エスケープ
escape 逃げる
ぃ や ―――――――――― っ
清乃は力いっぱい叫んで、ギョッとする男たちが動く前に、担がれたままのユリウスに飛びついた。
「き、キヨ?」
ユリウスまで驚いている。やめろ、演技だ。でもよかった。意識はあるのだ。
「やだあああっユリウスを連れて行かないでっ!」
泣くのは簡単だ。必死でこらえていたものを解放しただけだ。恥も外聞もなく泣き喚く。中学生もやらないような醜態だが構うものか。
担がれたユリウスにしがみついて、離れない意思を表明する。おかしくないはずだ。誘拐され、怯えているところに現れた知り合いと離されたくない。
彼と離されるよりも、面倒臭くなったマフィアにズドン、とやられるほうが恐ろしい気もした。半分賭けみたいなものだ。
でも清乃には確信に近い思いがあった。ユリウスから離されなければ、助かる。彼が超能力を使って助けてくれる。側にいれば、清乃だって手伝うことができる。
手始めに、この目隠しを外すのだ。
清乃は男に引き離される前に、ユリウスの美しい顔の上半分を覆っていた布を剥ぎ取った。
目視。
それがユリウスの超能力の発現条件だ。
男たちが騒ぐ清乃を面倒臭そうに排除にかかる。
どんっ。ユリウスを担いだ男に振り払われ、一段分だけ登った階段から落ちた。
床に叩きつけられたが、怪我をするほどじゃない。
「大丈夫、問題ない!」
だってユリウスと目が合った。
彼の明るい空色の瞳が、もう大丈夫だ後は任せろと言っている。
ユリウスを担いだ男の片足が不自然に持ち上がる。男がバランスを崩して階段から落ちた。ユリウスも巻き添えだが、ちゃっかり男を下敷きにして無傷だ。
ようやく男たちが騒ぎ始めた。
何か言っている。早く捕まえろとか、目隠しを、とか、そういったところだろうか。
もう遅い。
両手足首を拘束されたまま、ユリウスはどっかりと男の上に座った。
彼は悠然と室内を見回した。
青い瞳にその姿を映された順に、壁に叩きつけられていく。
どん、どん、どんっ。
一、二、三。……三? ユリウスの下に、四。
「ひとり足りない!」
清乃の叫びに、ユリウスがわずかに動揺した。
駄目だ。姿が見えないと、彼の力は届かない。
「キヨ、これほどいて。早く!」
ユリウスは後ろ手にされたままだ。彼の邪魔をしてはいけないと余計な気を回さず、さっさとほどくべきだった。
清乃は慌ててロープの結び目に飛びついた。鍵が必要な手錠でないだけマシかもしれないが、固くてなかなか弛まない。
四人の男はユリウスに抑えられたままだ。立ち上がれていない。
でも急がないと。彼の力は無限に使えるわけではない。体力を消耗する力なのだ。
「できた! あとは足⁉︎」
「いい、自分でやる。キヨは先に……っ」
銃声。
生で聞いたのは初めてだ。
「ユリウス!」
撃たれた? その庇っている脇腹?
「…………大、丈夫。かすっただけ」
大丈夫なわけない。撃たれたのだ。まだ成長途中の、その細い身体を。
清乃は震える手を励まして、ユリウスの下敷きになった男の腰から銃を引き抜いた。
「キヨ?」
「ごめんユリウス。自分で足、ほどける?」
拳銃なんて映画でしか見たことがない。
でも分かる。トカレフだ。知ってる。知ってるよ、昔読んだよ。日本に密輸されてくるヤツ。
安全装置がない。はい、書いてあった。覚えてる!役に立てるつもりはなかった無駄知識。
使い方は難しくない。
大丈夫、撃ち方くらい分かる。大丈夫。
銃口は標的に向けて。右手で構え左手で下から支える。アクション映画の主人公はこうやって構えていた。
ユリウスは窓の外から撃たれた。ならば銃口は窓に向ければいい。
次に男が窓から顔を出したら、引き鉄を引く。大丈夫。それだけだ。大丈夫、大丈夫。
余計なこと、清乃とユリウスの無事以外のことだ、は今は考えたら駄目だ。敵の命のことなんて、考える余裕なんかないはずだ。
清乃にユリウスを運ぶことはできない。彼に足の拘束を解いて自分の足で歩けるようになってもらう。それまでの安全の確保までが清乃の仕事だ。
泣かない。震えない。怖がらない。
それをするのは、助かってからだ。
助かるためには、ユリウスに無事でいてもらわなくてはならない。
目を見開いて銃を構える清乃の肩に、ユリウスの手が触れた。
「……ユリウス」
「もう大丈夫。行こう」
「待って。こいつら縛っておかないと」
ユリウスの視線が届かなくなったら、また動き出すはずだ。
「……そんな時間はない。もうすぐ倒れそうだ」
青い顔をして、頼みの綱のユリウスが限界宣言をした。
「なんで⁉︎ 撃たれたから? 能力の使い過ぎ?」
「両方かな。分かった。オレがそいつらを抑えてるから、銃を集めて。車の鍵も」
清乃は慌てて言うとおりにした。転がっていたゴミ袋に集めた銃をまとめて前に抱える。車の鍵も入手した。
外の男はどうしているのだろうか。今も外でこちらに狙いを定めているのだろうか。
「ユリウス、走れる?」
彼は弾はかすっただけだと言った。かすっただけでも充分過ぎる傷を創るのが銃だ。
「車までなら大丈夫。キヨは先に行ってエンジンかけて。オレはここから周りを見ておくから」
「……大丈夫なのね?」
確認すると、青い顔のユリウスが肩をすくめた。
「他に方法がない。オレは運転できないから」
清乃が運転席に収まる。それをユリウスが援護する。その後は? 車まで走るユリウスを清乃が援護するのか? 映画の真似をして銃を構えることはできても、味方の向こう側にいる敵を狙って撃つことなんてできない。
「分かった死ぬ気で走るよ!」




