それぞれの花言葉
殿下に導かれるまま離れてついて行けば、庶民向けのお花畑が広がっていて。
もちろん、広がる花は……。
「わ、白詰草!」
そう、クローバーの花。
シロツメグサだ。
定番っちゃ定番の花である。
そんな中で二人幸せそうなんだから、こっちまで口角が緩む。
「マリア様たちも、こういうところで過ごすことあるのね……。領主様たちだけかと思ってた。」
「近場でひと目につかず、ゆっくりできる場所なんじゃない?見た感じ、ココは私有地じゃなさそうだし。」
「そうね。見晴らしも良いし、ソレにココは私達の秘密基地に似てる。」
「…………うん。」
もう、あの時の光景は広がっていないけど。
領地を整備していけば、いつかきっと、もとに戻ると信じてる。
「あ、そういえばユミエルの様子はどうだった?」
「今のところは問題なさそうね。ただ、近いうちに何かが起こるかもしれないって。」
「ユミエルがそう言ったの?」
「えぇ。なんだか、様子がおかしいみたい。」
「調査対象が?それとも、周囲の人が?」
「それは────」
ゾクリとする感覚に、視線を彷徨わせる。
「ソフィア。」
「えぇ。居る。」
お嬢様と殿下の近くにある岩陰に視線を向ける。
とは言っても、目測百メートルは離れてる。
でも、他に隠れられそうな場所なんて……。
「殿下、お嬢様っ。」
「ユリア……っ。」
お嬢様と殿下の前に躍り出れば、飛んで来る矢。
「頭伏せて!!」
お嬢様と殿下を隠すように周囲を見回す。
飛んで来た矢の方角的にはあの岩陰。
「ユリア!怪我は!?」
「平気。」
矢をへし折り、視線を向ける。
「出てきなさい。来ないなら、こっちから行きます。」
岩陰の向こう側で人の動く気配。
心の中で三秒数えるが、出てくる気配はない。
警戒しつつ、一歩踏み出す。
「ユリア嬢……。」
「丸腰の殿下は大人しくお嬢様守っててください。頭、あげないでくださいよ。」
「…………、わかった。」
チラリと視線をソフィアに移せば、何か言いたげに見てくる。
岩陰に向かって一歩ずつ確実に距離を詰める。
ちょうど、岩陰とお嬢様たちの間くらいのところで足を止め真横から飛んでくる何かを避ける。
今のは……暗器。
一、二……いや、……三か。
岩陰から姿を現し、向き合う。
覆面で顔を隠しているけれど、おそらく今ユミエルに調べさせている人物関係だろう。
今更マーシャル・タールグナーがこんな手でお嬢様を狙うとは思えない。
「目的はマリア様と殿下、どっちかしら?」
「…………。」
「ま、普通に答えないわよね。期待してなかったから、まぁ良いわ。」
間髪入れずに突っ込んでくる暗殺者の攻撃をいなし、握り込まれたナイフを叩き落とす。
そして、そのまま仕込んでいた鉄扇で殴打し、意識を奪う。
あと二人。
「クロード殿下、ご無事ですか!?」
「!騎士団かっ!!」
殿下が頭を上げる。
ソレを待っていたかと言うように放たれる殺気。
「頭あげるなって言われたでしょうが!!」
「!!」
ソフィアが手早くその騎士を蹴り飛ばす。
その際に奪った剣を振り上げる。
そして、そんなソフィアを狙うもう一人の騎士。
仕込んでいた暗器を投げれば、上体をそらして避けられる。
だけど、その一瞬がアレばソフィアなら殺れる。
剣を一閃すれば、騎士二人が倒れる。
その様子を見て、安堵の息を吐き出す。
暗殺者が仕込んでいた暗器を没収し、片足を持ってズリズリと引きずる。
大の男を担げるほど、私は筋肉マッチョではないので。
「ソフィア、怪我は?」
「平気。ユリアは?」
「私も平気よ。」
「あ、手のひら擦りむいて……、ただれてるじゃない!アンタまた毒を素手で食らったの!?いい加減にしなさいよ!?ほら、コレ飲んで!!」
「このくらいの毒なら平気よ。知ってるでしょ?」
「知ってるけど心配くらいするわよ、バカ!!」
ポイッと剣を捨てると私の手のひらを治療し始める。
