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みせしめ

頬を腫らした私に、ソフィアが泣きそうな、怒ったような顔で手当してくれて。

お礼を言って、お嬢様と一緒にセザンヌ公爵邸へと帰ればそれはもう、ステラさんも目を大きく見開いて。


学園に行ったら行ったで、殿下に事情を聞いていたらしいレオナルド様に心配された。


そんな、数日間。 


「……ごめんなさい、ユリア。痛いわよね……?」

「もう、お嬢様。何回謝るんですか?もう謝らなくて良いですって。ほら、頬の腫れも引いてますし。ね?」

「…………っ。」

「あー、泣かないでください、お嬢様。」


私の頬を見るたびに泣いてくれるお嬢様、優しすぎかよ。

感受性強すぎよ。


「……、ステラさぁん。」


ヘルプを出せば、スッと近づいて来て。


「お嬢様、ハーブティーをご用意しました。心を落ち着けてください。クロード殿下が驚いてしまいます。」


ステラさん、お嬢様を連れて退場。


ホッと一息つき、頬に触れる。


「そんなに腫れてないんだけどなぁ……。」


叩かれた直後は、虫歯かおたふくくらいの感じで腫れていたけれど。

ソフィアの塗り薬のお陰でかなり早い治りなのに。


「と、そろそろ準備しなきゃ。」


今日は、殿下がこの公爵邸に訪れて過ごす予定。

普通に出かければ良いのに…………。


「ユリア嬢。」

「ガーディナ様。どうしたんですか、サボりですか、殿下に言いつけますよ。」


ザッと見た感じ、手紙とかも持ってはないみたいだし。


「……陛下の秘書官、マルクル様がお会いしたいと。」

「え……?」


目をパチパチと瞬いて、ガーディナ様を見上げる。


「クロード殿下とともに顔を出すようです。」

「クロード殿下と?私は、別に構わないけど……セザンヌ公爵は知っているの?」

「内密に、とのことです。」

「……………………。」


マルクル様がご自身で動かれたとは考えにくい。

陛下の差し金か。


「セザンヌ公爵が怒り狂う姿が目に浮かぶわ……。」


額を抑えてそう吐き出せば、ガーディナ様が苦笑する。

どうやら、同じ気持ちらしい。


「お嬢様は知ってるの?」

「完全秘匿です。」

「殿下とレオナルド様も、突然お願いされて戸惑ってることでしょうね。」

「…………。」

「あえて、コースター辺境伯家ではなくセザンヌ公爵邸(こっち)に顔を出すのも、何やら思惑がありそうだし……。」


王家と辺境伯家の関係を疑う声が出ていたとお嬢様か言っていた。

もしかしたら、ソレも関係あるのか……?


「!来られましたね。」

「!」


窓の外に見えたのは、王家の家紋が入った馬車。

降りて来るのは、レオナルド様、マルクル様、殿下、陛下。


…………ん?


