61話
6種類というのは、
「六つ葉」、 すなわち「1つ葉は始まりの道、2つ目は真ん中、3つめと4つ目は中間地点、5つ目は終点、最後の一つが最終目的地への道を示している」
という考え方に基づくものなのです。
だから「三途の川は三回流れを変え、一回休憩し、また流れを変えて進むので、合計6回も流れを変える」のです。
「賽の河原」については諸説あります。
石積みの塔を作って、崩れてを繰り返すというパターンと、崩した石を元通りに積み上げてを繰り返しているという話の二つがあります。
どちらが正しいのかはよく分かりませんが、いずれにせよ、「塔を作る」ということは変わらないようです。
また、「賽の河原」という名前は、中国に伝わる説話に由来していると思われています。
それは中国の有名な説話の一つです。
それは「賽子」というものにまつわる話です。
では、解説していきます。
ある時、男の子が父親と一緒に川に遊びに出掛けていました。
父親はその川の近くに生えている大木の上に大きな「石柱」があることに気づき、それを「お土産」にすることを決めました。
そして、二人はそれを作り始めたのですが……..
突然父親の目の前で男の人が溺れ死んでしまいます。
そして男は助けて欲しくて手を伸ばすも父親はそれに気づかず川の向こう側へと去っていってしまいます。
その後しばらくして、その男は自分の親と同じことをして死んだことを知ったのでした。
そして、その子は父親を恨んで、父と同じく川を渡りその石を持ち帰ったのですが……..
それからまたしばらく経ったある日、再び川を渡ろうとしたその時、後ろから「早く渡るんだよ!」
と言う声が聞こえてきたので急いで渡し場に向かったが、結局間に合わなかったのでまた戻って石を積んでいると、「もっと強くならなくちゃダメだ」と言われました。
その日から何度もやり直しては、積み直したのですが、どうしてもダメでした。
また、何度も繰り返すうちに、自分のしている事が虚しいことなのだと悟り、やがて心変わりをして、石を崩し始めたのだとか。
つまり、「三途の川」とは、「死の世界へ行くための分岐点であり、黄泉の世界から現世に戻るための通行手形」のようなものだったのです。
ちなみに「三途の川」にはもう一つ別の言い伝えが残っています。
それが、「六文銭を渡すと向こう側に行ける」という説です。
この話は、仏教の教えが伝わる前から日本にも伝わっており、その頃は「三途の川の渡し賃」としてではなく、何か重要な意味があったと考えられています。「三途の川の渡し賃」を払ったとしても、まだ渡れない場所があるのです。
つまり、「六文銭を渡したら渡れる」のではなく、「六文銭を受け取った者しか渡れない」ということが言えそうです。
では、どうして六文銭が必要だったのでしょうか? それは、黄泉の国へ旅をする時の決まりごとだからです。
それは「六文銭を持っていない人は黄泉の国に入ることは出来ない」
ということだったんです。
しかし現在では、そこまで厳格に守られていないみたいですね。
でももし、六道に堕ちることがあれば、その世界の住人になるのでしょうけど……。
皆さんは、「四十九日」「忌明け」という言葉を聞いたことがあると思います。
4×9はいくつですか?と聞いたら、すぐに答えられますか?私は即答できません……。
でも、「49」と聞けばすぐに浮かびますよね?そう、あの忌まわしい数字です……。
さて、ではなぜこのような数字が出てきたのか説明しますね。
実は、死者は亡くなったその日に火葬にすると、煙となって天に上るのです。
しかし、その日はちょうど4年に一度の特別な日の4日目に当たります。
だから、次の日には、4つ目の道を歩いて黄泉の国に向かうのです。
でも、その道中はあまりにも長すぎて、とても一人で歩けるような距離ではありません。
だからこそ、その道案内人が必要になります。
その人の役目は、「4つ葉のクローバー」を持っていて、その葉を3枚ちぎると、「向こう側の出口」へと導いてくれるのです。
その道は、今まで通ってきたどの道よりも長いのですが、それでも決して迷うことなく、正しい方向へと進んでいくことが出来ます。
そして無事にたどり着くことが出来たら、もう二度と戻ってくることはありません。
「四十九日」とは、この「四九」という数字から来ています。
「忌中」というのは、簡単に言えば「故人を偲ぶ期間」のことを指します。
ここでは、忌中の期間中に行うべきことについて書いていきましょう。
まず、遺族は、「仏事(法事)」を行う必要があります。
これは、お坊さんに来てもらって、法要を執り行なってもらうことです。
この時に、僧侶に渡すのが、「精進落とし」と呼ばれるものです。
これは、親族や親しい人を招いて行われる食事会のようなものです。
なので、あまり形式張ったものはなく、ごく普通に和やかな雰囲気で行われます。
もちろん、お酒なども出されるので、親戚一同が集まる機会としては最適なのかもしれません。
「喪主」とは、葬式を取り仕切る役割を持った人のことを指す言葉です。
「喪主挨拶」とは何なのか、疑問に思った人もいるのではないでしょうか。
確かに、「喪主挨拶」とは一体何なのでしょうか。
今回は、そんな「喪主挨拶」について詳しく解説していきます。「喪主挨拶」は、主に葬儀の中で執り行われます。
そこで、どんなことを話せばいいのか分からないという方のために、少しだけ例を挙げてみました。
・故〇〇は、皆様のお陰で本日を迎えることができました。
・これからも、家族全員で力を合わせて頑張っていきます。
などが一般的だと思われます。
しかし、このように堅苦しい言葉を使う必要は全くないのです。
むしろ、「こんなこと言って大丈夫かな?」と思うくらいで丁度良いと思いますよ! なぜなら、そもそも「喪主挨拶」とは、「最後の別れの言葉」であり、故人との思い出を振り返る時間でもあるからです。
そして、その時間は、残された者達が故人のことを想って過ごす大切な時間であります。




