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歴史という名のファンタジー  作者: みなと劉
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79話

それは……アダムが最初の人間でエデンを追われた時のことだったと言われている。彼はその行く先に困難が待ち構えていることを恐れていて、不安を抱いていたのだという。

その時 彼には……三人の妻がいたのだけれど、彼が他の女達を愛していたことを知った彼女は嫉妬し、やがて彼の妻達は彼を裏切るようになっていったのだ。それで ある時 アダムは、全ての人間が自分に背を向けることを恐れたのだと とある書物に書いているのだが……その真意は不明『創世記』の本文は その部分しかないので、その文章だけでは その真実は分からない。しかし……その当時のことをよく知る学者たちの間では……アダムの恐怖心こそが 人類の悲劇の始まりになったのではないかと考えられているのだそうだ。

要するに……キリスト教が教えていることとは……その時代のことを表しているのだと思われる。キリスト教が説いていることの本質とは……

愛しなさい……人を愛さない者は地獄に落ちます。愛することは神に祝福されることであり、神はその人を祝福されました。その人は愛されていたのです(ヨハネ3:16-17)

愛は全ての人が平等に持つべきものであり、それは神からの贈り物なのだ。だから、人間は皆、愛を持って生きていかなければいけない。そのことを通して

神の御心を知らなければならない(1テモテ6:15-16)

そして……『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉があります。これは新約聖書の中にある有名な言葉ですが、実はこの言葉の本当の意味を知るためには、少しだけ聖書の知識が必要になります。そのことについて……まずは簡単に説明していきましょう。

『聖書の原典』において この言葉の意味は『あなたの隣り人(同類)を、あなたと同じように愛せ(愛しなさい)』となっているのですが、この訳文には注意しなければならないことがあり、聖書学者によっては……『自分にとって大切な人と同じような愛情をもて(愛せよ)』……と解釈する場合もあるそうです。その考え方によると……この『愛』という言葉は『親愛なる者』という意味合いで使われていますが、しかし『隣の人はあなたのように大切にしなさい』と言い換えることができるとも言えてしまうわけです。ですから……もしこの言葉の真意を読み取るとすれば……

愛は全ての人に平等に与えられるべきものであり、それを愛と呼ぶのであれば……『愛する者と、愛されない者の線引きは無い』という風に考えることもできるでしょう。

そうすれば……隣にいる人も愛していないとならないし、神が与えたいと願っている『善良な人々』は……愛すべき存在であるということになり、その逆の悪徳に生きるような人間とは付き合うべきではないということにもなるだろう。そしてまた、自分にとって価値があると思った人物とは、例え相手が悪人であったとしても それ相応の対応をすべきだということになるだろう。

つまり……神が求めているのは、ただ単に善人だけが幸福になれるというような、そのような世界ではないということを意味しているのだ。

だからこそ……その人の人格を、神は最も重要視しているということなのだと思う。

しかし……神は人間の内面ばかりを重視しているわけではないのだ。人間の外面や……外見に関しても、かなり気にかけているのだ。

例えば……ある人の顔を見れば……誰であっても その人の善行・悪行を判別することができる……ということもある。しかし……そんなふうに人間の顔を見ただけで、その人の人柄を判別することができれば……その人の善行も すぐに判断ができるのかもしれない。

『ソクラテス』とはギリシャ神話に登場する哲学者のことだが、この『ソクラテス』という名前は、彼の名前の『ソテル』という単語に由来するものだと言われていて、この単語はギリシャ語における『善い』という意味の言葉なのだそうだ。また、彼の苗字でもある『フィロクラテス』という名前もまた同じ意味の単語だとされているようだ(この二つの言葉は同じ語源を持っているという説もある)

それでは何故……彼は哲学の祖と呼ばれて、多くの人から『正義』の人として慕われることになったのだろうか? それについては 様々な意見があって、彼が哲学を語ったのは 自分の思想を広めるためだったという人もいるし、彼の哲学は 当時の人々に受け入れやすかったのだという者もいるし、そもそも彼は自分の学問体系を確立させるために 弟子達を集めていたという側面もあったらしい。そして……彼はその弟子達に『君達は正義についてどう思うか?』と尋ね、それに対して弟子達はこう答えたという。『正義なんてものは存在しません。それは神の摂理なのです』と……。

それでは……ここで

『正義』という概念の原点となるようなエピソードを紹介しよう。

その昔 一人の若者がいて、彼は自分の財産を守るために、その財産の一部を売ってしまった。すると……それを売った金目当てに強盗に襲われ、危うく殺されそうになったのだそうだ。その時に、通りがかった老人がその青年を助けてくれたのだが、その老人はそのお礼を受け取らず、代わりにこんなことを言ったのだという。

『私はあなたがした行為に対して 報酬を求めようとは思いません。何故なら、私の行いはあなたを助けたことで満足しており、それ以上のものを欲しようとは思わないのです』……と。

それを聞いた青年は感動し、この世の全てに価値を見出せなくなった。この世は不公平で不条理で醜く汚いものだと気付いたのだ。

その後 その男は、自分が今まで信じていた宗教を否定し、神は存在するが……人間を創造する力は持っていないのだと考えたのだそうだ。

彼は……『愛』が足りなかったのだと思う。そのことが 全ての間違いだったのだと 僕は考えている。『愛』さえあれば……『正しい』人生を歩むことができたはずだから。

この世に存在する人間の中で、『愛』が欠けた者達は『間違った』道を進み、逆に『愛』に満たされた人達は……必ず『正しき道』に進むことになる。そして 僕達の人生は……それによって左右されることになる。それが……この世界の『法則』であると言えるだろう。

だからといって、他人を愛することだけが

『良い』ことに繋がるわけではない。それはまた 別の話になるだろう。愛すること以外に大切なことはいくらでもあるし、それは どんな人間でも知っていることなのだから。

だから……僕は その人の心が

『正しい』方向を向いているかどうか……それを見て判断するようにしているのだ。

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