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ブラウビート

browbeat 脅す、脅迫する

 逃げないことを証明しないと、彼女は危険な人物を遠ざけることができない。

「……分かった。じゃああたしは、そこのクローゼットの中に入ってあんたの話を聴く。それなら仮に逃げようとしても、すぐに捕まえられるでしょ」

 ユリウスは開けっ放しのクローゼットに視線を投げて、身体を起こした。ほっと息を吐く清乃を助け起こして、玄関に続く扉の前まで移動する。

 逃がさないためと同時に、怖がらせないための行動。紳士的だ。普段は優しいひとなのかもしれない。

 清乃から外さない視線は柔らかく見えて、なのに底知れない恐怖も感じさせる。それは彼の本質が垣間見えているのか、ただ単に今彼女が弱い立場にいるからそう感じるだけだろうか。

 狭いクローゼットの中、プラスチックのタンスの隣に隙間を作って膝を抱えて座る。先ほどのユリウスを見習って、すぐに動けない体勢を見せて抵抗の意思がないことを表したのだ。

 ちんまりと座る清乃の視界内、なるべく遠い場所にと配慮してくれたのだろう。ユリウスは玄関側ではないがクローゼットの正面にあるベッドの横に腰を落ち着けた。

 狭い部屋だ。何かあれば、彼は一足飛びで清乃に肉薄するだろう。

 この位置関係だと、清乃が逃げるのは不可能だ。

「さて、話のつづきだ。おれは今こまってる。日本じゃないところにいたはずなのに、知らないうちにここにきてしまった。かえるほうほうはすぐにはおもいつかない。だから、かえるまでのあいだ、たべるものとすむばしょをかして欲しいんだ」

「無理です」

「そんなにながいきかんにはならない」

「女の子ならともかく、男の人は無理」

 ユリウスが眉をひそめる。素晴らしく貴族的な表情だ。

「……せいべつはかえられない。おやにそうだんしてもらうというのはだめかな。きこくするほうほうがみつかったら、できるかぎりのれいはする」

「両親はぜっったいに反対する。ひとり暮らしの娘の家に男を泊めていいなんて言うわけないでしょ」

 実家の両親にとっての清乃は、ぼんやりした田舎娘だ。そしてそれは彼女の自意識とも一致している。

 今のこの状況を知ったら、泡を喰って駆けつけて来るだろうと確信するくらいには、愛されている自覚がある。そんな両親に心配かけると分かって相談なんかできない。

「ひとりぐらし? ここに?」

「見れば分かるでしょ」

「………………」

 ユリウスは何やら難しい顔で考え込んでしまった。

 あれか。お約束のうさぎ小屋かと思ったとか、そういう思考になっているのか。この部屋だけが世帯のすべてだというのが信じられないのだろう。日本の住宅事情舐めんな。

「だから無理。役所か警察か分かんないけど、問い合わせてあげるから、保護してもらえばいいよ」

「…………よし分かった。ひとりぐらしならつごうがいい。おれはきょうからここでせわになる」

「分かってねえな!」

 清乃は反射的に突っ込んでしまい、涙目になった。

 駄目だ。話が通じない相手だった。

「そうと決まればそうじだ。きたないぞこのへや」

「ほっといて! 関係ないでしょ!」

 招かれざる客に偉そうに指摘される謂れはない。清乃はこの部屋で不自由していないのだ。

「しかたがないよ。こんなにちいさいのに、ひとりでくらすのはたいへんだろう」

 なんだその慈愛に満ちた顔。なぜ上から目線。

 イラっとした清乃はクローゼットから這い出して立ち上がった。

「小さい言うな! 警察呼ぶ前に出てって」

「けいさつ? どうやって?」

 にっこり笑ったユリウスがひらひらさせる手に持っているのは、清乃の携帯電話だ。いつの間に。

「返して!」

「返したら、けいさつを呼ぶんだろう?」

 彼はポケットに無造作に携帯を突っ込んで、移動してきた。後退る清乃を壁際まで追い詰めて、右手で彼女の頭上の壁に音をたてて寄り掛かった。

(ひいいいぃぃ)

 壁ドンとか無理! いくら美形でもこれはない! 親しくない間柄でやられたら、恐怖しかない!

「色仕掛けもだめ、おねがいしてもだめ、ならもうおどすしかないかな」

 またアレ、だろうか。物理的な攻撃も怖いが、未知の力はもっと怖い。

 もう、彼の言うとおり、寝場所と食事を提供するしかないのだろうか。この狭い部屋で? 得体の知れない男と暮らす? 何を警戒すればいいのか分からないくらい、危機感しかない。

 魔法使いだっていうなら、自分で家でも食べ物でも作ればいい!

 身をすくめる清乃の耳を、囁き声が撫でる。

「キミはまだ、おれみたいなのを欲しがるよりも、こわいとおもうとしごろみたいだ。ならはなしははやい。こわいめに、あいたくないだろう?」

 吐息を耳にかけながら喋るのは、こういう輩の得意技なのか。

「…………っ」

 自意識過剰男め。誰がおまえなんか欲しがるものか。

 最低の脅し方だ。こんなの、問答無用で殴られるほうがまだマシだ。

「最っ低」

 こんな奴地獄に堕ちてしまえ。

「おれもそうおもう。でもこっちもひっしなんだ。分かってほしい」

 これからどうすればいいんだろう。

 この得体の知れない力を持つ薬物中毒者、もしくは精神異常者が帰り道を思い出すまで、この小さな一Kで軟禁生活を送ることになるのだろうか。

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