶対叶えたい実行可能な目標になったわ。」


皆が泣かないで良い国にしたい。


争いのない国にしたい。


お腹いっぱい食べられる国にしたい。


小さい頃からのたくさんの願い事。


私の夢。


「私は今、金貨二千枚のために働いてるわ。そのオマケで殿下やマリア様と仲良くさせてもらってる。あの二人ってね、私の夢を叶える為に必要不可欠な存在なのよ。でもね、打算的な付き合い方はしたくないの。だからね、今回の王命を果たしたら、金貨二千枚の代わりに、帝国との和平条約がほしい。お父様、どう思う?」

「…………そうだねぇ。」


黙って私の話を聞いてくれていたお父様が、いつもと変わらない笑顔を浮かべる。


「否定はしないけど、詰めが甘いとは思うよ。」

「やっぱりそ……て、ええ?否定しないの?」


てっきり否定されると思ってたのに。


「金貨二千枚は、向こうが提示してきた報酬だ。それはきっちり払ってもらわないといけないよ。大丈夫、陛下たちの私財が破産することはないからね。」

「…………。」

「帝国との和平条約をもらうのなら、何年間有効なのか、王国全土に有効なのか……。色々と条件を提示しなければいけない。ましてやあの帝国の皇帝がソレに同意するかと言われれば、答えは否だ。理由はわかるね?」

「コースター辺境伯領を欲しがっているから。」

「そう。帝国にとっても、王国にとってもこの領地はほしいんだよ。どれだけの犠牲を払ったとしても、手に入れたい。」


何十年にも及ぶ帝国からの侵攻。

国から派遣された騎士はゼロ。


「そして何より、その和平条約の提案をするのは君じゃない、ユリア。あの子達だ。」

「…………そう、よね……。」


お父様の大きな手が頭に乗る。


ただそれだけなのに、ジワリと目頭が熱くなる。


「次世代を担うあの子たちが気づいて実行しなければならない。ユリア、君ならソレに気づかせることができるハズだ。王命で傍に居ることの多い君なら。」

「でも、そんなのどうやってすれば良いのかわからないわ……。だって、私はこの場所を守りたいけど王都の人たちは、そうじゃないもの。」

「ユリア。多くの貴族がそうだったとしても、君と一緒に過ごしている彼らまでがそうとは限らない。ユリアから見て、あの子たちは次世代を担うのにふさわしくない人柄なのかい?」

「…………ううん。あの二人が未来の国王と王妃だったら、すっごく心強い。」


ポンポンとお父様の手が、頭を撫でてくれる。


「ユリアがそう言うなら、僕たちも信じられる。ユリア。領地に居る僕たちよりも、あの子たちの傍に居て、僕たちよりもあの子たちを君は知っている。信じてあげなさい。君が得られるものを犠牲にしてまで望まなくても、そこに行き着いてくれる人であることを。導いてあげなさい、その答えまで。ユリア、君がこれ以上何かを犠牲にする必要はない。君はすでに、楽しい学園生活を王命で忙殺されているに等しいんだ。他の貴族の子供たちが無邪気に学園生活を謳歌してる中、君は常に神経を尖らせている。失うのは、その輝かしい学園生活の時間だけで充分だ。」


ぽたりとこぼれ落ちた雫をお父様の豆のある指が、拭ってくれる。


「ユリア、我慢しないで。君が我慢を強いられるなら、王命なんて捨てて帰っておいで。大丈夫、金貨二千枚はどうとでもなるから。陛下は物わかりの良い人だからね、話せばわかってくれるよ。」

「……、ふふ。じゃあ……逃げたくなったら、言うね。」

「いつでも言っておいで。コースター辺境伯の当主に不可能はないよ。」


いつもどおりの笑顔。

冗談か本気か読めない発言。


お父様のことだから、本気の言葉だろう。


「ありがと、お父様。」

「さ、そろそろ寝なさい。」

「うん。あ、ねぇお父様。明日の朝の当番は誰?」

「おや。そういう演出かい?」

「だって、改めて行ったら宴会開きそうなんだもの。」

「ハハハ、そうだね。うん、明日は僕だから代わってあげよう。無理しないようにね。わかった?」

「うん。ありがと、お父様。」

「洗い物はしておくよ。おやすみ、ユリア。」

「ありがと、おやすみなさい。」


お父様が、いつもと同じようにニコリと笑った。

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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