ワイナール侯爵家
使用人たちの出迎えに気圧されつつ案内される。
どうやら応接室でワイナールご夫妻がお待ちらしい。
マジで一体何の用事で呼ばれたの?
扉がゆっくりと開かれる。
ソレに合わせて挨拶しようと頭を下げれば。
「おぉ!待ってましたよ!!!!」
「わぷ!?」
何者かにより行動が制限され、強く抱きしめられた。
鼻、打った……っ。
「あぁ、会いたかった…!会いたかったんだよ……!お出迎えもしたかったんだよ……!だけど、緊張させてしまうからと言われて仕方がなく部屋で待ってたんだよ……!!あぁ、会いたかった!!会いたかったんだよ〜!!」
「貴方、落ち着いて。彼女が驚いているわ。」
「父上、ユリア嬢を放してください。」
て、テンションの高いお父様だこと……。
はぁ、ビックリした。
「大丈夫ですか、ユリア嬢。」
「はい……、色々とビックリしましたが大丈夫です。」
「申し訳ありません、父に悪気はありません。」
いや、もう私はソレ以上に驚いてるんだけどさ。
「挨拶が遅れました。コースター辺境伯、ユリアと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「おー、これはこれはご丁寧に。さすが、オズワルド先輩の娘さんだ!僕のことは気軽にリッド侯爵、もしくはリッド、もしくは犬侯爵と呼んでくれると嬉しいよ!」
どうしよう、笑えば良いのか引けば良いのかわからないんだけど。
この世界でラチェット様並に扱いの困る相手だ。
さてどう答えるのが正解かと思っていれば、ワイナール侯爵の耳を夫人が強く引っ張った。
「ごめんなさいね。この人ってば学園に通ってる時からオズワルド様のことを崇拝しておりますの。そのせいか、貴方にもずっと会いたいと言っていたのよ。」
「そうだったのですね。」
お父様、何気に人脈すごいよね……。
「さぁ、さぁ、おかけになって。温かいうちに召し上がれ。」
そう言ってテーブルに並べられたのは、スコーンと紅茶。
「ありがとうございます、いただきます。」
パクリと一口。
その覚えのある味に思わず目を見開く。
「コレ、は…………。」
「おぉ!気付いた!?気付いたね!?そうだよ!君たちコースター領の食堂で取り扱ってるスコーンさ!オズワルド先輩にお願いしてレシピを一つだけ手に入れたんだよ!まぁ、他のレシピは教えてくれなかったけどね!」
「…………すごいですね。再現度が高い。嬉しいです、領地の名物を気に入ってもらえて。」
「もちろんだよ!我が家でも大人気のメニューさ、このスコーンは!ね!!」
「えぇ、そうね。」
あぁ、早く領地に帰りたくなってくる。
上手に作ってはくれてるけど、領地で食べるものとは少し違う。
調味料の近いか、果実の違いか……。
帰ったら作ってもらお。
「では、僕はこれで。」
「あら、シノア。せっかくお友達が来てくれたのに、行ってしまうの?」
「お友達じゃありません。」
ピシャリと言い放ち部屋を出て行くシノア様。
友達かどうかはおいといてさ、こんな見知らぬこところに淑女一人置いて行くなよ!攻略対象でしょ!
「ごめんなさいね。あの子、昔から人付き合いが苦手で……。」
「あぁ、気にしてないので大丈夫です。」
攻略対象と深い関わりは私も望んでない。
モブキャラとしての立場はちゃんとわきまえている。
「ふふ。それじゃあ私も、出かける用事があるから。二人で楽しんでください。」
「気をつけて出かけるんだよ。」
「えぇ、わかってるわ。」
ワイナール夫人、退場。
コレで私とワイナール侯爵二人だけの空間になる。
さっきとは違う空気に息を吐き出す。
「お話、お聞かせ願えますか?」
「おや。もう良いの?まだまだおかわりあるよ?なんなら包んであげるよ??」
「あ、じゃあお言葉に甘えて……、じゃなくて。私を呼んだ理由があるのですよね?」
「アハハハ、オズワルド先輩の娘さんだなぁ。良いなぁ、可愛いなぁ。先輩が女の子だったらこんな感じだったのかなぁ。」
ニコニコとするワイナール侯爵。
今まで敵意むき出しの保護者ばかりだったせいか、こうも歓迎ムードだと調子が狂う。
「どうして親切にするのかって思ってる?」
「!」
「アハハハ、オズワルド先輩にも警戒されたなぁ。大丈夫、本当にただオズワルド先輩が大好きで君たちに会いたかっただけだから。」
ニコニコと微笑むワイナール侯爵をただ見つめる。
ワイナール侯爵家は代々、文官として城で重宝される役職についている。
特に、当代ワイナール侯爵は書記官長を務めていたハズだ。
そんな彼がコースター辺境伯に声をかけるとするなら……。
「息子と結婚する気ない?」
「ありません。」
縁談以外には考えられない。
政治的策略、ソレが一番可能性として高いのだから。
「アハハハ、即答だね。ま、予想通りだけど。」
カップを傾け、一口。
「今回君を呼んだのは、商会の話をするためだよ。」
