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歴史という名のファンタジー  作者: みなと劉
88/255

88話

(そうだよ。俺と彼女は同じ存在じゃないよ。そもそも、『天使』だった頃の俺は 人間と同じような肉体を持っていたわけじゃない。あくまで、人間の姿に化けることができていたというだけだ。と、言っても 君には理解できないだろうね)……そういえば、君はどうして僕に宿っているんだい?

(どうして、僕に宿っているのかってこと?)

(そうそう。俺達は もともと別々の人格だったじゃないか。それがどうして一つの人格になってしまったんだろうって思ってね。何か心当たりはないかな……なんて思ったりもしてね)

そいつの言葉を聞いた途端、僕は黙り込んでしまう。しばらくの間は、何と言っていいのかわからずにいたが、やがて静かに口を開いた。

(……正直言って、わからない。ただ言えるのは、僕は『あの時』を境に、自分が自分ではないような気がしているってことくらいさ。と、僕の返答を聞くなりそいつは 静かに溜め息を漏らすと「そうか……」と小さく声を上げた。……そうかもしれないね。君になら分かるんじゃないかと思ったんだけどね。……まぁ、仕方ないね。君が分からないのであれば 答えが見つかるまで考えるしかないね)

(君達は一体 どこへ向かって歩いているんだい?)

(そうだね……。どこに進んでいるのかって聞かれたら、ちょっと説明が難しいけど、とりあえず『君達の街に向かっている』ということは確かだよ。だから、君にも早く戻ってきてほしいと思っているんだけど……。……やっぱり、駄目かな……?)

その質問に対し、僕は「ごめん……。まだ戻れないよ」と言葉を返す。すると、そいつは小さく溜め息をついた後で「わかったよ」と答えたのだが、その直後に こんなことを言ってきた。

まあ、少しお話を作ってしまいましたがここまでにしますね。

では、一旦閉じていた。

日本の話で

あなた方は『平賀源内』をご存知ですよね?

『当たり前だ!』という声が聞こえてきます。

では、彼の『功績』と言えば?

多く人は『エレキテル』を発明、開発という人が多いかと思います。

最近の歴史文学で実は

彼は

『エレキテル』を『発明』していません。

では、彼は『何をしたのか?』

それを詳しく調べる必要がありそうです。

そこで、私が 彼について書き出してみました。

彼が行った事は、主に2点 1つは、江戸の町人の生活の改善 2つ目は、農業技術の向上 この二つを行い、江戸の町人生活を豊かにしていった。

まずは 江戸時代で『米不足』で困っていた時代 彼は

『イネ』の研究を始める。

『コメ』と『インディカ種』

その二つの研究を始め、その品種を作り上げることに成功した。

これは 日本人にとっての革命である。

その後 彼は イネを研究し

『コシヒカリ』を作り出す事に成功した。

そして、その技術を『武士』に伝えた。

これにより『武士の食事改善』が行われた。

では、『エレキテル』はどうやって献上したのか?彼は『幕府』の役人であり、『老中』でもあったのである。

『江戸幕府』の将軍様 徳川定信様(水戸黄門のお父さんですね!)に

『エレキテル』という渡来品を修理し献上したのだ。

しかし、これが問題になる。

何故ならば『電気の力は人には危険すぎる』という判断になったからである。

この事実を知った『源内』は『エレキテル』の量産製造をやめた。

しかし、その製造法については、後に『日本中に広まった』とされているのが現状。

その辺りを調べていくと面白いかも知れませんね? そして 次に 彼は『稲の品種改良』を行っている。

それは『早生』つまり 夏に収穫できる 品種を作り出したのである。

これのおかげで、田んぼが短期間で生産でき

『石高』が上がることになった。

彼は、この他にも様々な事を『改革』しているのです。

しかし、残念ながら『日本史』は『源内』に関しては詳しいことがあまり残っていないようです。

『ゲルマン人』という説もあるので残さなかったのか?それとも、あえて書かなかったのか 謎に包まれています。

しかし 彼が残した業績はとても大きな物だったことは確かなので 皆様に知っていただきたかったと思い、筆を執らせて頂きました。

『加賀百万石』といえば・・・皆さんは、『前田利家』や『佐々成政』を思い浮かべると思います。

そんな彼らの活躍は素晴らしいものばかりですよね? 特に 利家は、信長の家臣として数々の功績を挙げ、ついには 本能寺の変にて『秀吉』と共に戦ったほどの武将であったのです。

『柴田勝家』『滝川一益』『明智光秀』などの猛将と 共に戦い抜き、見事勝利を勝ち取った英雄だったのですよ。

しかし 私は、ある史実を耳にしています。

それが、なんなのかというと 前田慶次が『前田家を継げなかった』理由なんですけどね。

『前田家』というのは、代々続く家系でしたが 初代当主である『利久』は『養子』だったのです。そのため、二代目の『長連龍』は、前田家の『相続権が無かった』らしいのですね。

でも この話は、どう考えてもおかしな話だと思われますよね。『養子』なら『養子』らしくすればいいはずなのに、わざわざ『相続権を無くす』必要はないでしょう? もしかすると、その背景には なにかしらの事情があったのではないか?と思っています。

その話とは、ずばり『後継者問題』

前田家に もしものことがあった場合、誰が当主になるのかで争いが起きたというわけです。そのせいで『跡継ぎ』を決めることができなくなってしまったということだと考えられます。

では、ここで一つ問題があります。それは『後継者は誰か?』ということなんですよ。当然のことですが、その人物がいなかった場合は

『家督』を継ぐことはできない。そうなると、必然的に長男である『前田又左衛門』が、家督を継ぐことになっていたという事ですね。

しかし、前田家は、戦国時代に名を馳せた名門中の名門でありましたから そう簡単に その座を譲るわけにもいかず、また、譲れるものでもなかったと想像できます。そこで 生まれた策が『次男の利三を後釜に据える』という方法だったのでしょう。

ただ、それでも納得できない家臣達は多かった。そこで、当時の前田家の当主『重豪』は 利家と『利三』の仲を取り持ち 二人の間にできた子供を養子にし、後を継がせる約束をしたそうです。

『この子が大きくなって一人前になるまで、自分が支えてやる』と約束をして、二人の関係が修復されたという話が残っています。

さて では 肝心の子供の名前ですが・・・ なんと その子の名前は『利久』

利家から名付けられた名前だそうです。

これは、あくまでも 私の仮説ですが もしかしたら、この話を後世に残すために『前田家』の名前を使ったのではないかと 考えています。もし、そうだとしたら 実に悲しい事ではないでしょうか? 歴史は勝者によって書き換えられることが多いのです。それを 今更変えることは無理だとわかっているので しょうか?それとも そこまで気が回らなかったのか? いずれにせよ 真実は闇の中に埋もれてしまっているような気がいたします。


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