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カーチェイス

car chase カーチェイス

 4丁回収した銃のうち一丁ずつをズボンの腰に押し込んで、離脱行動に移った。

 清乃が車のドアを開けるまで、銃声は一度も鳴らなかった。

 運転席に飛び込んで、右足を前に伸ばす。

 足がブレーキに届かない! 脚の長いガイジン共め!

 清乃は一番後ろまで下げてあった運転席を前に移動させた。


 手が震えて鍵がなかなか挿さらない。左足が空振りする。何故。クラッチに足が届かないってどういうことだ!

 深呼吸。落ち着け。落ち着け清乃。

 これはオートマ車だ。左足は使わない。サイドブレーキは左手。右足でブレーキを踏んでキーを回すだけで、エンストすることなくエンジンがかかる。

 こんなに大きい車は運転したことない。だけど大丈夫。多少どこかにぶつけたって構うものか。

 大丈夫だ。

「ユリウス!」

 ユリウスが走り出すのがバックミラー越しに見える。

 清乃はギアをバックに入れてアクセルを踏んだ。

 援護射撃なんてする技術も経験も持ってないから、車ごと突っ込んでやろうと思ったのだ。

 すぐにユリウスが助手席に飛び込んでくる。ブレーキ、ギアをドライブに、そしてアクセル!


「てかここどこなの⁉︎ どこに向かえばいいの!」

 とりあえずは一本道しかない。迷う必要はなかった。

「え、どこだろ。警察?」

「警察! もう通報はしたの? ってか後ろ! 追って来てない⁉︎」

「来てるうわっ撃ってきたあ!」

 もう一台の車のタイヤをパンクさせておくべきだったのだ。今更後悔したってもう遅い。冷静でなかった清乃が悪いのだ。

 弾は当たってはいない。走行中の車から同じく走行中の車を狙うなんておそらく神技の域だ。

 山道といっても、ちゃんと舗装はされている。片側一車線。山を下るカーブ続きの道。狙いにくいはずだ。多分。

 街灯はない。真っ暗な道をベッドライトのみを頼りに爆走する。

「助けを呼ぶ! 携帯使うぞ!」

 取り返してきてくれたのか。いつの間に。

「フェリクスフェリクスフェリクス! 出ろ出ろ出ろ!」

「あいつか! 今ボストンじゃないの⁉︎」

「! 出た! フェリクスたすけろ!」

 言語が切り替わった。ユリウスが母国語で何やらまくしたてている。携帯からも慌てた声が漏れ聞こえる。

『仕方ない、ユリウス魔女を呼べ!』

『いやだ! フェリクスなんとかしてくれ!』

『言ってる場合か! こっちで呼ぶぞ!』

 清乃は教習所で安全運転をする方法しか習っていない。横転しない程度、可能な限りスピードを出すなんて運転技術は習得していないのだ。

 ブレーキとアクセルを交互に踏み続けるなんて運転、やってはいけないはずだ。

 やばい、このスピード感。事故る。もうすぐガードレールを突き破って崖に突っ込む!

 チキンレースに負けてブレーキを踏みかけたところだった。

 車体が傾いた。ハンドルが効かない!