領地唯一の薬師の娘、ソフィア。
そんな彼女には、領地で両親が調合していた薬はもちろんのこと、書物などで得た知識により、そんじゃそこらの医者よりも良質な薬を調合することができる。
もちろん、良質な毒だって作れちゃう。
「痺れや違和感は?」
「ない。」
「本当ね?」
「本当よ。」
「なら良いわ。」
「心配してくれてありがと、ソフィア。」
ソフィアを慰め、座り込んでいる二人を見下ろす。
「お二人は、怪我ありませんか?」
「あ、あぁ…。」
「私は、平気。あの、それよりその人達は……。」
「騎士団の格好をしていますね。こっちの二人は。本当に騎士団員なら、書類審査からやり直した方が良いと思いますが。」
「死んだのか?」
「殺してませんよ、失礼な。」
ソフィアが不機嫌そうな顔をする。
殿下が立ち上がり、騎士団の服に身を包んだ二人を見下ろす。
「いや、この二人は騎士団員ではない。立場上、王城に出入りする関係者はすべて頭の中に入っているが、見覚えはない。」
「それを聞けて安心しました。」
流石に私も王城の中にまで潜入できないからね。
まぁ、王城内部の情報を手に入れる方法がないわけじゃないけど。
あまり気乗りしないのよねぇ。
ルナはやる気に満ち溢れてるけど、まだ子供だし。
「……、ユリア。」
「どうかした?」
「この花……。」
しおれたシロツメグサ……否、四葉のクローバーと言った方が正しいソレ。
先ほど暗殺者から没収した暗器を見れば、シロツメグサが彫刻されていて。
「どうする?」
「…………後回しよ。先に、やるべきことがある。」
「わかった。」
私達の様子に殿下は何かを言いたげにはしたが、何も言わなくて。
「ね、ユリア。あの、貴方、ソフィアさんと知り合いなの…………?」
「あ。」
しまった。
こんな早く、バレる予定じゃなかったのに。
「あー……ごめんなさい、お嬢様。その話は別の機会に。もう色々と手遅れだと思うし、聞きたいとは思いますが、言及しないでください。来年……、新年度になってからお話します。」
「…………今は、言えないのね。」
「はい。」
「わかったわ。」
「ごめんなさい、ありがとうございます。ひとまず、この暗殺者たちは私が見張っているので人手を呼んできてくださいますか?お忍びとは言え、正規の護衛はついてますよね?」
「……あぁ。すぐ戻る。」
殿下が立ち去って行くからソフィアを促してついて行かせる。
誰も居ないとは思うけれど、一人行動は避けた方が良い。
「お嬢様は、あまり離れないでくださいね。」
寝かせている三人とお嬢様の間を陣取り、様子を伺う。
「さっきの四葉、何か意味があるの?」
「組織的犯行を裏付けるものですから。」
「組織的犯行……。」
「お嬢様に暗殺者を仕向けているのが誰なのか、手がかりにはなると思いますよ。三年前の王位争いで王弟側が全員曼珠沙華の花を掲げていたのは知っていますか?」
「えぇ、殿下たちから話は聞いたことがある。でも、詳しい話はわからないわ。お父様も、陛下もあまり語りたがらないから。」
「でしょうね。」
王位争いなんて……王弟の謀反だなんて、誰にも話したくはないだろう。
「まぁ、心配しなくて大丈夫ですよ。お嬢様のことは守りますから。」
「…………ありがと、ユリア。」
聞こえてきた足音と鞘のぶつかる音に視線を向ければ、騎士団員がこちらへ走って向かって来ていて。
「マリア!!無事か、マリア!!」
「お父様!!!?」
「あぁ、マリア!!怪我はないかい?」
「私は大丈夫よ、お父様。」
セザンヌ公爵が一緒なのは誤算だな。
コレ絶対に後で説教食らうな。
お嬢様に怪我がないことを確認できたらしいセザンヌ公爵が眼光鋭く睨みつけてくる。
あ、くる。
「…………っ。」
パチンという音とともに頬が叩かれる。
「ユリア!!お父様、なんてことを!!」