「……、商会……ですか?」
「そ!ラチェット様の商会の話!勝負に負けたから君に権限を与えるって聞いたよ!すごいね!僕もこの権限を譲るのは嫌だなって思ったんだけど、相手が君だと聞いて、喜んで差し出そうと思った次第さ!」
「ワイナール侯爵がラチェット様の商会を担当されてたのですか!?」
「ワイナール侯爵?」
「……、リッド侯爵がラチェット様の商会を切り盛りされてたのですか?」
「いかにも!とは言っても、息子が学園を卒業したから息子に譲る予定なんだけどね!」
ということは、シノア様のお兄様か。
「会長はラチェット様。これは変わらない。創始者だからね。異論は?」
「今のところはないですね。」
「アハハハ、正直だね。嫌いじゃないよ、そういうの。無能な上司はいらないからね!」
あぁ、文官だわ。
この人ちゃんと中枢の人間だわ。
「で、ワイナールの名前で預かってたのが副会長の座と統括と座。この二つだね。で、今回ラチェット様から聞いてるのは副会長の座……つまり、会長不在時の権限と責任がすべてのしかかる地位を君に譲ることになる。」
思ったより大きな権限をくれるのね、ラチェット様。
会長の座に居座る気満々だったから、どうなることかと思ったけど。
「で、統括っていうのは現場の責任者。ほとんど会長と副会長の補佐さ。会長の意見を下に反映する中継係ってところかな。」
「なるほど。」
じゃあ、下の声をダイレクトに聞ける立場であるってことね。
それは確かに使いようによってとても強い武器になる。
相手とのパイプを複数持ってる人間の能力が高くないと手に負えないからね。
「君が望むなら、統括の方を譲っても良いけど、どうする?」
「遠慮します。そんな大役が務まるのはワイナール侯爵家だからでしょう。それに、たかだか貧乏貴族の辺境伯令嬢が副会長の座に収まっただけでも反感すごそうなのに、私が現場責任者なんてした日には暴動が起こりますよ。現時点では、副会長の地位で充分です。今の私には商会を切り盛りするだけの知識も力もないですからね。」
「あぁ、良い!良いね!!それでこそオズワルド先輩の娘って感じるよ!!あぁ、ほしいなぁ!本当、ほしいなぁ、その能力!!ね、官吏の試験受ける気ない?」
「ありません。」
「オズワルド先輩に止められてるの?」
「いいえ。ただ、そんな面倒そうな職場は断固拒否ってだけです。」
「アハハハ!良いね!本当に良い!!オズワルド先輩もそう言って領地に引きこもるんだもんなぁ。まぁ、だからこそ、一部以外の国民がこの国は平和そのものだと勘違いできるんだけど!滅べば良いのにね!そんな無能!アハハハ!」
やべーよ、こえーよ。
この人本当にあのシノア様のお父様なの?
マジで血の繋がりある??
いや、顔立ちはワイナール夫妻によく似てるから実子なのは間違いないんだろうけど。
性格と立ち居振る舞いが、違い過ぎるだろ!
何なの!?攻略対象とモブキャラの違い!?
なんかのバグ!?
「と、そうだ。肝心なこと忘れてた。君はまだ未成年だから、契約書に親の同意が必要なんだ。領地に帰る予定は?」
「さぁ?この紙にサインもらってリッド侯爵にお渡しすれば良いですか?」
「そうだね!僕でもラチェット様でも、好きな方な渡せば良いさ!あ、でもそんなこと言ったらオズワルド先輩がラチェット様に渡しそうだな……。僕のところに持って来るように!!」
この人、本当にお父様が好きなのねぇ。
意地でも会おうとしてるのが伝わってくる。
「とまぁ、話はこのくらいかな?夕飯食べていく?」
「いいえ。邸に帰ります。お心遣い感謝します。」
「アハハハ、硬いなぁ!まぁ、無理に止めるつもりはないからね!邸まで送らせるよ!まだ王都慣れてないんだろう?シノアに聞いてるよ。よくセザンヌ公爵家の馬車にお世話になってるって。良かったらこれからはシノアをよこそうか?」
「お気持ちだけで。」
「なんだい、遠慮することないだろう?それとも縁談を気にしてるのかい?」
「貴方ほどの頭脳の持ち主なら、何かしら理由をつけて結びつけることも不可能ではないでしょう?貴方にはそれだけの地位と権力がある。」
「ハハハッ!良いね!本当に良い!!あぁ、本当にほしいなぁ、その強さ!!僕相手に堂々と言い返してくる姿勢も気に入った!やっぱオズワルド先輩の娘さんだね!ハハハッ!」
楽しそうなワイナール侯爵を横目に立ち上がる。
これ以上ココに居たら良いように使われそうだからさっさと立ち去ろう。
モブキャラでも、この人は関わってはいけないタイプの人だ。
「馬車の用意ができたようだ。じゃあね、ユリアさん。」
「失礼します。」
「オズワルド先輩によろしくね!!」
ニコリと微笑み、その場を後にする。
さて、領地に帰ることにしよう。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




