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ネクストモーニング

next morning 翌朝

 翌朝、清乃が目を覚ますと、目の前にプラチナブロンドがあった。うわ、と思わず声に出すと、ユリウスも目を開けて同じ反応をした。

 大丈夫、くっついていたわけではないからセーフだ。他人と眠ることに慣れていない清乃は、寒いからといって無意識に人肌を求めたりしない。普通に布団を引き寄せるだけだ。

 コタツ布団がだいぶ偏ってしまっている。他人には風邪引くよ、と言いながらコタツで眠ってしまったのだ。

 少し気まずい顔をして、ユリウスが立ち上がった。キッチンに繋がる扉を開けて、人を増やそうという考えだ。

「……フェリクスがいない」


 キッチンに敷いたままの布団は冷たくて、フェリクスがいつ出て行ったのか、見当もつかなかった。

 彼の携帯に電話をかけるとあっさりと通じた。

 ユリウスが最大音量にして喋るが、清乃には聞こえても内容は分からない。

『フェリクス今どこだ。子どもじゃないんだから、黙って行くなよ』

『もうすぐ成田空港』

『なんで! オレひとりでどうやって帰れと』

『手紙を書いたんだろう。届いたらしいぞ。予定通りあと十日冬休みを楽しめ』

『はああ⁉︎』

『せっかく気を利かせてやったのに、おまえがやることやらないからだろ。なんだ昨夜の。俺だって髪だけで興奮なんかできないぞ。おまえ本当はまだ七歳なんじゃないか』

『起きてたのか! 聞き耳立ててる奴がすぐそこにいたのにどうしろと』

『女の子みたいなこと言うなよ。とにかくそういうのは後引くからな。きっちりやることやってから帰国しろよ』

『ふざけ、ああっ……あああくそっ』

 ユリウスは怒鳴りながら携帯電話のボタンを押し、清乃に返した。

「……ナリタって聞こえたけど」

「…………そうらしい。ごめんキヨ」

「二度あることは三度ある」

「ん?」

「ユリウスが帰ると思ったのに帰らなかったの、これで三回目だよ」

 フェリクスが来た日の夜、その翌日、そして今回だ。

「ご、ごめん」

「別にいいんだけど。やっぱりマフィア問題は片付いてたんだね?」

「えっ……うん。一昨日やっと」

「のんびりプレゼント選んでるからそんな気がしてた」

 親に叱られた子どものように、ユリウスがしゅんとする。

「……黙っててごめん」

「……クリスマスにひとりぼっちのあたしのために残ってくれた、ってことにしとこうか」

「そういうわけじゃないんだけど。オレが居なくなったら、キヨがまた部屋を散らかすのかと思うとなんか」

「大きなお世話だよ!」



 燃えるゴミの日は週二回、月曜日と木曜日。

 集積所は、アパートを出てすぐそこにある。分別は最低限で大丈夫。あまりに非常識なことをしなければ、うるさく言う人はいない。生ゴミや紙ゴミなど、燃える物をまとめて出せばいいのだ。難しいことではない。

 普通の人にとってはそうかもしれない。

「キヨ、今日はちゃんと自分でゴミを棄ててこい」

 ズボラな人間には、決められた日、決められた時間までにゴミをまとめるのがまず至難の業だ。冬の朝ならなおさらだ。

 大学は冬休み、アルバイトのシフトは入っていない。

 予定もないのに、なぜ朝から起こされねばならないのだ。ゴミなんてまたすぐ棄てられる。

 清乃はもぞもぞと布団の中で丸まった。

「……ユリウス行って来てよ」

「ダメだ。オレはもういなくなるんだぞ。自分で片付けをする練習をするぞ」

「やだまだ寝る」

「遅くまで本を読んでるからだろう! 起きろ!」

 ホラー映画のノベライズ版を読みたかったのだ。友人が貸してくれた。映画館には行かなかったが、テレビCMで観た子どもの霊の映像が眼裏に焼き付いてしまっている。

 期待通り怖かった。同居人がいる今のうちに読んでしまわないと、夜中にトイレに行けなくなってしまうところだった。

「……うるさい居候。子どもは外で遊んで来な」

 最初の約束を守って、ユリウスは起きない清乃に近づいて来ない。一生起きてやるものか。

 そう、思っていたのに、布団を引っぺがされた。彼は約束を破っていないのに!

「ざっけんなよクソガキがあ!」

 清乃は激昂し、ユリウスに枕を投げ付けた。片手で受け止められる。

「口が悪い」

「うっさいわ! 早く布団返しなさいよ!」

 布団と毛布は天井近くをふよふよ浮かんでいる。

 お得意の念力だ。なんという無駄な使い方をするのだ。

「キヨがベッドから降りたらね」

「あんたそのチカラ、こんなことに使っていいの⁉︎」

「オレの能力をどう使おうとオレの勝手だろう」

「えええ! そういう感じ? なんか厳しい縛りとかないの?」

「ない。コントロールさえ出来るならどうしようと本人の勝手だ。フェリクスみたいなのは他人の頭も覗けるから、倫理的な問題はあるが」

「だからって布団取り上げるのは違くない?」

「違くない」

 無防備な寝間着姿でいつまでも暴れるわけにはいかない。ブラをしていないことにユリウスに気づかれる前に二度寝を諦めるしかない。

 清乃が仕方なく動きはじめると、布団と毛布がふわりと広がったままベッドに着地した。これでベッドメイク完了らしい。

 ユリウスが席を外すのは、着替えろという意味だ。ぐずぐずして着替え中に入って来られても困るから、すぐに動くしか選択肢がない。

 クリスマスパーティーの翌朝から、ユリウスが厳しくなった。

 それまで黙々と清乃が散らかした部屋を片付け、使用済みの食器を洗い、ニコニコしていたユリウスが、厳しくなった。

 外出して帰ると、鞄をきちんと仕舞えと言う。コートはクローゼットにかけておけと言う。郵便物をそこら辺に放置するなと言う。

 端的に言えば、うるさい。

「脱いだパジャマは洗濯機まで持って行け。すぐそこだろう」

 うるさい。

「あんたこないだからなんなの? あたしの部屋なんだからあたしの勝手でしょ」

「オレが居なくなったら、またすぐ散らかるぞ」

 非常にうるさい。余計なお世話だ。

「だからあたしの勝手でしょってば」

「オレはキヨを想って」

「ねえ、もう国に帰んなよ。フェリクス呼ぶよもう」

「キヨはオレが居なくなっても寂しくないのか!」

「寂しいわけあるかあ! この小姑がっ」

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