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小悪魔達の教育係  作者: パンダカフェ
ラルフとリサ
8/21

孤児院

 ラルフはその日、自分の部屋で本を読んでいた。

 開け放した窓の向こうから、隣接する孤児院で暮らす子供達の声が聞こえてくる。


 ふと懐かしさが込み上げ、彼は目を閉じて自分が孤児院にいた頃の思い出に浸り始めた。




「今日からここが君達の家だ」


 神父の言葉に、子供達は疑いの眼差しを向ける。

 もちろん俺も例外ではない。

 生き抜くためには、誰も信じてはいけない。

 騙し合い、奪い合い、歯向かう相手は叩きのめす。

 物心ついた時から、俺達はそうやってきたのだ。


 この神父は、子供達を集めてどこかへ売り飛ばすつもりなのかもしれない。

 そんな考えが頭に浮かんだものの、雨風をしのげる建物と温かい食事、そして清潔な衣服や寝具までそろっている孤児院で暮らせるというのは、大変魅力的な話だった


 いざとなったら逃げ出せばいい。

 束の間の夢であっても構わない。

 俺は妹のリサの手をしっかりと握りしめながら、怯えと期待が入り混じった気持ちで孤児院の敷地に足を踏み入れた。



 新しく来た神父は只者(ただもの)ではない。

 そのことには、この貧民街に住む者ならば誰もが気付いている。

 けれども、その正体が何者なのかということについては、誰も知らない。


 金持ちの寄付によって建てられた貧民街の教会には、これまでに何人もの神父が派遣されてきたが、みんな長続きしなかった。


 理由は明白だ。

 どの神父も、赴任してきて数日以内に身ぐるみ剥がされ、あり金を全て奪われてまうからだ。


 ここの住民達は神様なんか信じていないから、平気でそんなことができる。


 だが、今回だけは違った。

 神父のところへ押し入った(やから)は、誰一人として帰ってこなかったのだ。


 そんなことが何回か続いた後、神父に危害を加えようとする者はいなくなった。



 しばらくして、教会に隣接する孤児院にも変化が現れた。


 これまで、孤児院はその役割を全く果たしていなかった。

 なぜなら建物が完成してすぐ、ならず者達が孤児院を占拠してしまったからだ。


 しかし、新しい神父の就任に伴って状況は一変した。

 ある晩を境に住み着いていた輩は姿を消し、もぬけの殻となった孤児院で、神父は一日に一回、貧民街の人々にスープとパンを振る舞うようになった。


 ただし、食事にありつくには条件があった。

 それは、孤児院のために何か一つ奉仕をすること。

 そんなことを言われても何も思いつかない者がほとんどだったから、大体の者は神父に言われるがまま孤児院の修繕に手を貸した。


 こうして、ならず者に汚されたり穴を開けられたりして酷い状態になっていた孤児院は、貧民街の人々の手によって少しずつ修復されていった。


 不思議なもので、自分達が手をかけたものには愛着が湧いてくるようだ。

 孤児院に子供達が招き入れられる頃には、調理や洗濯、力仕事などを自主的に手伝おうとする者まで現れた。

 神父は彼らの中から数人を選んで正式に雇用し、寄付金の中から報酬を支払った。


 略奪や争いが絶えない貧民街において、いつしか教会と孤児院だけは聖域であるかのように守られ、孤児院の運営は軌道にのった。



 月に一回、孤児院には金持ちが現れて、衣服を寄贈したり甘い菓子などを振る舞ったりした。

 いわゆる慈善事業というやつだ。

 富める者から貧しい者達へのありがたい施しに、子供達は歓喜の表情で群がる。


 俺は彼らの偽善に反吐(へど)が出る思いだったが、胸に宿る憎しみを押し殺して菓子を受け取り、妹に食べさせた。


 ある日、何度目かの彼らの来訪を受けた時のことだ。

 俺は、白いドレスを着た令嬢の優しげな微笑みに苛立ちながらも、いつものように菓子を受け取りに行こうとした。


「俺達も行くぞ」と言おうとして振り向くと、いつも俺にまとわりついている妹の姿がない。

 慌てて孤児院の敷地内を探し回り、ようやく裏庭の木の下に座り込んでいるところを見つけた。


「黙っていなくなったら心配するだろ!」

 思わず強い口調で責めると、妹のリサは

「ごめんなさい」

 と言って申し訳なさそうに下を向く。


「……急にいなくなって、どうしたんだよ」

 俺の問いに、リサが小さな声で答える。

「さっき、白いドレスのお嬢様がいたでしょう? あの人は全員にお菓子を配り終えた後、余ったお菓子を小さな子供達から順に、余分に分け与えてくれるの。毎回そうしてくれている。だから私が我慢すれば、その分たくさん食べられる子が増えるなと思って」