「タイヤ! 撃たれた!」

「分かってる! どうするどうすればいい⁉︎」


 なんとか崖から落ちることなく停まることはできた。

「くそっ」

 ユリウスが助手席のドアから降りる。車に留まるわけにもいかないから、清乃も慌てて後に続いた。

 だけどこの後はどうしたらいい。

 後ろの車から男たちが降りて近づいて来ている。ユリウスの能力と奪った拳銃を警戒しているのだろう。すぐには迫って来ない。

 何か叫んでいるようだが内容は分からない。どうせ聞きたい話なんかしてない。

 道はこれ一本だけだ。馬鹿正直に道を逃げれば、すぐに撃たれておしまいだ。清乃に利用価値なんてないから、ユリウスは無事でも用済みの人質は殺される。

 右手は登ることなんて考えるのも馬鹿らしいくらい急な崖。左も同じく、下ろうとすれば確実に死ぬと確信できる崖。登るも下るも無理だ。

 ユリウスは脇腹を撃たれている。その状態で超能力を使ったせいで、多分もう走ることなんてできない。

 拳銃は一応持っている。でも一応の域を出ない。射撃なんてやったことない。

 本物の銃に触るのも初めてなのだ。映画で銃が暴発する場面を思い出してしまえば、滅多やたらに引き鉄を引くのも躊躇われる。

 ふたりはガードレールと車の間で身動きが取れなくなった。


「……あいつらの狙いはユリウスでしょ。殺されはしないよね」

「だろうね。死にたくなるようなことをさせられるだろうけど」

 天使のような彼には似合わない、吐き捨てるような口調でユリウスは言った。

 彼はずっと、その能力を危険な組織に狙われて生きてきたのだろうか。多分そうだ。

 ユリウスの能力は分かりやすい。

 離れた場所からでも、人間や物質に影響を与えることができる。

 マフィアの抗争、戦争を始めるのにも役立つ。目視さえできれば、核ボタンを押すこともできるのだ。

 例えば要人暗殺。例えば大量虐殺。人を不幸にするために機密情報を盗み出す。

 優しい少年が死にたくなるには充分だ。命は奪われないからといって、安易に彼を渡してはいけない。

 清乃は車の影にしゃがみこんだまま、ユリウスに強い力で抱き締められた。抗うような場面ではないから、なすがままになった。

 少年を安心させるために、清乃はその背中を撫でてやった。

(大丈夫だよユリウス、大丈夫)

「……それって能力の話? 美少年趣味の話?」

「意味が分かって言ってるのか」

「いや、さっきの目隠し、ちょっと倒錯的だったから」

「意外と分かってるみたいだな!」

 清乃は、ははっと小さく声に出した。乾いた笑いになってしまったけど、少しだけユリウスの緊張と腕の力がゆるんだ。

 

 言い合っている最中にも、ユリウスの声がどんどん弱くなっていくのが分かった。代わりに息が荒くなっていく。

 でも彼はまだ絶望していない。まだ希望はあるはずだ。

「……フェリクスはなんて?」

 電話はもう切れていて、ユリウスのコートのポケットに仕舞われている。

「……大丈夫、すぐに魔女を呼ぶと言ってた」

「魔女?」

「我が国、いや人類最恐の女だ。彼女が来るまで生きてさえいれば、オレたちの勝ちだ」

 よく分からないが、ユリウスは銃を持って迫って来る敵をおそれていない。清乃を抱き締めているのは彼女を安心させるためであり、縋りついているわけではない。

「時間稼ぎが必要ってこと? 美少年じゃないけど、少しくらいならあたし脱ごうか。定番でしょ」

「十年早い。オレが脱いだほうがまだ奴らの気を引けそうだ」

 脇腹から血を流しているユリウスを守りたくて、半ば本気で言ってみたのにあっさり却下された。

「失礼な。それなら脱がしてやろうか」

「屋内でふたりきりのときにしてくれ」

「十年早いわ」


 このままだときっと、助けが来る前に彼は痛い思いをすることになる。再び目隠しをされ、銃創を蹴るくらいのことはされそうだ。

 だって男たちは激怒している。弱そうな子どもふたりに出し抜かれた怒りの声が聞こえる。


『うわっ』

 突然小さい悲鳴を上げたユリウスが、頭を押さえて顔をしかめた。

「ユリウス? 大丈夫?」

『嘘だろ……くっそ』

「何なに? どうしたの?」

 青い顔をして、ユリウスは立ち上がった。よろける彼を支えるために、清乃も寄り添って立ち上がる。

 支えられる側にしては強い力で、ユリウスが清乃を抱き寄せた。


 守るためではない。どちらかというと、捕まった、と感じさせる力加減だった。

「ユリウス?」

「……偉大なる魔女の御告げだ。キヨ、トぶぞ」

「と、とぶ? 嘘でしょねえうそ、うそうそうそ……っ!」


 ふたりはとんだ。

 ユリウスがガードレールに足をかけ、有無を言わさず清乃も乗り越えさせた。そのまま真っ暗な茂み目掛けて跳んだのだ。

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