「「陛下!?」」


邸の中が慌ただしく動く。


私とガーディナ様も慌てて外へと出てお出迎えすれば、にこやかな表情を浮かべる陛下。

げっそりと疲れている様子の殿下とレオナルド様。

マルクル様は慣れた様子で澄まし顔。


「よいよい、ワシはすぐ帰る。公務のついでに寄っただけだ。」


陛下がこちらをチラリと見る。

そして、ほんの一瞬だけ眉をひそめると背を向けた。


「…………マルクル、頼んだぞ。ワシは戻る。」

「はい。」

「公爵にもよろしく伝えてくれ。」


それだけ言うと馬車に乗って、あっという間に立ち去ってしまう。

一瞬だったけど、その一瞬の為に凄いな。王都の貴族って。


「突然すまない。迷惑をかけたな。」


そんな殿下の謝罪を笑顔でいなし、逢瀬の準備をしている薔薇園へとガーディナ様が案内していく。


「ユリア様。」


マルクル様の呼びかけに振り返る。


「お時間、よろしいですか?」

「えぇ、もちろんです。」


さて、どこへ案内しようかと見回せば、使用人仲間たちに合図されて。


どうやら、応接室を使って良いらしい。

陛下の為に、慌てて整えたのかな。


「応接室にご案内しますね。」


マルクル様を伴って、応接室へと入れば間髪入れずに飲み物とお菓子が用意されて。

お礼を言えば、全員が部屋から出ていく。


「…………完全秘匿だと聞いてたのですが、この様子だと知らされてない使用人はお嬢様付きの私とステラさんくらいですか。」

「申し訳ありません。緊急だったもので、ガーディナ様に頼んで根回しして頂いたのです。」

「なるほど、それで。」


陛下の登場には全員驚いていたけれど、すでに来客対応の準備は整えていたってわけか。


「何か大きな動きがあったのですか?」


本題に切り込めば、困ったように微笑んで。


「ユリア様。お願いいたします。」


キレイな所作で頭を下げるから、思わず目を見開く。


「陛下と孫の命だけは、お助けください……!」

「ブッ。」


危ない、紅茶を吹き出すところだった。


「私の命一つでは足りぬことは重々承知しております!ですが、どうか…!どうか、陛下は無理でも孫の命だけはお助けくださいませ……!!」

「ちょ、ちょっと待ってください、マルクル様!!」


しかも今なんか、陛下のことは諦めたし。

陛下の秘書官が、陛下より孫を選んだんだけど。


「落ち着いてください。さっぱり、内容がわかりません。殿下やお嬢様に何かあったわけではないのですか?」


マルクル様と陛下が直接動くくらいだから、王命に関することだと思ったのに。

まさかの命乞い。


しかも、コースター辺境伯の王都の邸ではなく、セザンヌ公爵邸。

緊急の案件なのは明白。


「狙われてるのはお嬢様と殿下ではなく、陛下なのですか?」

「…………。」

「落ち着いて、順を追って説明してください。命を助けてあげたくても、わからなければ助けられません。」

「…………申し訳ありません、取り乱しました。」


マルクル様が今にも床にめり込みそうなくらいに落ち込んでいる。

私は何か対応を間違えただろうか。


「……セザンヌ公爵がユリア様に手をあげたと聞きました。」

「え?あぁ、アレですか。大したことありませんし、私の落ち度です。暗殺者たちに接近を許してしまいましたし、むしろ平手打ちで許していただけて感謝です。」


王命の解除もされてないみたいだし。

しばらく食事を抜かれるかと思ったけれど、ソレもされていない。

娘溺愛のセザンヌ公爵にしては、ずいぶんと寛大な処置と言える。


「まだ少し腫れていますね。」

「だいぶマシになりましたよ。それと、その話はお嬢様の前ではしないでください。お嬢様、かなり気に病んでいるので。」

「かしこまりました。」


完全に治るにはあと二、三日はかかるだろうというのがソフィアの見立てだ。


「あの時叩かれるべきは自分だったとクロード様がおっしゃられておりました。」

「みんなして気にし過ぎなんですよ。もしかして、ソレで来てくださったのですか?わざわざ陛下まで?」

「事実確認は、大切ですから。」

「そうでしょうけど…………。私は王命でココに居るわけですから、セザンヌ公爵が怒るのは当然では……?」


というか、たかだかモブキャラ令嬢のためにみんな気にし過ぎなのよ。

確かに、叩かれたのがヒロインだったら大騒ぎになっててもおかしくはない。

だけど私はたまたま辺境伯に生まれたたまたま悪役令嬢の取り巻きに選ばれた、モブキャラ令嬢である。

モブAと表記されてもおかしくない人物なのだから。


「どんな理由があろうとも、レディに手をあげるのはよくありません。ましてや、そんな強く叩くなど…………正気の沙汰ではありません。」

「そういえば、珍しく騎士団員と行動をともにされてましたね。何か嫌なことでもあったのでしょう。」


ドナウ侯爵に会いに行ってたのか、それとも偶然あそこに居合わせたのか……。

流石に愛娘の命を狙うようには指示しないだろうし、陛下たちにも相談しないだろうから、敵ではないとはわかってるんだけど……。


「まぁ、虫の居所は悪かったでしょうね。出かけていた理由が出かけていた理由なので。」

「?」


何かを知っているような口ぶりのマルクル様。

だけど、何も言うつもりはないらしい。

何か、極秘の調べ物だったのかな。

まぁ、良い。

私には関係ないことだろうし。


「話がそれましたね。私が言いたいのは、ユリア嬢を叩くなんて常人のすることではないと言うことです。貴方がユリア・コースターだと知っているのならなおさら。」


マルクル様が黒い笑みを浮かべる。

陛下の秘書官にふさわしい、真っ黒な笑みだ。


「つい先日、シロツメグサと四葉のクローバーを組織の象徴にしていた団体が壊滅しました。」

「壊滅!?」


…………まさか。


「誰が情報を流したのかは憶測の域を出ませんが、団体が壊滅し、キャンベル副団長によって運び込まれたというのが事実で現実です。」


私が叩かれたということは、あの場にいた人たちしか知らない。


「あー……口止めするの忘れてた。」


思わず顔を覆ってうなだれる。

あぁ、一番口止めしなきゃいけない奴を口止めしてないわ。

あの子が、黙ったままなんてありえないのに。


何より、緊急用の手段を使えば正規の手続きを踏むよりも最短で領地まで手紙を届けることはできる。


「王命の任はまだ解かれていませんが、貴方の負担は減ったでしょう。」

「……はぁ。」


ユミエルから情報を得る為に邸に戻る予定ではあったから、その時にソフィアを問い詰めることにしましょう。


「まさか、領地の人間を送り届けてくれるという騎士団の皆さんを使うとは……。まぁ、そのおかげで早い解決に至ったのでしょうけど。」


顔をあげてマルクル様を見る。


「お父様は純粋に、証拠が揃ったから騎士団の皆様を勝手にこき使っただけだと思いますよ。」

「…………。」

「みんなしてお父様を怖がりすぎです。私が叩かれたのは私の失態。お父様も理解してます。私が叩かれたことを知っているのと今回のは別物です。だから、大丈夫ですよ。」

「…………かしこまりました。」


不服そうだけど、納得はしてくれたようだ。


「オズワルドくんが来た時に陛下を捧げることで許しを乞います。」


前言撤回、全然伝わってなかった。


「マルクル様、本当に考えすぎです。そんなに気にするなら私からお父様にちゃんと説明しますから。だから、ね?」

「…………はい。」

「よし。話はそれだけですか?」

「いえ、あと一点。」


マルクル様の表情が真剣なものに変わる。


「王都でパーティーが開かれたら参加しますか?」

「そのつもりです。王都で開かれるパーティーは私が出る予定ですので。」

「そうですか、わかりました。いえ、深い意味はありませんよ。ただの確認です。ちなみに、パートナーはお決まりですか?」


ニコニコと聞いてくるマルクル様。


この人、コレが目的だったな?


「ガゼルとは入場する予定ありません。」

「……………………そうですか。」


見るからに落ち込む姿は、秘書官というよりは孫溺愛のおじいちゃんの顔だった。

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