 リサは、そういう奴だった。

 俺と同じように糞みたいな親から生まれて、ゴミ溜めみたいな街で暮らし、たくさんの屑どもに囲まれて生きてきたのに、そういうことが言える。


 俺は神様なんか信じない。

 でも、神様みたいな人間はいると思っている。

 劣悪な環境に生まれ育ち、それでも誰かのために心を砕くことの出来る者が。

 だが大抵の場合、そういう人間は幸福にはなれない。

 屑どもに寄ってたかって利用され、身も心もボロボロになってしまうからだ。


 だからそうならないように、リサのことは俺が守ってやらなければならない。


 俺はリサの隣に腰を下ろし、大きな木に寄りかかった。

 ふと顔を上げると、少し離れたところから俺達の方を見ている少女と目が合った。


 濃紺のドレスを身にまとった少女は俺達の方へと近付き

「こんなところで何をしているの? お菓子を食べ損ねるわよ」

 と冷ややかな声で言った。


 彼女の見下すような話し方が気に障り、俺は少女に苛立ちをぶつけた。


「優越感に浸りきった偽善者から手渡される菓子なんか、食いたくないんだよ」


 すると彼女は

「寄付金で建てられた孤児院に住み、恵んでもらった服を着て、何の対価も支払わずに食事にありついているのに、よくそんな口がきけるわね」

 と言って意地の悪い笑みを浮かべる。


 カッとして立ちあがろうとする俺を、リサが止める。

「やめて、ラルフ」

 それからリサは少女の方へ顔を向け

「失礼なことを言ってごめんなさい」

 と謝った。


 少女はしばらく黙った後、俺に向かって言った。

「施しを受けるのが嫌なら、対価を支払えばいいじゃない」


「金なんか無い」

 俺は噛み付くように言い返す。


「無いなら作ればいいのよ。稼ぐ方法を考えなさい」


 少女の突き放すような言い方に腹が立ち、俺は敵意をむき出しにした目で睨みつける。


 するとリサが躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「あの……それじゃあ、花の種を分けてもらうことはできる? この裏庭に花壇を作って、花を育てるの。そして大きな街まで行って売ったらどうかしら」


 少女はリサの目を見ながら

「花を売る? 花なんて、その辺で摘んでくることも出来るし、大きな街には立派な花屋があるのよ。みすぼらしい孤児の売る粗末な花なんて、買う人がいるかしら?」

 と疑問をぶつける。


 リサには悪いが、彼女の言い分はもっともだ。

 俺はそう思ったが、リサは諦めなかった。


「街の花屋は、プレゼントにするような立派な花束を売るでしょう? だけど私が売りたいのは、もっと素朴な普段使いの花なの。路上で生活していた時、いろいろなレストランや食堂なんかのゴミ箱を漁って暮らしていたんだけど、窓の外から見た店内のテーブルには、花が飾られていた。でも、時々萎れていて……。お店の人達は忙しいから野原で花を摘んでくる暇なんてないだろうし、花屋で売っているものはそれなりの値段がするでしょう? だからあまり頻繁に新しい花を用意出来ないと思うの」


 少女は、リサの話に耳を傾けている。


「花屋よりもずっと安い値段で卓上に飾る花を提供できたら、お店の人も喜ぶんじゃないかなと思って。最初はお試し期間を設けて、無料で提供してもいいわ。そうして気に入ってくれたら、継続してもらうの。……どうかしら?」


 リサが、最後は少し不安そうに問いかけると、少女は微笑みを浮かべた。


「そんなに上手くいくとは思えないけれど、やってみたら? 次に来る時に、何種類か花の種を持ってきてあげる。それまでに花壇を作って準備しておきなさい」


 少女はそう言って踵を返し、建物の方へ向かって歩き出した。


「あなたの名前は?」

 リサが尋ねると、彼女は少しだけ振り向いて

「スカーレットよ」

 と名乗り、すぐに背中を向けて立ち去った。

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