今にも踏み出しそうなソフィアを手で制し、お嬢様を退ける。
歯を食いしばり、頭を下げる。
大丈夫、こんなことで泣かない。
「御慈悲に感謝します。」
「当然だ。マリアを危険な目に合わせるな。」
「お父様!!ユリアは悪いこと何もしてないわ!!」
「マリア、忘れるな。お前は、クロード殿下の婚約者なのだ。そして、その令嬢はあのコースター辺境伯令嬢だ。優先順位が違う。」
王命で、王太子の婚約者を守れと言われた。
そして今、私は殿下とお嬢様を守った。
守ったけれど、公爵にとっては、守ったうちに入らない。
元凶を根絶やしにしろとセザンヌ公爵は説教タイムのたびに言っていた。
だから、動いていた。
殿下とヒロインのフラグをバッキバキに折る為に。
悪役令嬢であるお嬢様を守るために。
セザンヌ公爵が怒るのも無理はない。
「セザンヌ公爵。だったら私も殴ってください。」
私の前に出るソフィアに目を見開く。
「……どういうつもりだ。」
「婚約者であるマリア様より、王太子であるクロード殿下より、コースター辺境伯家令嬢のユリア様より、男爵家である私の方が優先順位は低いです。なのに私は何もできませんでした。なので、セザンヌ公爵、私も殴ってください。」
「…………。」
「何を言ってるの!!ソフィアさん、貴女も助けてくれたじゃない!何もできてないなんてそんなことないわ!!」
「…………良いだろう。」
「お父様!!」
「待ってくれ、公爵!!」
静止も聞かずに振り上げられる腕。
そして、ソレはさっきと同じようで同じじゃない威力で振り下ろされる。
まっすぐとセザンヌ公爵を見上げるソフィアの腕を引っ張り場所を入れ替える。
パチンと本日二度目の乾いた音と痺れ。
半歩退き勢いを殺す。
「ユリア!!」
お嬢様か、ソフィアか。
悲鳴にも似た呼びかけに、口角をあげる。
良かった、さっきよりも強いこの威力で叩かれたらソフィアの歯が折れちゃうところだわ。
「公爵!!」
「殿下。貴方も軽率な行動は控えるように。今回のように騎士団に紛れ込まれたら、貴方もマリアも無事では済まないのだから。」
「…………以後、気をつける。」
重たい空気が漂う。
今にも斬りかかりそうなソフィアの手首を掴み、殿下を見る。
「殿下とマリア様が気に病む必要はどこにもありませんよ。貴方たちはいつもどおり過ごせば良い。」
「……、だが…………。」
「貴方たちのいつも通りの日常と自由を守るのが、護衛の役目。その護衛に命令を下すのは、主人の役目。」
セザンヌ公爵をまっすぐと見上げる。
「危険を事前に回避するのが、当主の役目です。」
王家が把握できない部分を把握し、対処するのが中枢にいる上位貴族の役目。
私達は、王命でココに来た。
王命の内容は、王太子クロード・カルメの婚約者を婚姻の儀まで守ること。
「セザンヌ公爵。貴方の持論で行くと、マリア様が婚約者でなくなった時、優先順位が下がることになります。貴方は、自分の娘にも王太子の婚約者を守るために盾になれとおっしゃるのですね。」
「…………。」
「王都の貴族はきっと、その優先順位で生きているのでしょう。その価値観が正しいと疑わないのでしょう。幼少の頃より積み重ねられた生き方です、否定はしません。私のような辺境伯令嬢に何を言われても響きはしないでしょうし、小娘がほざいているという程度にしか認識はしてないでしょう。」
ごめん、お父様。
金貨二千枚、持って帰れないかも。
親不孝な私を、許してね。
「でも、覚えておいてください。」
でも、これだけは言っておかなきゃ。
ソフィアを……大切な家族を、殺すつもりで殴ろうとしたこの男には。
「命に優劣なんてありはしません。」
「はっ、さすがコースター辺境伯令嬢。あの男の娘らしい戯言だ。」
セザンヌ公爵が、初めて顔をあわせたあの時のように不愉快そうに顔を歪めた。
読んでいただき、ありがとうございます
感(ー人ー)謝




