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アフターザット

after that それから

 日常が帰ってきた。


 清乃は残りの冬休みをアルバイトや読書に勤しみ、帰省先から戻ってきた友人と遊びに行ったりして過ごした。

 ユリウスと一緒に歩く清乃を目撃したと言う子もいた。気を遣って声をかけなかったのだと言っていた。気を遣われなくてはいけない空気を作っていたということだ。

 興味津々の友人には、迷子になってたとこを助けてあげたら懐かれたの、もう帰国したよ、と適当なことを言っておいた。

 嘘ではないが、だいぶ端折った説明だ。


 今まで彼女たちに内緒にしていたユリウスのことを、全部話してしまいたい衝動にかられることもあった。話したらスッキリして、気持ちの整理がつくような気がした。

 彼女たちがいつも楽しく話してくれるように、あるいはそれよりももっと、刺激的な恋をしそうになった。だけど恋にはしなかった。

 清乃は正しい判断をした。間違ったことはしていないと、そう今でも胸を張って言える。

 けれど自分で下したその判断により至る現在を寂しく思う気持ちが、日毎に強くなっていく。二度とないであろうチャンスを自ら手放したことに、後悔の念もじわじわと湧いてきている。

 そんな体験と心の内を、同年代同性の友人たちに聞いてもらいたいと思った。

 彼女たちはきっと、うんうんそうか、そうだったかと話を聞いた後に、カラオケとアルコールとどっちがいい? と訊いてくれる。そのとき清乃は、お酒だとすぐに潰れて終わっちゃうからカラオケがいいなと言って、ひと晩中失恋ソングを熱唱したかな。

 失恋なんかしてないけどね、と言いながら、歌詞に共感して泣いてしまっていたかもしれない。

 大学に入学してから今までに何度かあった、仲間を慰める儀式だ。清乃が主役になったことはまだ一度もない。


 彼がいなくなってしまった今、すべてが荒唐無稽な夢だったような気がすることがたまにある。本ばっかり読んでいるせいで、妄想の人物を作り出してしまったのかもしれない、と。

 そんなわけがない、それこそ妄想だと頭では分かっている。

 けれど平凡だった日々に突如として起こった異国の王子出没事件は、清乃の精神には負担が大きすぎた。そして起こった様々な出来事に心がついていかないまま、彼との生活は終わってしまった。

 あれからずっと、清乃の冷静な頭と未だに波打つ心は一致しないままだ。

 自分でも今の状態をうまく口で説明できそうにない。

 そのせいで結局、誰にも何も言えないままでいる。

 清乃は今でもひとり、たまに意味もなく泣きたくなる気持ちを抱えたままでいるのだ。



 でもそうか、と清乃は思った。

 ユリウスを見たひとがいる。

 彼は確かに、存在していたのだ。





 あれから幾日も経つが、ユリウスからの連絡は一度もない。


 清乃は冬休み明けの三連休、実家に帰省するための切符を買って電車に乗った。

 このために年末年始の帰省を見送ったのだ。半月も経たずに再び帰省するのは交通費がもったいないと思ったからだ。

 晴れてよかった。


 家族と過ごさない初めての年越しでは大変な目に遭った。清乃的には大冒険だった。とてもじゃないが家族には言えない。

 やっぱり清乃はまだ親の庇護下にいるべきだという、初めて詣でた神社の神様の御告げだろうか。

 お賽銭五円が気に入らなかったのか神様。マフィアとのご縁はもう必要ないです。

 危険な団体との縁が繋がっても困るので、山道で銃を所持した外国人が発見されたとかいうニュースがないことを不思議には思っても、調べたりはしなかった。

 多分それは、清乃が知らないほうがいい世界の話だ。



 昨日久し振りに帰ってきた実家にある清乃の自室は、さすがに散らかっていない。

 今は姿見の前で自分の化けっぷりを眺めているところだ。

 プロの手で顔も髪も綺麗にメイクしてもらった甲斐があった。自分でも誰だよと言いたくなるような仕上がりだ。

 振袖は親が奮発して買ってくれたものだ。

 定番の赤い地にお目出度い模様が散りばめられている、華やかな正絹の着物。

 洋服なら絶対に選ばない派手な色柄も、和服なら全然気にならないどころか素敵だと感じてしまうのが不思議だ。

 きつく締めた帯のおかげで、いつもは丸まりがちな背筋も自然と伸び、ピシッとした気分になる。着物マジック。

 近いうちに結婚しそうな親戚がふたりいるから、結婚式の度にレンタルするくらいならいっそのこと買ってしまえという話になったのだ。

 ひとり暮らしを始めてから身に付いた清乃の金銭感覚が震えるような値札が付いていた。

 絶対に汚せない。これを脱ぐまでは飲食しないと心に決めている。


 成人式の会場までは車で十分程度。父が送ってくれることになっている。

 そろそろ出る準備をしなくては、と鞄を手にしたときだった。


 ピンポーン。

 インターホンが鳴る音がした。

 バタバタと誰かが応対に出ている。そのすぐ後に古い家の階段をドタドタと音を立てて誰かが登ってくる音がした。このやかましい足音は弟だ。

「姉ちゃん!」

「うるさい。床が抜ける」

「姉ちゃん! なんかすっげえのが来た! あれ誰⁉︎」

 これが高校生か。清乃は弟を冷たい眼で見た。

「どれが誰」

 来客は清乃にか。誰だろう。

 成人式に一緒に行く約束は誰ともしていない。全国各地に進学していった友人とは、会場で会おうねと言い合わせているはずだ。

 振袖を引き摺らないよう慎重に階段を降りると、途中で歓声を浴びてしまった。

「キヨ!」

 弟の反応の理由が分かった。

 確かにこれは、なんかすっげえの、としか言いようがない。

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