48話
「それができればとっくにそうしていたさ。だが、お前を支持する家臣がいるとすれば、お前の祖父であり当主であった久政殿だけだ。お前の父親を殺したのが久政殿である限り、お前に付く家臣はいないだろうよ。それどころか、お前を殺すように主張する者もいるだろうな。そういうことだから、もはや六角の力を借りねば生き残る道はないぞ!」
その平井定治の言い分に妙慶は納得できないようで、「ちょっと待ってください」と言い放った。
「それならば浅井殿は何故、当主として名乗りを上げたのですか?当主は久政様が亡くなった後に生まれた弟であるあなたですよね?それに、父である長政殿の仇を討ちたいという気持ちは分かりますが、それを自らの手で行ったのは間違いなのではないですか?」
「黙れ!余計なことを口に出すな。そもそも浅井家は代々六角家に仕えてきた家臣なのだ。当主を殺したからと言って、簡単に鞍替えできるわけなかろう。それが浅井家のしきたりなのだ。それなのに、父上の命を奪うとは……浅井家の当主になるには、それだけの覚悟が必要だということを肝に命じておくのだな」
「そ、そうですか……。でも、私は浅井家に命を賭けて仕えると決めております。どうか、私を浅井家に置いてはくれませんか?」
「ふん。勝手にするがいい」
「ありがとうございます」
「では、平井殿。六角殿によろしくお願い申し上げます」
「承った」
それから、平井定治は足早に立ち去った。そして、正吉郎の親父は俺と妙慶に向かって深々と頭を下げた。
「浅井家は六角家に降伏することにいたします。政秀殿、妙慶殿。短い間でしたが、お世話になりました。それと、この愚息の面倒も見てくだされば幸いです。これからどうなるかは存じませんが、正吉郎のことを頼みます」
「もちろんです」
「父上、必ずや御期待に応えてみせます」
「正吉郎、頑張りなさいよ。父上の分まで……」
「はい、母上。今まで育てていただき、本当にありがとうございました」
その後、親父は正吉郎たちに連れられ、六角氏の元へ出頭することになった。その途中で、浅井家の家老たちは切腹させられ、主立った重臣は処刑されてしまったらしい。一方、妙恵の侍女の菊は、他の者とともに小谷城に連行されることになったそうだ。俺はその様子を見送り、妙恵の部屋に戻った。
「正吉郎のことは大丈夫なのか?」
「はい。兄上ならきっと何とかしてくれると思います」
妙慶はどこか寂しげに言った。それから数日後、六角氏が大軍を率いて浅井領に攻め込んできたとの噂が流れた。それから間もなくして、浅井家の家中で不穏な動きがあったらしく、平井定治が観音寺城を急襲したとの報告が入った。その結果、六角氏は浅井氏の旧臣たちの蜂起によって和睦を余儀なくされ、浅井家を滅ぼさずに済んだという。
こうして、永禄10年(1567年)9月1日、浅井亮政は自害して果て、戦国大名としての浅井亮政の生涯に幕を下ろした。享年33歳。浅井亮政の死が、後の歴史を大きく左右することになるとは、この時は誰も想像していなかった。亮政の死後、亮政が長男・政之と次男・政興を後継者に指名していたことから、政之が当主の座を継ぐことになった。また、亮政の妻・お市の方が産んでいた子供のうち、男の子は政興だけで、女の子はお江のみであったため、政興が家督を継ぐこととなった。だが、亮政にはお市の方の他にも側室がいたことから、浅井家にはまだ隠し子がいたという可能性はある。
ちなみに、長政と小夜の夫婦仲は非常に良好で、2人の子供にも恵まれたという。そして、正吉郎と鶴寿丸が生まれた後もしばらく妊娠しなかったのだが、結局4人もの子供を生んでいる。このことからも、鶴寿丸は正室の小夜との間に生まれた子であることが伺える。しかし、後に長政と死別した後は出家し、小夜は実家の大寧寺に帰ったため、以降は交流がほとんど途絶えてしまうことになる。
近江国の南西部にある山々に囲まれた盆地、東山道を見下ろすことができる位置に、広大な敷地を有する古びた館が存在した。館の屋根瓦には所々剥がれ落ちている箇所があり、壁も傷だらけであった。それはまるで何かしらの災害に遭ったかのようにも見える。そして、入口の門もところどころ朽ちていて、今にも崩れそうな様相をしていた。
そんな舘の中に、一人の少女の姿があった。年齢は13~14歳頃だろうか?腰まで伸びた艶やかな黒髪に、吸い込まれてしまいそうになるほど美しい黒い瞳、鼻筋の通った端麗な顔立ちをしており、見る者を魅了するかのような美形である。少女は、屋敷の奥に位置する一室に置かれた鏡の前に座っていた。
「ふぅーっ」
そう溜息をつくと、少女は大きく伸びをした。すると、大きく膨らんだ胸が強調される形となり、思春期の男子であれば思わず見惚れてしまうであろう光景が広がっている。そんな姿を後ろから見ていたのは、初老の男性だった。
「お方様、どうかなさいましたかな?」
「いえ、何でもありませんよ。ただ少し疲れただけですよ」
「左様ですか。あまり無理はなさらぬようにお願い致しますぞ」
「えぇ、分かっていますよ。ところで、義賢殿はいつ頃戻られるのでしょうか?」
「先程文が届きまして、明日には戻るとの由ですぞ」
「そうですか。明日は久しぶりに会えるのですね」
「はい、楽しみですなぁ」
「私もですよ」
「はい。では、私はこれで失礼いたします」
「分かりました」
そう言うと、男性は部屋を出て行った。一人になった少女は、再び大きな欠伸をして呟く。
「早く会いたいな……」
翌日、少女が自室で待っていると、部屋の外から声をかけられた。
「お方様、お客様がいらっしゃいました」
「どなたかしら?」
「それが、朝倉-宗滴殿の使者だと名乗っております」
「そう……分かりました。すぐに行きます」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」




