51話
お市が部屋に入ると、そこには浅井家当主の亮政の姿があった。お市は緊張した面持ちで亮政の前に正座する。
「お市殿、よく来てくだされた。私が浅井家当主の亮政だ。お初にお目にかかる」
「は、初めまして。お市です」
亮政は優しい笑顔でお市に話しかけたが、お市は内心気が気ではなかった。
「亮政様、私めが浅井家当主代理を務めております長政と申します。亮政様には何かと不手際があるかと思いますが、どうかご容赦くださいますように」
「ああ、分かった。お前に任せるとしよう」
「ありがとうございます」
亮政と長政の間で話がまとまったところで、お市は恐る恐る二人に問いかけた。
「あの……、私が来た理由についてはもうお分かりになっていますよね?」
「もちろん分かっておる。お市殿は私達夫婦の子供に会いたいのであろう?」
「はい。その通りでございます」
「そうか……。だが、その前にお市殿には言っておかなければならないことがある」
亮政は真剣な表情を浮かべながらお市を見つめる。
「は、はい。一体どのようなことでしょう?」
「お市殿には、浅井家当主の妻になってもらわなければならぬ」
「はい、承知しております」
「そのことを踏まえた上で、もう一度お聞きしたい。本当に私達の子供に会っても良いのだな?」
「ええ、構いません。むしろ、亮政様の御子息方にお会いできる日が来ることを楽しみに待っておりました」
「ほう。それならば良いのだ。では、私達は別室で待っていることにしよう」
亮政と長政は立ち上がると、別の部屋に行ってしまった。(えっ、ちょっとどういうこと!?私は子供達に会うためにここまで来たんだけど!)
残されたお市は困惑しながらも亮政と長政を待っていた。
それから一刻後、再び亮政と長政が姿を現した。
「待たせてしまってすまなかった。それではお市殿、ついて来てくれ」
「はい」
そして、三人はお市のいる場所まで戻ってくると、そこにはまだ幼い二人の少年が並んで眠っていた。
「これは一体どういった状況なのですか?」
お市は目の前の光景が信じられず、唖然としながら呟く。すると、亮政が嬉々として説明を始めた。
「実はこの二人は双子の兄弟なのだ。そして、双子が産まれたことは浅井家の家臣の中でも限られた人間しか知らない。だから、この二人が無事に成長するまでは、他の者達から隠し通さなければならないのだよ」
「そういうことだったのですね。でも、どうしてこんなに幼い時に子供を作らせたのでですか?もう少し大きくしてからの方がよかったのではないでしょうか?」
「それは簡単なことだ。お市殿には悪いが、お市殿にはこの二人のどちらかと結婚してもらい、浅井家の血を受け継いで欲しいと思っているからだ」
「そ、そうなのですか。その話はまた今度伺うことにします。それで、どっちにすればいいんですか?」
「うむ。まだどちらを嫁にするかは決まっていない。そこでお市殿の意見を聞こうと思っておったのだが、どう思うかね?」
「私は亮政様のお子様を御正室に迎えたいと考えております」
「おお、そうなのか。それなら良かった。私もそろそろ身を固めるべき年齢になった。それに、私は長政のことを息子のように思っているので、どうか幸せにしてやって欲しい」
「はい。私は長政様のことを大切にさせて頂きます」
「ありがとう。これで、安心して隠居出来るというものよ。後は頼んだぞ」
「かしこまりました」
こうして、お市は浅井家当主亮政の娘となり、後に長政の側室となる。そして、お市が浅井家に輿入れしたことで、朝倉家と浅井家は同盟を結ぶこととなった。
お市とお市の父・信秀と母・土田御前は観音寺城へとやって来た。お市の結婚式が行われるからである。この日の空は澄み渡っていてとても気持ちの良い天気だった。
お市は馬に乗って城へと向かう。その後方には磯野丹波守や進藤山城、今村掃部助の姿があった。
お市一行は城に着いて馬を降りると、家臣達は城門の前に整列した。その中には長政達浅井家の当主夫妻もいた。
亮政はお市に近付くと話しかける。
「久しいのぅ、お市。元気そうで何よりだ」
「はい。亮政様もお変わりないようで」
「お主は少し大人びたようだの」
「亮政様こそ、とても老けていらっしゃるように見えますが」
「そうか。私も年を取ったという訳だ」
亮政は苦笑いを浮かべた。
「さて、お市。早速で申し訳ないが、まずは着替えて貰おうか」
「はい。分かりました」
「では、こちらへ付いて参れ」
亮政はお市を連れて城内に入って行った。
「お市様、こちらでございます」
お市は侍女に連れられてとある部屋に入った。そこには既にお市のための花嫁衣装が用意されていて、お市はその着物に袖を通した。
「ふむ。よく似合っておるぞ」
「ありがとうございます」
お市は鏡の前で自分の姿を眺めていた。
「では、次は髪を整えようではないか」
「お願い致します」
そして、お市は再び別室に移ると、そこには一人の女性が座っていた。
「お初にお目にかかります。私はお市様に髪を結わせていただきます」
「は、初めまして。よろしくお願いいたします」
お市は緊張しながら挨拶をした。
「そう固くならずとも大丈夫ですよ。これからは私があなた様に色々と教えていかせて頂きますので」
「はい。ご指導の程宜しくお願い致します」
女性はお市の後ろに回ると、手際良くお市の髪の毛を綺麗にまとめていく。
「はい、出来上がりです」
「えっ、もう終わりなのですか?」
「そうですね。特に変わったことはしておりませんから」
「凄い……」
(これが私?)
お市は自分を見て驚いていた。先ほどまではぼさぼさに伸びた髪をしていたのだが、今では見違えるほど美しくなっていた。
「お気に召しましたか?」
「はい。とても素敵です。ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
そして、お市は準備を終えると亮政の元へと向かった。
亮政はお市がやって来るとすぐに話しかけた。
「おお、お市。美しいな」
「あ、ありがとうございます」
お市はとても照れた様子を見せる。
「では、行くとしよう」
亮政と長政がお市と共に部屋を出ると、お市は亮政の隣に立ちながら歩いていく。
そして、亮政はお市を連れて大広間に入ると、そこには大勢の家臣達が並んで立っていた。
「皆のもの、今日はよく集まってくれた。これよりお市の婚礼の儀式を執り行う!」
亮政の言葉に参列者達は一斉に頭を下げる。
「お市、こちらに来てくれ」
「はい」
亮政に促されてお市は前に出る。
「浅井家当主の名において、お市を浅井家の姫とする。浅井長政の妻として浅井家を盛り立てていくことを誓ってくれ」
「浅井家当主、浅井長政殿の御正室として浅井家を支えていきますことを誓います」
こうして、お市と長政の結婚の儀は無事に執り行われた。




